老人たち 2
それを確認できたからといって、嬉しいシチュエーションではまったくないが……。
ともかく、交易都市キオに逗留する我が軍の動きは迅速なもので、賊が立てこもるプレハブの集会所をすでに包囲し終えていた。
「状況はどうなっている?」
「――はっ!
賊が人質を取り、あの集会所に立てこもってから約一時間が経過しております!」
俺の言葉に、包囲部隊の指揮官がきびきびと答える。
ここに逗留させていたのが、ハーキン辺境伯領の志願者によって構成される隊で良かった。
血気盛んなモヒカンや修羅たちの隊を置いていたならば、すでにヒャッハーと突撃して人質の身が危うくなっていたかもしれない。
「突入準備は整っておりますが、いかがいたしますか?」
「いや、それはいい。
とりあえず、ローテを組んで包囲を続けてくれ。
魔物に対する備えも、怠りないように」
「――はっ!
待機休暇中の者たちを呼び戻し、人員の補填に当ててあります」
指揮官の言葉に、軽くうなずく。
余談だが、待機休暇というのは酒気など帯びるのを禁じた休日のことだ。
トロイアプロジェクトにより逆疎開した民たちの安全は、兵たちの大いなる献身によって成り立っているのである。
「私たちは、いかがいたしましょうか?」
俺と共に甲虫型飛翔機でこの場に急行した楽団を代表し、ソフィがそう問いかけてきた。
「そうだな……。
君たちもローテを組んで、カメラを回し続けておいて欲しい。
映像記録が、今後同様の犯罪が起こった際に参考となるかもしれないからな」
こういうところ、自分でも嫌になってしまうが……。
人質の心配をするよりも先に、今後を見据えた為政者としての指示を出す。
おっつけ、イヴたちも駆けつけてくる手はずだが、とりあえず今この場で指示を出せるのは俺だけだ。
しっかりしないとな。
ブラスターライフルを手に、集会所を囲んでいる野戦服姿の兵たち……。
彼らの間を縫うようにして先頭に立ち、俺は携帯端末を操作した。
「……俺だ。
今、現地に到着した。
そちらにジャンがいるだろう? 彼に頼んで、テレビ通話というのに切り替えてくれ。
ここは一つ、互いに顔を見ながら話し合おうじゃないか?」
『…………………………』
俺の言葉に、通話相手はしばし沈黙する。
だが、提案を受け入れてくれたのだろう。
ガサゴソという物音がしたかと思うと、携帯端末にジャンの顔が映し出された。
『兄ちゃん、来てくれたんだ!?
ごめん! 迷惑かけて!』
「気にするな。
それより、内部の状況が分かるように端末を置いてくれないか?」
俺の支持を受け、ジャンが携帯端末を適当な場所に設置する。
それで、集会所内部の様子が明らかになった。
……座り込む老人たちによって占拠された、内部の光景が。
中央に座らさせているのは、ジャン、サシャ、報道チームのリーダーであり、縄で縛られたりなどの手荒な真似は受けていない。
そして、彼らを囲うように、お年寄りの男女が座り込んでいた。
「……まずは、こちらの要求を受け入れてくれたことに感謝する。
自己紹介はいらないだろう? 正統ロンバルドの王、アスルである。
エルフとモヒカンの姿が見えないが、どうした?」
首謀者が誰か分からないため、とりあえず全員へ呼びかけるようにしてそう語りかける。
なかなかに魔術を使えるエルフ女性と、そのまんまモヒカンなモヒカンは、報道チームにおいて護衛役を兼ねている人員だ。
まさか、こんな老人たちに無力化されたとは思えないが……。
俺の言葉に、老人からうながされたジャンが携帯端末を手に取り、室内の片隅を映し出す。
するとそこには――正座したエルフ女性の姿が!
しかも、その太ももに乗っているのは……これは……!?
『ごめんよ、アスル様。
お婆さんの飼ってる子猫ちゃんが太ももに乗ったまま寝ちゃって、動けないんだ』
「――くそ!
太ももに乗った天使の体温と質量だと!?」
エルフ女性の言葉に、苦々しく言葉を吐き出す。
「太ももの上で安らかな寝息を立てられてしまえば、もはや指一本動かすことはできん!
おのれ! 卑怯な手を!」
再び携帯端末が動かされ、また別の一角を映し出す。
そこには、あぐらをかいて座るモヒカンの姿が!
しかも、彼の右手へ盛んに頭をこすりつけているのは……これは……!?
『ヒャア、済まねえ。
お爺さんの飼ってるワンちゃんが、撫で続けてとねだってきて他のことができねえんだ』
「――くそ!
室内犬特有の無限撫で撫で要求だと!?」
小型犬を撫でてやるモヒカンを見ながら、俺はまたも苦々しく言葉を吐き出した。
「一度要求を受け入れたが最後、ワンちゃんは永遠に撫で続けることを命じてくる!
そうなったが最後! 他の行動を取ることはできない!
おのれ! 姑息な手を!」
くそ! なんということだ!
我が正統ロンバルドの戦闘要員二名が、かくもたやすく無力化されてしまうとは!
いや、無力化されたのはエルフ女性とモヒカンだけではない……。
この場を包囲する、全兵力もだ。
何しろ、犯人たちは飼い主だ。傷つければ、子猫ちゃんもワンちゃんも悲しむ。
人間など、いくら死んだところで心は痛まないが、猫と犬が悲しむ事態だけは避けねばならぬ……!
再び携帯端末が動かされ、元の配置へと戻る。
カメラ越しにこちらを見やる老人たちの視線を受けて、俺は全面降伏の決断を下した。
「なるほど、諸君らの要求は今ので分かった。
ずばり――俺の身柄だな?
いいだろう! 今から身一つでそちらに向かうので、ニャンちゃんとワンちゃんを用意し待っているがいい!」
『いんや、そんなのは望んでないよ』
「――なんてことだ!
じゃあニャンちゃんもワンちゃんもないのか!?」
『ないよ』
「――主よ! 主よ! なぜ私をお見捨てになったのですか!?
ならば、何を要求する!?」
俺の言葉に、お爺さんの一人がしばらく黙った後……おずおずとこう申し出たのである。
『わしらは……故郷に返して欲しいんじゃ。
ただ、それだけなんじゃ……』
一同を代表しての言葉に、老人たちがうなずく。
それを受けて、俺はただ押し黙ることしかできなかった。




