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老人たち 4

「本当にお一人で行かれるのですか?

 準備はしてありますし、せめて、メタルアスルをお使いになられては……?」


「いや、いいんだ。

 今回は生身で行かせてくれ。俺のワガママだ」


 ルジャカの提案を断り、準備のできたカートを押す。

 カートに乗せられているのは、みんなで握ったおにぎりと野菜たっぷりな味噌汁の入った鍋……それと食器類である。


「んじゃ、行ってくる」


 背中にみんなの視線を受けつつ、カートを転がす。


「私だ!

 ご飯を作ってきたから、開けてくれ!」


 窓越しに様子をうかがっていたのだろう。

 そう声をかけると、集会所のドアはあっさりと開かれた。


「邪魔をする」


 プレハブ式の室内に、カートごとお邪魔する。

 内部の調度といえばエアコンくらいで、立てこもり犯たちと人質になった報道チームは味も素っ気もない床の上に座りながら俺を待ち構えていた。


 念のため、ざっと確認するが人質にケガはない。

 というか、お婆さんに編み物を教わったり、お爺さんの昔話を聞いたり、結構くつろいでいた。

 まあ、この人たち、別に武器とか持ってるわけでもないしな。


「まさか、あんた自らが来られるなんてね……」


「どころか、この味噌汁とおにぎりの一部も私が作ったものです。

 なかなか、楽しい体験でしたよ。いや、嫌味とかではなく。

 さ、とりあえず食べましょう。味噌汁が冷めてもつまらないしですし」


 一同を代表して前に出たお爺さんへ答えながら、手早く配給の準備を進める。

 そうすると、やっぱりみんなお腹が減っていたのだろう……。

 一人、また一人と前に出てきた。


 人質含む彼らに味噌汁入りの腕を配り終え、車座となって座り込む。

 おにぎりは適当に取って食べられるよう、大皿に載せたものを中央へデデンと置いた。

 これは、毒などが入っていないことを示す配慮である。

 この状況で毒入れてたら、人質ごと全滅だからな。


「さ、食べましょう。

 心配しなくても、毒なんかは入ってませんよ」


 警戒の眼差しでこちらを見る老人たちへほがらかに答え、おにぎりの一つを手に……手に……。

 ……なんかこれ、虹色に光り輝いてるんですけど。


 ――力が。


 ――力が欲しいか?


 んで、なんか語りかけてくるんですけど? このおにぎり。

 ははあ、イヴのやつ何か仕込みやがったな。

 そりゃ、警戒の眼差しも向けられるわ! おバカ!


「……すいません。

 虹色に光ってるやつはよけてください。

 食べると運が良い場合でも死にます」


「――ええっ!?」


 驚くご老人たちを尻目に、ちゃんとした! 普通の! 僕はおにぎりですと言わんばかりのそれを手に取る!

 うん! 具は俺の一番好きな昆布だ! 美味しい!


 俺がモグモグと食べていると、ご老人たちもサシャたちも、光るおにぎりにびびりながら普通のやつを手に取り、食べ始めた。


 それを見つつ、続いて味噌汁もすすり込む。

 キャベツとかニンジンとか玉ねぎとか、とにかく適当に切って作ったけどなかなかの味だ。

 電話して聞いたウルカから教わった通り、あく取りを丁寧にやった成果だろう。

 数人分ならともかく、これだけ大勢の味噌汁をキャベツで作ると、あんなにあくが出るんだな。初めて知った。


 そのまま、全員黙って食事を続ける。

 ワンニャンパラダイス中で身動きのできないエルフ女性とモヒカンが、うらやましそうにこっちを見ていたが、お前らは別にお楽しみしてんだから少し我慢しろ。


「ほんの一年前までは……」


 そうしていると、先ほど前に出たお爺さんが口を開く。


「ほんの一年前までは、こんな美味しい食事をありつける日が来るとは思わなかった、な」


 おにぎり一つを食べ終え、味噌汁をすすり込んだお爺さんがじっとこちらを見据えた。


「アスル様……あんた、狂気王子(ルナティック)だとか言われとったが、大したもんだ。

 すごいことを成し遂げたと思う。

 でも、わしらは故郷に帰りたいんだ。

 その道中で魔物に襲われ、果てたとしても、な……。

 若いあんたには、分からんかもしれないが……」


「いえ……」


 その言葉に、俺は首を振る。


「分からなくもありません。

 というより、私ごときがその意思を否定すべきではないと思う。

 そんな筋合いはない。

 王にも奴隷にも平等に、自分の終わり方を決める権利があるはずです」


 思い返されるのは、ビルク先生の最期だ。

 この人たちは、先生と同じなのだ。

 その願いを否定することなど、誰にもできはしない。


「なら――」


「――ですが、願いはあります」


 ご老人の言葉を、制する。

 彼らの願いを誰も否定できないように……。

 俺にも、否定されるべきではない思いがあった。


「これから先、暮らしはどんどんと豊かになることでしょう。

 このおにぎりも味噌汁も、その、ほんの先駆けに過ぎません」


 味噌汁の入った椀を、軽く持ち上げる。

 ビルク先生のお世話をしていた時……。

 村人たちが食べていたスープというのは、ろくなダシ材もなく、味付けといえば塩だけの粗末なものであった。

 カツオ節と昆布のダシが効いていて、コクのある味噌で味付けされたこれは、なるほど……食べる機会があるなどとは、夢にも思わなかった代物であろう。


「子供たちは平等に教育を受けられ、より先進的な仕事を果たすようになっていくでしょうし、医療体制も充実させ、誰もが一定の治療を受けられるようにします」


「それは、すごいことだと思うよ……。

 さっきも言ったが、大したもんだと思う。

 だがな。わしらはもう、長くはない。

 元の暮らしのままで十分だし、それで終わりたいんだ」


 老人の言葉に、うなずく。

 うなずいた上で、こう言い放った。


「でも私は……。

 私たちは、そうやって豊かな暮らしを得ていく様を、あなた方に見届けて欲しいんです。

 終わるというのなら、その上で終わってほしい」


 俺の言葉に、老人がはっとした顔になる。

 その目を、ただまっすぐに見つめた。


「だってそうでしょう?

 どれだけ豊かになったって、得られないものがある。

 ――誇りだ。

 よくやった。これで安心できる。

 ……そう言ってもらえないことには、意味がない。

 それをできるのは、あなた方だけですし、私たちはそれをやってほしいんです。

 だからどうか、お見守りになってください……」


 そこまで言って、大皿の上に乗せられたおにぎりを一つ手に取る。

 そしてそれを、ほおばった。


「おにぎりでも食べながら、ね」


「あんた……」


 老人が、わなわなと震えながら俺を見た。


 ――フ、決まった。


 我知らず、会心のほほ笑みを浮かべる。

 今、言った言葉に、嘘偽りは一切ない。全てが俺の本心だ。

 真なる願いに抗せるのは、同じく真なる願いのみ……。

 俺の願いを聞いたご老人たちは、きっとその考えを――。


「あんた、そのおにぎりは……!」


「へ……?」


 老人が、俺の左手を指差す。


 ――力が欲しいなら。


 ――くれてやる!


 同時に、胃袋の中から響き渡る声!

 しかも、体の内側から圧倒的な力が溢れ出し、この身をミリミリと膨張させ始めたのだ!

 左手を見やれば――虹色に光り輝くおにぎりが!


「――全員、逃げましょう!」


「兄ちゃん、よく分からないけど、とにかくがんばって!

 お爺ちゃん、おらに掴まって!」


 全てを察したサシャとジャンが、素早く避難誘導を始める。

 子猫や犬を抱えたエルフ女性とモヒカンも全力ダッシュを始め、内部にいた人たちはわたわたと外に向かって駆け出し……。

 そんな間にも、俺の肉体はどんどん膨れ上がっていき……。


「――カ゛ネ゛タ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!」


 そして――ハジケた!




--




「あんた、気が触れとるよ」


 全てが終わり、全裸になってぶっ倒れた俺を見下ろしながら、ご老人はしみじみとそう言ったものである。


「……うす」


「あまりにも心配だから、わしらももう少しがんばって見守ることにするわ」


「……あざっす」


 こうして、キオの立てこもり事件は円満な解決を迎えたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アームの方かと思ったらヤク中の方だった!
[一言] さんをつけろよデコ助野郎!
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