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ヌイグ・バファー ~その青春~ 1

 ハーキン辺境伯家のように、森林資源を管理する役割の重要さから地位を与えられている家は例外中の例外であり、基本的に辺境伯という称号は、他国との国境を守る貴族家に与えられる。

 ゆえに、辺境伯家へ第一に求められるものは、その精強さ……。

 その点で言えば、バファー辺境伯家は文句の付け所がないだろう。

 それは、この日も行われている『マミヤ』製武器を用いた兵種転換訓練にもよく表れていた。


 ほんの少し前までは、騎乗し槍や剣を掲げていた者たち……。

 正統ロンバルドへ与するまでは、金属製の全身鎧に身を固め魔物や外部の脅威から民を守っていた者たち……。

 それが今は、綿を用いた軍服に身を包み、時に泥へまみれ、時に草の中へ身を隠しながら、領都ベッヘ郊外に設けられた訓練場を駆けずり回っていた。


 そうしながら、号令に合わせ手にしたブラスターライフルを発射するわけであるが、その精度たるや……!

 戦場(いくさば)における弓の重要性は語るまでもなく、バファー辺境伯家においては、剣や槍よりもむしろこれの調練に重きを置いていた。

 弓巧者で知られるエルフにも匹敵する習熟の早さは、かような実戦重視の風土によるところが大きいのだろう。


 とりわけ目を引くのは、当主たるネイス・バファーの嫡男(ちゃくなん)――ヌイグ・バファーの勇姿である。

 走り込みでは、誰よりも速く、誰よりも長く、常に兵団の先頭を走り続け……。

 ライフルの訓練においては、初めて引き金を引いたその瞬間から百発百中。

 真の武芸者は武器を選ばぬと言うが、これは図抜けているといえよう。


「ようし! 今日の訓練はこれで終わりとする!」


 そのヌイグから放たれた号令が伝わり、兵たちが一斉にその場へへたり込む。

 早朝から夕暮れまで、ほぼ隙間なく行われる訓練は苛烈のひと言であり、正規の騎士たちであってすら、ついていくのがやっとといった有様であった。


「ようやく形になってきたな!

 この分ならば、戦列へ加わる日も近かろう!

 その時に備え、よく戦意を維持しておくように!」


 ただ一人、疲れた様子を一切見せないヌイグがそのように兵たちへ呼びかけていく。


「ヌイグ様、さすがだな……」


「ああ、魔物が大発生したり、正統ロンバルドの傘下(さんか)に加わったりと色々あったけど、あの方さえいればバファー辺境伯家は安泰だ」


「難点があるとすれば、もう二十五歳だというのにいまだ妻帯しておられぬ点だな」


「はっは……。

 まあ、あの方を支えるに足る女性となると、見つけるのはひと苦労なのだろう」


「ちがいない」


 そんな次代の当主を見やりながら、騎士たちはそう噂し合ったものである。




--




「では、私はしばし自室にてテレビから情報をえるゆえ、部屋には入ってこないように」


 領都ベッヘに存在する、バファー城……。

 父との食事を終え、電灯により明るく照らされた廊下の中を歩みながら、ヌイグは背後を歩む使用人らにそう伝えた。


「ははっ」


 その命令に従い、使用人たちが自らの部屋へ戻る主を見送る。

 かつて、『米旗隊』により数個をもたらされた貴重なテレビ……。

 彼はその内一つを、当初から独占していた。

 だが、そのことで文句を言う者はいない。

 それもこれも、世の流れへいち早く乗るためであり、現当主ネイスが正統ロンバルドへ与する英断を下せたのも、彼による説得の影響大なのである。


「ふぅー……」


 そしてヌイグは今、閉めた扉の前で、使用人たちが遠ざかる気配を感じながら大きく息を吐いていた。

 訓練による疲れ、ではない。

 これより行う儀式のために、呼吸を整えているのだ。


 まずは落ち着いて、テレビの電源をオン。

 内部の記憶媒体が起動するまでの間に、素早く戸棚から数本の棒を用意する。

 一見すればそれは、治安を預かる兵が時たま使用する警棒のようにも見えたが……。

 しかし、中ほどから色鮮やかに塗りたくられてるのを見ると、別の用途に用いる品であるとうかがえた。


「――いざっ!」


 記憶媒体が起動し終わると同時に、くわと目を見開き、リモコンでもって録画したその番組を呼び出す。

 うっかり消去してしまわぬよう、タイトル保護をかけられたその番組……。

 それの正体は、一人の少女によるライブ映像であった。


 たどたどしく未熟な歌と踊りを、精一杯の笑顔で披露する少女の名は――新感覚覇王系アイドルオーガちゃん!


「ふうお!

 ふわ! ふわ! ふわ! ふわ!」


 オーガちゃんのライブ映像を見ながら、一心不乱に両手の棒を振り回す。

 その動きは、映像の中でサイリウムなる光の棒を振り回す男たちを完璧に模倣(もほう)しており……。

 と、なると、わざわざ色まで塗ったこの棒はサイリウムの代替(だいたい)品であると見てよかった。


「ふぅー……はぁー……」


 残念ながら、画面の中で行われるライブは特級魔獣の出現により中断され……。

 それと同時に、脱力しがくりと肩を落とす。

 いや、力が抜けているのは体だけではない。

 その、表情……。

 ゆるみきったその顔は、ただただキモかった。


「オーガたん……」


 たん、ときたものだ。


「欲しい……君が、欲しい……。

 結婚したい……子供は三人くらいがいい……」


 映像を巻き戻し、今度は棒を振り回さずに注視しながらうっとりとした声でつぶやく。

 バファー辺境伯家の次期当主、ヌイグ・バファー……。

 この男――やべー奴である!


「そのためには……」


 その目が捉えたのは、画面中央のオーガちゃんではない。

 画面の片隅……。

 魔術でクジャクのごとく光の棒を生やし、観客席を走り回っているはた迷惑な男の姿であった。


「アスル・ロンバルド……」


 今や知らぬ者はいない男の名を、吐き出す。


「この男の(もと)から、彼女を解放しなくては……」


 そう独り言を漏らすヌイグの顔は、配下の者たちを訓練する時と同じ、戦場(いくさば)(のぞ)む者のそれである。

 殺気すら漂う視線の先……。

 当のアスル・ロンバルドは、観客たちから袋叩きにされ、警備員の手で連行されていた。


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