老人たち 1
ロンバルド王国の中央部とは、騎士爵など弱小に位置する貴族家が群立している地域であり、ありていに言ってしまえば田舎である。
だが、だからといって大きな都市がないかといえばそのようなことはなく、交易都市として知られるキオこそがその例外であった。
人と物の流れを血流に例えるならば、この街に課された役割とは全身にそれを送り出す心臓……。
ラフィン侯爵領の領都ミサンには遥か劣るものの、中央部において最重要の街道であるトウェス街道と接続したこの都市は、宿場として……また、物流の拠点として、なかなかの賑わいを見せていたのである。
それはつまり、アスル王が打ち出したトロイアプロジェクトの逆疎開先として、好ましい条件を備えているということ……。
これを見逃す王ではなく、キオには現在、中央部の小村から逃れた人々が身を寄せ合い暮らしていた。
そんな交易都市の難民居住区に数台の甲虫型飛翔機が降り立ったのは、発生し続ける魔物との戦いがこう着状態に陥って久しいある日のことである。
「ここがキオかあ!
なんかこう、ミサンとかを見た後だと、小っちゃく思えるな!」
『マミヤ』製の制服に身を包んだ赤毛の少年――ジャンが、長距離移動で凝り固まった体をほぐしながらそのような感想を述べた。
「もう、あんたは……。
昔は、あれだけこの街に行ってみたいって言ってたじゃない?」
同じく、女性用の制服に身を包んだ赤毛の少女が、そう言って弟をたしなめる。
『テレビ』に触れられる環境にある者ならば、少女の名を知らぬ者はいないだろう。
彼女の名は、サシャ。
名物リポーターとして、日夜様々な情報を『テレビ』から発信している人気者であった。
もっとも、こうして弟と話している姿は、ただの田舎娘そのものといった風であるが……。
「ははは。
この仕事をするようになってから、もうずいぶんと色んな場所を回ったからねえ。
舌が肥えた……と言うと語弊があるかもしれないけど、ずいぶんと感覚がズレてしまったと思うよ」
報道チームのリーダーを務める男が、ぼりぼりと頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
「ヒャア! 国の端から端まで行ったり来たりなんて、昔じゃ到底考えられなかったからな!」
「私も……エルフの寿命は長いけど、その全てを森に寄り添いながら使い果たすものだと思っていたよ」
同じくチームに所属するモヒカンとエルフ女性が、機材を運び出しながら感慨深げに目を細めた。
「あ! ごめん! ごめん!
おらも運ぶよ!」
「ヒャア! 頼むぜ、ジャン!
お前がいないと、もう仕事が回らねえからなあ!」
モヒカンに従いながら、赤毛の少年が機材を手早くまとめ上げる。
そんなやり取りを見ながら、リーダーは本日の予定が書かれた手帳を確認した。
「まあ、僕たちみたいなのは、まだまだ例外中の例外……。
どころか、多くの人はここみたいに指定された場所へ故郷を捨て、押し込まれている状態だ。
そんな人たちのために、あちこちを回って確かな情報を届けないとね」
「責任重大ですね……。
そういえば、今日は普通の取材の他に、何か催しがあるんでしたっけ?」
サシャの言葉に、リーダーは手帳を見ながらうなずく。
「うん……。
ここに身を寄せている難民の内、ご老輩の方々がさ、歌とかを披露したいそうだ」
「どこの居住区でも、お年寄りの人たちは新しい仕事のやり方に順応できず、暇を持て余していたからね。
まして、うちの王様はある程度年を食った人は労働から解放してやりたいって考えみたいだし」
風になびく髪を押さえていたエルフ女性が、これまで見てきた各地の光景を思い出しながらそうつぶやく。
そして、ひと言これに付け加えたのである。
「ま、年寄りって言っても、人間の老人で私より年長の人はいないけど」
これには、リーダーもサシャも苦笑いを浮かべざるを得なかった。
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「――シッ!
シッ! シッ! シッ!」
向けられたカメラに緊張しているのが、少々固さを感じる動きではあったが……。
ともかく、その若い騎士は虚空に向け、一心不乱に拳や蹴りを繰り出してみせていた。
もっとも、今の彼を見て騎士と見抜ける者は、いるだろうか……。
何しろ彼、半裸である。
それも、ちょっとやそっとの脱ぎっぷりではない……。
丈の短いズボンを履いている以外、一糸まとわぬ姿であった。
これは、別に俺が変な趣味を持っているというわけではなく、視聴者に彼の仕上がり具合を確認してもらうための配慮である。
「――以上、ハーキン辺境伯領代表の騎士クルベ・キーハン氏によるデモンストレーションでした」
「はい、カーット!」
マイクを手にしたソフィが語り終えると、彼女の所属する楽団を率いる団長がそう宣言した。
「どうも、お疲れ様でした!」
「ご苦労だったな。
本人は来られなかったが、ベルクの奴も期待していると言っていたぞ」
「ははっ!
当日は、必ずや勝利してみせます!」
ソフィと俺がねぎらうと、騎士クルベはぴしりと身を正しながらそう宣言してみせる。
周囲では、レフ板やらなんやらを手にした楽団員たちが素早く撤収の準備に入っており……。
収録光景を興味深そうに見学していたベルク配下の騎士たちが、自分たちの代表に声援を送っていた。
場所は、ハーキン辺境伯領の領都ウロネス。そこに存在する、騎士団の兵舎である。
今日、ここにソフィらを伴って来訪したのは、日曜日に予定されている賭博格闘『ロンバルド・ファイト』に向け、出場者の仕上がり具合を事前報道するためであった。
何しろ、賭けをする視聴者の多くは出場選手の素性も実力も把握してないからな。
今は亡きヌイグ君との試合以降、いくつかの実験試合を経て、このような映像も流すことにしたわけだ。
「その……いかがでしたでしょうか?
サシャさんと比べれば、いかにもぎこちなかったと思いますが……」
「そんなものは感じなかったな。
さすがはオペラ歌手! 堂々としたものだったよ」
遠慮がちに聞いてくるソフィへ、太鼓判を押してやる。
「それより、こちらこそ済まなかったな。
君にも、楽団の皆にも畑違いの仕事だ。
ここまで覚えるのは、さぞかし苦労したことだろう?」
「そんな……。
私たちも、正統ロンバルドのお役に立てるなら本望です。
それに、テレビの仕事を覚えることは、将来、楽団としても必ず役に立ちますから……」
「そう言ってもらえると、助かる。
君たちのおかげで、賭博専門のチャンネルも無事に開通できそうだ」
ソフィの言葉に、俺は腕組みしながらうなずいてみせた。
最近になって、彼女と彼女が所属する楽団に新しく始めてもらった仕事……。
それは、テレビ局の報道員である。
何しろ、元々がオペラ楽団をやっていた者たちなので、全員そこらの一般人よりは教養もあり、カメラなどの扱いに関しても適性が高い。
また、将来的にはともかくとして、今現在、テレビ局の役割は俺の意を伝えることなので、それなりに信頼のおける人材が必要だ。
その点においても、ソフィは都合が良かったのである。
なぜなら、表立っては言えないが、彼女はラフィン侯爵家の当主スオムスが密かに送ってきた隠し子だからだ。
以前にも触れた通り、ロンバルド王家とラフィン侯爵家は親戚関係にあるので、彼女は俺にとって数少ない自陣営の親類なのである。
まあ、血縁上そうだってだけで、お互いに全然親戚感はないけど。
「今までの報道チームだけだと、いよいよパンクしそうになってたからな。
君たちが加入してくれてずいぶん楽になったと、ジャンやサシャからも聞いている。
この調子で励んでくれ」
「はい! お任せください!」
力強く請け負ってくれたソフィを見ながら満足げにうなずいてやっていると、胸元の携帯端末が不意に振動した。
「ん……?
そのジャンから電話だな。
この時間は、収録中だったと思うが……」
そう言いながら、通話の操作をする。
だが、端末こそジャンのものだったが、通話相手はまったくの別人であった。
そして、その人物が告げた言葉に俺は驚愕の叫びを上げたのである。
「――はあっ!?
報道チームを人質にしたあっ!?」




