問題は山積せり
――キートン。
『マミヤ』が誇る三大人型モジュールの一人であり、地上及び地中の開発が彼の担当だ。
で、あるからには、当然ながら不整地の整地作業もその任務に含まれる。
彼による整地作業を端的に表現するならば、それは、
――雑巾がけのような。
……もの、ということになるだろう。
『オレ様のクリーンローラー捌き、見せてやるぜ!』
そう言うや否や、先日修理が完了した両腕を組み合わせる。
それは比喩表現ではなく、実際に彼の両腕は粘土をくっつけるように一つへ結合し、しかも、その先端部は物騒なスパイクが大量に取り付けられたローラーへと変じるのだ。
それを接地し、中腰姿勢のまま――大地を駆け巡る!
全長九メートルもの鋼鉄巨人が、それをやるのだ。
一歩ごとの歩幅は人間のそれと比べるべくもなく、しかも、その動きは――速い!
残像すら生じるほどの速度でキートンが駆け巡ると、その後にはまっさらな……均一の高さに整地された平地が出来上がっていった。
驚くべきことに、それらの平地はただ地表部が整っているだけでなく、スパイクから放たれた衝撃波が深く浸透することにより、地下深くに至るまでしっかりと地盤が固められているのである。
草木や岩などが立ち塞がろうと、関係ない。
ローラーが接触するとそれらはたちまちの内に砕け散り、ローラー内部へと吸収されていく。
その内、土壌改良に有効な成分は農地へ転換する予定のエリアに練り込まれていくのだ。
今回、逆疎開予定地の整地に要した時間は――きっかり一時間。
昔ながらの人力でやったならば、多くの人夫を使い数年はかかるであろう大作業である。
いやはや、普段は雇用創出や人々の技術力向上を図るために自重させているが……。
あらためて本気を出させると、本当になんでもありだ。
そして、なんでもありなのはキートンだけではない。
その母艦たる『マミヤ』もまた、同様である。
『ようし! この辺でいいだろう!
マスター、各種施設を設置していってくれ!』
キートンからの通信にうながされ、ブリッジのコンソールを起動させた。
タッチパネル方式のそれに表示されたのは、たった今、彼が整地した土地を上空から俯瞰した光景だ。
「まずは、火力発電所だな」
施設設置のメニューを開き、ずらりと並んだアイコンから火力発電所のそれを選び出す。
それをドラッグし、あらかじめ予定していた場所にタッチする。
――ポン!
……という音がするや否や、そこにはすぐさま稼働可能な状態の火力発電所が生み出されていた。
『マミヤ』内部のファクトリーで、あらかじめ工場に必要な設備は建造されており……。
俺の操作に従い、それらは現地へ転送され、同時に設計図通り組み合わされたのである。
まるで、模型を置くような気安さであり、たやすさだ。
しかし、現地に一瞬で出現したそれは、地下深くに至るまできっちりと施工されているのである。
同じ要領で、難民たちの仮住まいとなるプレハブ小屋や共用施設をポン! ポン! と設していく。
『マミヤ』内部に保管されていた、街づくりのシミュレーションゲーム……。
それと変わらぬ簡単さで、あっという間に難民たちの受け入れ準備が整ってしまった。
「いかがかな?
……これで、難民たちの受け入れ準備は完了だ」
そう言いながら振り向くと、口をあんぐりと開けて作業を見ていたノーザン・イーシャ辺境伯と目が合う。
「な……あ……」
今回の作業先は、彼が治める領都郊外であったこともあり、特別に『マミヤ』へ招待し見学してもらったのだが……。
うん、まあ、刺激が強すぎるよね……。
「こ、これは現実の光景なのですか?」
「もちろん、現実だとも。
後で現地へ降り立って、肉眼で確認もしてもらう」
わなわなと震えながら告げるノーザンに、肩をすくめながらそう答える。
その後、現地へ降りた彼の反応は語るまでもないだろう。
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あれから……。
哀しみを背負ったモヒカンと修羅の尽力もあり、逆疎開――トロイアプロジェクトは順調に進んでいた。
逆疎開先として選定したのは、イーシャ辺境伯家及びバファー辺境伯家の領都を始めとする、五か所ばかりの大都市である。
ロンバルド王国の慣例として、それらの都市は城郭都市として造られており……。
郊外部に存在する土地をキートンの手で開発し、難民たちの受け入れ先としてきたのだ。
難民受け入れ先に用意した各施設は、現地の状況も鑑みて多少の差異こそあるものの、共通点として火力発電所、それに付随する水素菌培養工場、難民が従事するための新たな田畑、ミドリムシのプラント、紡績工場を設置してある。
とりわけ重要なのは、火力発電所だ。
ぶっちゃけた話をしてしまうと、現状、難民を養うだけならばそこまでの大電力は必要ない。
隠れ里時代の正統ロンバルドでそうしていたように、大規模にソーラーパネルや風力発電所を設置すれば十分だろう。
それをわざわざ火力発電所にしたのは、二つの理由があった。
一つは、将来的な必要性。
何もかもが片付き、いよいよ本格的に古代のテクノロジーを導入する段階になれば、さすがに自然エネルギー由来の発電施設では厳しい。
発電所というのは都市の心臓に他ならないのだから、最初から必要十分な能力を持たせておこうと考えたのである。
そしてもう一つは、将来、石油や石炭をそれら都市の領主に購入してもらうためだ。
俺は、石油や石炭を始めとする重要資源の取り扱いに関しては、正統ロンバルド王家の専売制にしようと考えている。
正統・旧を問わず、ロンバルドの経済制度はまだまだ未発達で、これから人々を教育し成熟させていく段階だ。
そのような状況であるから、国の行く末そのものを左右しかねない資源に関しては民草へ委ねるより、王家――というか俺が管理すべきと判断したのである。
それに、王家の収入が欲しいしね。
前にもワム女史から指摘された通り、正統ロンバルド王家はろくに収入もないのに、ガンガン貨幣を造ってお給金として支払っている。
そして、その流れは魔物の大発生によりさらに加速していた。
これって、俺が国民に対して莫大な借金を背負っているのと同じなんだよね。
どんだけごまかしても、いずれ必ず破綻する。
だから、安定した収入源の確保は必須なわけだ。
各都市の領主よ、今は無償で助けてあげよう……。
だが、将来お前たちが発展の流れに乗ろうとした際、必ずこの分は徴収させてもらうぞ。
まあ、民間が力を付けてくると王家の専売制に反発してくるだろうから、子孫には適当なところで手を引くよう申し送りしておかないとな。
ところで、元あった都市をいじくるのではなく、その郊外を新たに開発したのには理由がある。
人々の、感情だ。
難民側もそうだが、これに関しては元からの住人に大きく配慮している。
何しろ、知らん連中が大人数でやって来るのだ。
場所によっては、元居た住人に匹敵するだけの人数になっている。
そんなもん、迂闊に接触させるのはケンカしろと言っているようなものだ。
だから、難民居住地と受け入れ先の都市には、元から存在する城壁を活かし、検問体制を敷いている。
許可なき者は、都市内部へ入れないようになっているわけだな。
そういった配慮の甲斐もあり……。
「こうして、陳情書が山積みになっているわけだな。
あっはっは……」
「笑っている場合か」
『マミヤ』内に存在する私室兼総指令室……。
執務机にうず高く積まれた書類を前にしながらから笑いする俺に、ベルクが白い目を向けた。




