ヌイグ・バファー ~その青春~ 2
――こういうのも、久しぶりだな。
緊張した顔で構える両者を見ながら、そんなことを考えた。
対峙する内の一人は、我が騎士ルジャカ・タシーテ。
もう一人は、バファー辺境伯家の若き騎士である。
互いにシャツ一枚であり、寸鉄すら帯びていない。
さすがはバファー辺境伯家の騎士……年齢はさほど変わらぬはずだが、場数というものがちがうのだろう。
ルジャカと比べて、やや余裕のある表情をしていた。
対するルジャカは、緊張から体がこわばっており、その頬を汗が伝っている。
場所は、バファー辺境伯領領都ベッへ……。
その郊外に設けられた、練兵場だ。
審判役の俺を含む三者の周囲は、辺境伯家の兵たちによってぐるりと囲まれており、人の壁によって形作られた闘技場と化していた。
「ルジャカ! いつもの訓練通りにやれば、恐れる相手じゃねえぜ!」
兵たちに混ざって観戦している、辺境伯領一腕の立つ殺し屋の声が響き渡る。
それが合図となった。
――ダンッ!
という、力強い踏み込みと共に、相手の騎士が拳を打ち放つ。
駆け引きも何もない、純粋な拳打。
思いきりのよさは評価してやりたいが、しかし……。
「――シッ!」
その拳は、最後まで打ち抜かれることがなかった。
ルジャカが放った左のジャブが、それ以上の速度でもって相手騎士の顔を痛打したからである。
「――グッ!?」
鼻血を噴き出しながら、ごくわずかに相手が硬直した。
そのスキを見逃す、ルジャカではない。
「――シッ! シッ! シッ!」
立て続けにジャブを打ち放ち、相手を攻め立てる!
最初の攻防を制したことで、緊張がほぐれたのだろう。
もう、ルジャカの動きに固さは見られず、相手はがしりと腕を立てて連打を防ぐのが精一杯となった。
それはすなわち、上体に意識が集中してしまっているということ……。
「――おおっ!」
すかさず踏み込んだルジャカが、がら空きなった相手の横腹へ拳を突き立てる!
コンパクトに折り畳まれた一撃は、しかし、見事に腰が入っており……。
それが二発、三発と続けざまに叩き込まれると、そこで勝敗は決した。
「――そこまで!」
俺が右手を掲げると、ぴたりとルジャカが連撃を止める。
「ぐ……う……」
すると相手はずるりとくずおれ、闘技場を形作っていた者たちの手によって支えられることとなった。
意識が逸れていたところに突き刺さった、三発ものリバーブロー……。
吐かなかっただけでも、大したものだと褒めてやろう。
まあ、ルジャカはまだまだ経験が浅いが、日頃からモヒカンや修羅に混ざって鍛錬を積んでいるのだ。
バファー辺境伯家の騎士が弱いとは言わないが、モノがちがうということだな。
「では、ルジャカ様の勝利に賭けられていた方々。
配当をお渡ししますので、列を作ってお並びください」
離れた所から放たれたイヴの言葉を受けて、闘技場を作っていた者たちの内、二割ほどが嬉しそうな顔をしながらそちらに向かう。
イヴの手にはじゃらりと貨幣の詰まった革袋が握られており、これから勝利者へ賭けた者たちへそれが平等に行き渡るのだ。
銀貨やら銅貨やら混ざっているし、誰が賭けたかいちいち確認を取ってもいないが、『マミヤ』のバックアップを受けているイヴならば完璧に処理してくれることだろう。
「やったな、ルジャカ」
「陛下の期待に、応えられたでしょうか?」
「ああ、十分だとも」
興奮冷めやらぬという様子で近寄ってきた我が騎士に、ねぎらいの言葉をかけた。
「それでどうだ?
狙いは成功しそうかい?」
「そうだなあ……。
ここにいるのは戦いを生業とする者たちだから、一概には言えないが……」
同じく近寄ってきた辺境伯領一腕の立つ殺し屋に問いかけられ、アゴに手を当てながら考える。
「まあ、大外れってことはないと思う。
少なくとも、刺さる奴は結構いるだろう。
――賭博格闘は」
イヴから配当を受け取る者たちと、それをくやしそうに見る者たちを眺めながら、そう結論付けた。
――賭博格闘。
カードゲーム販売で調子に乗った俺の考えた、新たな収益源である。
内容はいたって簡単! 読んで字のごとく、一対一の格闘試合を行い、その勝敗に駆けさせるのだ。
もちろん、試合はテレビで生中継! 各地へ設ける投票所を密に連携させ、リアルタイムでオッズを反映させる予定である。
ただ、まだざっくりとした構想段階で細かいルールなどは考えていないため、ちょっとした実験と兵たちのガス抜きを兼ねて、視察先のここでこうして賭け試合を行ったわけだ。
「馬同士や人間同士の競争とか、大食い対決とか色々と考えてはみたんだがな……。
やっぱり、格闘試合の方が興行的にも盛り上がっていいだろう。
王国民の教養レベルから考えても、勝敗が分かりやすく、かつ、適度に血が流れるくらいがちょうどいいだろうし」
「そういうもんか?
殺し屋やってた俺が言うのもなんだが、血なんか流れないに越したことはないだろう?」
「そうでもないさ」
かませ犬役を果たしてくれた騎士に回復魔術を使ってやりつつ、辺境伯領一腕の立つ殺し屋へ答える。
魔術を使われた騎士は、一瞬で体調が戻ったことへ驚き、興奮していた。
ふふん、忘れがちだが俺は魔術の大天才。そんじょそこらの使い手ならじっくり時間をかけねばならぬ傷でも、こうして一瞬で治してやれるのだよ。
「アラドさん……例の彼と話した時、闘技場が存在する国の話も聞いてな。
こういうこと言うと民をバカにしてるみたいだけど、やっぱり、適度に野蛮な方が受けはいいらしい」
「ふうん、まあ、色々とやってみることだ。
せっかく、特級魔獣が出なくなって戦況も落ち着いてることだしな」
辺境伯領一腕の立つ殺し屋が、肩をすくめながらそう答えた。
いちいち名前が長い上に、場所がバファー辺境伯領だと混同しそうになるこいつが言う通り……。
現在、戦況は奇妙な膠着にある。
いよいよ作るためのリソースが尽きつつあるのが、先の巨人を最後に特級魔獣は出現しなくなり……。
しかし、通常の魔物は相変わらず発生し続けているのだ。
こうなると、一進も一退もない。
トロイアプロジェクトにより、ずいぶんと余裕は生まれたが、それは逆に言うならば、攻めに転じる余力がないということでもある。
よって、我が正統ロンバルド側は逆疎開先の各地で釘付けとなっているわけだ。
あーあ、どうもやな感じ。間違いなく向こうの思惑通りだよ。向こうというか、この惑星だけど……。
でもなー、どうも人間的な思惟も感じるんだよなー。
「アスル陛下! いかがでしたかな? 我が兵たちの仕上がりは!」
そんな風に会話しているところへ現れたのは、バファー辺境伯家の次期当主である男……ヌイグ・バファーだ。
同年代だし、知り合いではあるんだけど、いかんせん王都フィングとここでは距離があるため、王子時代での付き合いは薄い。
「ヌイグか……。
いや、さすがは精強さで知られるバファー辺境伯家の強者たちだ。
貴公が進言してくれた通り、予定よりも参陣を早めるとしよう」
さておき、俺は笑顔で応じる。
実際、見せてもらった演習の出来栄えは見事なもので、噂話でしか知らなかったバファー辺境伯家の精強さを、まざまざと見せつけられた気分だ。
「はっはっは、とはいえ、賭け試合では我が騎士が負けたようですがな」
「勝負は時の運と流れだ。
今回は、明らかに展開が向いていたよ」
俺の言葉に、ヌイグの瞳がきらりと輝いた。
「ですが、結果は結果……。
いかがですかな? ここはもう一度、日を改めて試合を設けるというのは?
こちらからは、私自身が出陣しましょう」
え、初めて知ったけど、お前ってこういう勝ち負けにこだわっちゃうタイプなの?
まさかの申し出に、どうしたものかと答えあぐねてしまう俺であったが……。
「お受けしましょう。
もちろん、こちらからはマスターことアスル・ロンバルドが出陣します」
配当を配り終えたのだろう……。
いつの間にか隣に立っていたイヴが、何か勝手に決めてしまった。
「マスターご自身が戦われるとなれば、否が応でも注目と賭け金が集まります。
命をかけるわけでもありませんし、ここは受けるのがよろしいでしょう」
抗議の目線を受け流し、スラスラとそう言い放つイヴである。
「ぬう……そう言われれば、なるほど確かに」
俺のことなんだと思ってるのと言いたいところだが、何気に良い案なので反対もできない。
「ふふ……賭けですか。
どうでしょうか、陛下?
私とあなたの間でも、個人的に賭けをするというのは?」
「賭けか……。
構わんが、貴公は勝利の先に何を望む?」
どーせ、俺が勝つし。
そう考えて軽い気持ちで問いかけると、ヌイグは爆弾発言をかましてきたのである。
「そうですな……。
私が勝ったならば、新感覚覇王系アイドルオーガちゃんを頂きましょう」
……俺の隣に立つ、自立式有機型端末が一歩前に踏み出す。
「なんだァ?
てめェ……」
イヴ、キレた!!




