ヌイグ・バファー ~その青春~ 3
視察へ訪れたアスル王提案による、兵たちの士気向上を目的とした賭け試合……。
それにかこつけて、オーガちゃんを賭けの対象とした試合を申し込んでみはしたのだが……。
正直な話をすれば、ここまで目論見通り運んだのはヌイグ自身、予想外のことである。
何しろ、賭けの相手が相手だ。
女をかけての決闘というのは貴族社会においてそう珍しいことでもないが、自陣営の首魁にそれを申し込むのは異例中の異例である。
ゆえに、ちょっとした冗談の雰囲気を交え、提案してみたのだが……。
アスル王というより、その側近であるイヴ女史が白熱したことにより、見事賭けは成立したのであった。
まあ、まさか対戦相手がアスル王その人になるとは夢にも思わなかったが……。
あくまでも余興、腕試しの類であり、これが後々へ尾を引くことはないと明言してくれているため、遠慮をする必要もないだろう。
もっとも、ケガなどはさせぬよう注意を払う必要があるが……。
――問題はない。
――駒落ちで盤上遊戯をするかのごときものよ。
初めて乗り込んだ『マミヤ』内に存在するスタジアム……。
その控室で体を暖めながら、そんなことを考える。
夢想するのは、オーガちゃんを妻として迎えた幸せな未来……。
いや、これは夢想ではない。
そうなると確定した、現実なのだ。
「ヌイグ様、試合時間となります」
「うむ……」
ドアの外から声をかけられ、準備運動を終了する。
係りの者に案内され、向かった先……。
そこに広がっていたのは、船内とは思えぬ芝生の絨毯であった。
周囲は、何千……いや、何万もの人数を動員可能だろう客席で覆われており……。
天井から降り注いだ強烈な光が、中央部を照らし出している。
そこに設営されていたのは、柵も何もない、簡易な造りの闘技場であった。
ロープを用意するかなど、細かいルールを定めぬまま強行されたゆえである。
だが、その舞台が今は何よりも神々しく見えた。
何しろ、このスタジアムはかつて、オーガちゃんがライブをした会場であるのだ。
そこで勝利を手にし、彼女を己のものとする。
なんとも、そそられる話ではないか!
闘技場に向け歩みつつ、天井を見上げる。
そこには、船内でありながら星空が広がっていた。
聞くところによれば、外の情景をそのまま映し出しているらしい……。
ならば、天は自分を祝福しているということ……。
見るがいい! 空に輝く七つの星を!
そして、今はその脇に輝く小さな星すらもはっきりと見えているのだ!
「あの野郎かー! オーガちゃんを手籠めにしようってのはよォー!」
「身の程ってやつを知らねえらしいなァー!」
「血祭りに上げられるがいいぜェー!」
闘技場の周囲では、トサカ頭をした半裸の男たちや、仮面をつけた者たち……そして、なぜか二足歩行している巨大な馬が立ち見をしており……。
そやつらに罵声を浴びせられながら、決戦の舞台へ上っていく。
――どうということはない。
――圧倒的な武芸の冴えを見せつけられれば、黙ろう。
そう思いながら闘技場に立つと、そこではすでに対戦者が待ち構えていた。
だが、これは……。
「アスル陛下、ふざけておられるのか?」
思わず、そう問いかける。
対戦者であるアスル王の格好は、自分と同じシャツ一枚……。
しかし、驚くべきことにこの王は、あぐらをかいて座っていたのだ。
「……かかってくるがいい」
座ったままのアスル王が、静かな口調でそう告げる。
それは、あくまで座したまま戦いに挑もうという意思表示。
「双方、準備はよろしいですね?
決闘の立ち合いは男子が務めるというしきたりに従い、審判はこのクッキングモヒカンが努めます」
「ヒャハー! 判定は任せやがれー!」
闘技場に上がったイヴ女史がそう告げると、従えていたトサカ頭が両腕を掲げながらヒャハった。
「……陛下がそれで構わないのならば、よいですとも」
静かに拳を構えながら、そう告げる。
ケガはさせないつもりでいたが……。
バファー辺境伯家にその人ありと言われた自分をこうまで侮るならば、多少は痛い目を見てもらうしかあるまい。
一方、アスル王は何も答えなかったが……。
それを同意と見たイヴ女史が、リングから降りていく。
「ヒャッハー! 準備はいいな!?
……始め!」
邪魔にならぬようにという配慮だろう……開幕の合図と共に、クッキングモヒカンなる男がアスル王を挟んだ反対側へ移動する。
それを見届け、自身もまた踏み込んだ。
まずは、軽く膝蹴りを放って無防備な顔面を強襲しようという策であったが……。
その瞬間、ヌイグは見た。
まるで、万歳をするように……。
アスル王の両腕が、ゆるりと持ち上がるのを。
それと同時に、理解してもいた。
実際のところ、その動作はまばたきする間に完了しており、己は極限まで研ぎ澄まされた感覚によって、それがゆっくり行われているかのように錯覚しているのだと。
その証拠に、反応しようにも体は一切言うことを聞かぬのだ。
これなるは、死線を乗り越えた年配騎士が語っていた、死を自覚した瞬間に陥る感覚……。
「アスル――無情破顔拳!」
掲げた両腕から謎のビームが放たれ、自分となぜかクッキングモヒカンを貫く!
それだけでも強烈な衝撃であり、ヌイグは身じろぎひとつすることすらかなわなかったが……。
この技は、それだけで終わらなかった。
「はあああああっ!」
手刀のように振られたアスル王の腕から、これも謎の衝撃波が放たれ、自分とついでにクッキングモヒカンを撃ち抜いたのである!
――FATAL K.O.
「安心するがいい……。
まだトドメを刺し切ってはいない」
ようやく立ち上がったアスル王が、どこからともなく吹いた風に髪をなびかせながらそう言い放つ。
それをヌイグと多分クッキングモヒカンも、薄れゆく意識の中で聞いていたのである。
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「ビームと衝撃波は卑怯ではありませんか?」
待機していたエルフたちの魔術により治療された後、とりあえずそう抗議した。




