明暗 前編
世に職業は数あれど……。
常に安定して仕事が得られ、しかも、安全で高収入を約束されている職業となると、それは極めて限られる。
城勤めのロウソク職人というのは、そのように希少な職種の代表格といえる存在であった。
その職務は、読んで字のごとくだ。
各貴族領領都に存在する城や、あるいは要衝に設けられた城塞……。
そういった場所で暮らし、毎日ひたすらにロウソクを作るのである。
日の出と共に起き、それが沈むのに合わせ就寝するのは、市井で生きる人間の暮らし……。
城のように様々な行政的機能が集約され、また、数多くの人間が暮らす施設でとなると、そうはいかない。
そもそも、巨大建築物の宿命として、どうしても日の光が入らぬ区画というのも存在するのだから、光源は常に……そして大量に必要となるのだ。
それをまかなうのが、ロウソク職人の使命である。
雇い主である領主の差配によって多少の差異こそ生じるが、どの地においてもその待遇は良い。
何しろ、ロウソクの明かりがなければ、夜間、小用に立つことすらかなわなくなってしまうのだ。
収入は田舎の騎士爵よりもよほど高く、食事や寝所も通常の召使いより格上のものを与えられていた。
――この仕事にありつけさえすれば、将来安泰!
――体がついていかなくなり引退したとしても、子や孫に頼らぬ老後が送れる!
それこそが城勤めのロウソク職人という仕事があり、それだけの好待遇であるからこそ、彼らは灼熱地獄と呼ぶべき工房で汗水を垂らしながら労働にいそしむことができるのだ。
だが、イーシャ辺境伯領の領都ザナクに存在するイーシャ城……。
そして、おそらくは、難民の逆疎開先として選ばれた各地の城においても……。
その神話は、崩れ去っていた。
「こんなに冷え冷えとした工房は、初めてだ……」
いつも通りに早起きし、いつも通りに出勤したイーシャ城内のロウソク工房……。
しかし、こればかりはいつもと違い、寒々とした光景を眺めやりながら職人の一人がそうぼやく。
「まさか、炉に火を入れない日がくるなんてな……」
別の職人も、そうつぶやく。
この時間……。
普段ならば炉が赤々と燃え盛り、溶かされた大量の蜜蝋へ職人たちが芯糸を垂らしているはずである。
この城が出来てから、毎日繰り返されていた光景……。
それが今、途絶えていた。
代わりに存在するのは、なすべきことが何もなく、手近な場所に座り込みうなだれる職人たちの姿だ。
「どうすんだよ、これ……。
このまんまじゃ、食いっぱぐれちまうぞ」
その言葉に、異を唱える者はいない。
それこそまさに、この場へ集った者たちの意思を代弁する言葉であるからだ。
「あれのせいだ……」
職人の一人が、天井を指差す。
薄暗いロウソク工房の中……意気消沈するロウソク職人たちを照らし出すのは、しかし、ロウソクの火ではない。
天井にいくつも設置された、ガラスの管……。
そこから発された白く力強い光が、彼らを照らし出しているのだ。
――デントウ。
……これなるガラス管の、名称である。
難民の受け入れが決まると同時、正統ロンバルドから派遣された職人たちは、城中へデンセンなる被膜に覆われた鋼線を敷いていった。
それは、同じく城内各所に設置されたこのデントウ、もしくはデンキュウなるガラス玉へとつながっており、スイッチという器具を少しいじるだけで、このように力強い光を発してくれるのである。
しかも、その光は魔術で生み出したものと同様、煙や異臭を放つことがないのだ。
こうなっては、ロウソクの用などほとんどない。
かくして、大量雇用されていたロウソク職人たちは、昼間から何もすることがなく、自分たちの職場でくだをまいているのであった。
「城でも一、二を争う高給取りが、今じゃ無駄飯くらいの役立たずかよ!」
職人の一人が叫びながら、冷たい炉に蹴りを入れる。
このままいけば、自分たちはどうなってしまうのか……。
火を見るよりも明らかであると言いたいところだが、今は、見るべき火がない……。
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難民居住区で生産され、受け入れ先の都市へと搬入されている食糧……。
難民たちはこれを貢ぎ物と呼んでいるが、では、これらが無償で都市の者らへ振る舞われているのかというと、そのようなことはない。
食糧はまず、各都市内に存在する集積場へと運び込まれ、その地を治める領主の管理下へ置かれる。
しかる後、それらは市場で競りにかけられ店頭へと並ぶことになるのだ。
競りの代金は、この戦いへ参じている各貴族家及びアスル王の懐へ入る手はずとなっており、こうすることで兵糧と戦費が同時にまかなわれているのである。
さておき、難民居住区で農産物などが生産されるようになって、逆疎開先に選ばれた都市の食品事情は大幅に様変わりした。
何しろ、正統ロンバルドから供給された作物の種は季節を問わず、しかも、恐るべき成長速度を誇っている。
目抜き通りは、多様な……実に多様な野菜や果物が賑わすことになり……。
料理屋では、それらを用いたこれまでにない料理が供されていた。
しかも、それらの値段が――安い。
これは、需要と供給の関係を考えれば明白な結果だ。
何しろ、これまでにないほど大量の食料品が、毎日市場へ運び込まれてくるのである。
競りに参加する買い手たちは、当然ながらこれを買い叩く。
結果、新鮮で質の良い作物が、驚くべき安値で店頭へ並ぶことになるのだ。
この商いに関わる問屋及び小売りの反応はといえば、それはおおむねが、
――嬉しい悲鳴。
……と、いうことになる。
確かに、商売の形態は大きく変わった。
薄利多売……一つ一つの商品から得られる利益は小さくとも、数多く売ることでそれをまかなうやり方に皆が自然と切り変えたのである。
それはつまり、人手も手間もこれまで以上に必要となる商売形態……。
だが、見よ! 己の店に並ぶみずみずしい……色とりどりの作物を!
見よ! 旺盛な購買意欲で殺到し、かつてでは考えられぬほど大量に購入していく客たちを!
これなるは、夢に見ることすらしなかった光景……。
食べるという行為が、なかば命をつなぐためだけに行われていた先日までは、考えられなかった光景だ。
これに燃え上がらぬは、商売人ではない。
しかも、安定して様々な食品を大量仕入れできるとなれば、これまでにない商法も可能となってくる。
代表的なのは、謎の商人ルスーアが経営するルスーア商会の導入した特売商法だ。
あえて、利益度外視の目玉商品を用意することで強力に集客し、まとめて購入された他商品の利益で損した以上の得を得る……。
その素性を謎に包まれた新米商人の手法には、元よりその地で商売していた者たちも大いに感心した。
結果、今はどこの店でもそれを取り入れつつあり、どの店がどんな商品を特売にするか……複雑な読み合いが行われるようになったのである。
料理屋も、負けてはいられない。
『テレビ』を参考にした……あるいは、自らが考案した料理で客を呼び込む。
どこの店でも同じようなものしか出せなかったかつてとちがい、今は独自色を打ち出すことに成功した店が繁盛するようになっていた。
ミドリムシとかいう不気味な食材を使ったカンパンこそ、大外れしたが……。
トロイアプロジェクトにより、各都市の市場は大盛り上がりを見せていたのである。




