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老人たち 3

 イヴ、ルジャカ、辺境伯領一腕の立つ殺し屋、エンテが甲虫型飛翔機(ブルーム)で駆けつけたのは、日も暮れてからのことであった。

 エンテに関しては呼んでいないのだが、おそらく人質になっているエルフ女性が心配だったのだろう。


「――騎士ルジャカ! 他の方々と共に、ただいま到着いたしました!」


「それで、うちのやつはどうなってるんだ!?

 人質になったって聞いてるけど、まさかケガでもしているのか!?」


 一同を代表して告げるルジャカの脇をくぐるように、エンテが血相を変えながらそう問いかけてくる。


「いや、ケガはしてないが……この世で最も恐ろしい拷問を受けている。

 ジャン、彼女の様子をもう一度映してくれ」


 携帯端末越しにジャンへ頼んで、もう一度例の光景を映してもらう。

 そこには、すやすや眠る子猫を膝に抱え幸せそうにするエルフ女性の姿が!


「オレ、もう帰っていいかな?」


「まあ、せっかく来たんだ。

 後学(こうがく)のために残っておけ」


 エンテにそう告げると、俺は再び作業に戻った。


「マスター。

 とりあえず、本日の放送に関してはソフィ様たちに託してあります。

 いざとなれば、『マミヤ』を通じ私がサポートしますのでご安心ください」


「ああ、よろしく頼む。

 まあ、これまで勉強も重ねてきたし、おおむね問題はないだろう」


「それで、俺はどうすればいいんだ?」


 作業したままイヴの報告を受けていた俺に、辺境伯領一腕の立つ殺し屋がそう問いかける。


「一応、狙撃用の装備を用意してはきたが……どうも、そんな感じじゃなさそうだな」


 周囲の状況を見たのだろう……。

 自身の出番がないことに、退屈さを感じる声でそう吐き出した。


「そもそも、兵たちで包囲などしなくてよいのですか?」


 おずおずといった調子で、ルジャカが尋ねる。

 我が騎士が、恐縮しながら聞いてきた通り……。

 現在、集会所を包囲する兵たちは全員通常業務へ戻してあった。

 ついでに、ソフィたちも『マミヤ』へ帰してしまったので、ここを守っていたのは俺一人である。

 うむ! アリ一匹通さない鉄壁の構えだな。


「それなんだがなあ……。

 ジャン、端末を元の場所へ戻してくれ」


 またも携帯端末越しに指示を出し、内部を占拠するご老人たちを映してもらう。


「……お爺ちゃんとお婆ちゃんばっかりだな。

 他に誰かこう、いかつい兄ちゃんとかもいるんじゃないのか?」


「いないよ? 全員ジジババ」


 端末を覗き込んだエンテに、そう告げる。


「見ての通り、脅威らしい脅威はない。

 報道チームも、人質にされたというか、駄々こねられて動くに動けなくなってるだけだ。

 その気になればいつでも脱出できるけど、お爺ちゃんやお婆ちゃんをケガさせるわけにはいかないってな。

 立てこもり犯の中には、ジャンとサシャの知り合いもいるんだよ」


「ああ、そうなるとこんな現場に貴重な兵を割くわけにはいかねえな。

 まあ、最高指揮官様が残っちまってるわけだが」


「そう言うな。

 かわいい弟弟子と妹弟子がピンチなんだ。

 それに、これは俺が解決せねばならない事件だろうよ」


 火加減を注意深く確認しつつ、辺境伯領一腕の立つ殺し屋の皮肉へ答えた。


「マスター、このご老人方は一体どうしてこのような事件を起こしたのですか?」


 いつもよりやや激しく髪の色彩を変化させながら、イヴが小首をかしげる。


「……帰郷だ。

 彼らは皆、故郷へ帰ることを望んでいる」


 そんな彼女へ、俺は溜め息まじりにご老人方の要求を伝えたのであった。


「その帰郷というのは、ここへ来る前に住んでいた村や町へ帰りたいということでしょうか?」


「その通り」


「理解できません」


 そう言ったイヴの顔はいつも通りの無感情さだが、かしげた首の角度がさらに深くなる。

 ひょっとして、彼女なりの感情表現なんだろうか?


「現在、トロイアプロジェクトによって選定された都市の周辺地帯以外は、魔物の占領下と言ってよい状態にあります。

 この状態で故郷に帰ろうとも、すでに魔物の手によって荒れ果てた状態となっていますし、そもそも、護衛も無しでは道中で魔物に襲われ死亡することになるかと」


 すらすらと述べられた言葉は、全てが事実だ。

 航空写真によれば、魔物らは我が物顔で無人となった村や町を徘徊しており……。

 いずれ奴らを一掃し、復興が果たされるその日まで、故郷は失われた状態にあるといってよい。

 何しろ、甲虫型飛翔機(ブルーム)を飛ばすのにだって、飛行可能な魔物が少ない地帯を選んでいるくらいだからな。

 まあ、人々の混乱を懸念してこのことは報道してないから、立てこもっている彼らはそこまで詳しくは知らないのだが……。


「……そんなことは、お爺ちゃんたちも承知の上だろうよ。

 伊達に年を食ってるわけじゃない。今言ったことは、全て想像がついてるだろうさ。

 そうと分かった上で、要求しているんだ」


「理解できません。

 出て行けば死ぬと分かった上で、なぜ、そうしようとするのでしょうか?

 まして、『マミヤ』の技術により難民居住区ではかつてより数段快適な暮らしが送れています」


「なんでだろう……不思議だよなあ……。

 でも、俺、お爺さんたちの気持ちがちょっと分かっちまうんだ」


 じっと火を見ながら、背中越しにイヴへ語りかける。

 いや、この目が見ているのは火加減ではない……。

 そろそろ亡くなられてから一年になる、我が師の姿……。


「ま、ともかく、この件に関して荒事はなしだ。

 誠心誠意、俺が説得してみせるよ」


「……なあ、それはいいんだけどさ」


 そんな俺の背中に、エンテの声が降り注ぐ。


「さっきからアスル、何やってんだ?」


「実は、私もずっと気になっておりました」


「俺もだ。何かのギャグかと思ってツッコミの機会をうかがっていたが、そんなわけでもなさそうだしな」


 エンテの言葉に、ルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋が次々と同意の意を示した。

 ……別に俺だって、年がら年中ボケ倒してるわけじゃないやい!


「何って、見りゃ分かるだろう?」


 そろそろ、頃合いか……。

 立ち上がって指を鳴らし、魔術で起こしていた火を消し去りながら一同を振り向いた。

 俺の背にあるのは、石で組んだかまどに乗せられた――でかい鍋。

 人に頼んで、使ってないやつを貸してもらったのだ。

 がぱりという音と共に蓋を開くと、湯気と共にかぐわしい香りが……!


「うんこの香りだあーっ!!」


「句読点の(たぐい)は、きちんと使わないと誤解を招きますよ。お前はアスル?」


「うん、アスルだよ」


 イヴの言葉に答えながら、傍らに並べた調理道具類を見やった。

 これらも、貸してもらった品々である。

 加えて、解散させる前に兵たちをパシッて調達させた調味料や食材も並べられていた。

 うん、準備オッケー!

 腕まくりしながら、意気揚々と宣言する。


「――炊き出しさ!」


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