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花と人と

 これまで、人間というものは二本の足で大地に立ち、自由に振る舞う生き物であると思ってきた。

 しかし、故郷を離れた今ならば分かる。

 人間というのは、植物のごとく深くその地へ根ざし、生きるものなのであると……。


 トラックなる乗り物へすし詰めとなっての旅路は、わずか数日……場合によっては即日という短さでありながら、そのような感慨(かんがい)を抱かせるに十分なものであった。

 持ち出せたのは、着ている一張羅(いっちょうら)を含め、ごくわずかな家財のみ……。


 これは、正統ロンバルドがそう命じたからではない。

 そもそも、持ち出すに足るだけの品物など、地方部の町村に住む者が持ち合わせているはずもないのだ。


 その事実が、わびしさを倍増させる。

 自分たちが、生涯をかけて世話してきた畑……。

 あるいは、生きる(かて)を得ていた森や川……。

 人によっては、醸造所や鍛冶場……。

 それらこそ、一般庶民にとっての財産そのものであり、半身でもあるのだ。


 家畜類のみは別途で輸送されているが、飼い主からすれば、見知らぬ土地へ大事な動物たちを連れて行かねばならぬという別の悩み事を生み出していた。


 ――逆疎開(そかい)


 この旅路において唯一の救いは、先導と車両の運転を務めるモヒカンや修羅たちが、見た目と裏腹にすこぶる親切であったことだろう。

 彼らが浴びるように聞いている音楽も、窓一つない(ほろ)に覆われた荷台においては、ずいぶんと慰めになった。

 それらの曲を歌っているのは、いずれも一人の少女である。


 ――新感覚覇王系アイドルオーガちゃん。


 先日、電撃的に『テレビ』で公演を披露した少女は、どうやら彼らにとって神とも呼べる存在であるらしい。

 実際、ところどころの発声に危うさを感じさせながらも、一生懸命な彼女の歌は聞いていて元気づけられるものであり……。

 難民たちも、道中ですっかりファンとなったのであった。


 だが、オーガちゃんの歌も、配給され久々に味わうことのかなったカップ麺や缶詰、レトルトカレーといった食品も、しょせんは慰めでしかない。


 故郷を離れ、見知らぬ人らが住む見知らぬ土地へ、同じように難民となった人々と共に身を寄せ合う……。

 そんな不安を、領主様や教皇猊下(げいか)が呼びかけているのだからと、必死に打ち消しながらの旅路だったのである。


 そして、逆疎開(そかい)の目的地である各都市へ到着し、(ほろ)に覆われた荷台から降り立った難民たちが目にしたもの……。

 それは、巨大な煙突であった。


 果たして、どれほどの高さがあるのか……。

 天に向かって雄々しく屹立したそれは、目に見えるような煙を発してはいない。

 だが、それが突き出す施設の巨大さを見れば、鍛冶場などとは比べるのも愚かしいほど、強大な火力を生み出しているのは明らかであり……。

 自分たちが辿り着いたのは、想像していた以上の別天地であることを直感させた。


「ヒャッハー! あそこでは、石油や石炭を燃やして電力を生み出してるんだ!

 これからてめえらは、暗い夜を過ごすことなんざできなくなるぜ!」


 モヒカンや修羅たちに促され、再びトラックへ乗り込みしばし進む。

 そうすることで姿を現わすのは、まだ開墾が済んで間もないと見える新しい田畑の群れであった。


「ヒャア! 大体の人間はここで元と同じように畑仕事をしてもらうことになるぜ!

 つっても、正統ロンバルドの遺伝子改良品種や農耕車を使っての作業は、今までとは別物だろうけどなあ!」


「もっと別のことをしてみたい欲張り者も、安心しやがれ!

 水素菌培養工場や、ミドリムシのプラント……人手が必要なところはいくらでもあるぜ!」


 その後には、プレハブ小屋なる仮設住居や、その他諸々の共用施設も紹介されたが……。

 いずれも、長いトラック輸送による尻や腰の痛みを吹き飛ばすには、十分な衝撃もたらした。

 事前に『テレビ』で想像図を見せられてはいたが、やはり実物の存在感と迫力はけた違いだったのである。


 とはいえ、それが故郷を離れた心的不安を取り除くに足るかといえば、それは……。




--




 厳しかった寒さもずいぶんとやわらぎ、暦の上では春を迎えて久しいが……。

 ロンバルド城の中庭に設けられたこの小さな庭園こそは、初春という季節を濃縮した空間であるといえるだろう。


 咲き乱れるは――花々。


 いずれも瑞々(みずみず)しい生命力に満ち溢れており、満開に開いた花弁の美しさは、それだけで乙女の心をうっとりとさせてくれる。

 各品種の配置が無秩序なこともあり、手練(てだれ)の庭師が手がけたような計算された美しさこそないが、青々とした力強さという点では、こちらに軍配が上がるだろう。


 恐るべきは、この庭園を手がけたのが先日十歳になったばかりの少女であるという点だ。


「なんと、素晴らしい庭園なのでしょう……。

 とてもではありませんが、初めて手がけたのだとは思えません」


 この日、所用で城を訪れ、そのついでにご機嫌うかがいへ参じたマリア・ラフィンは、そう素直に感嘆の言葉を漏らした。


「皆様にそう言って頂けて、コルナは嬉しく思います」


 言葉とは裏腹に……。

 さして面白くもなさそうな顔をしながら、庭園の主――コルナ・ロンバルドがそう返す。


 このところ、年齢に見合わぬ美しさを開花させている姫君であるが……。

 季節の花々を背にしたその姿は、背筋をぞっとさせるほどのものである。

 同性である自分が、(よわい)十歳の姿を見てそう思うのだから、将来は傾国の美女の名を欲しいままとするにちがいない。

 もっとも、彼女こそが第一王子カールの長女であり、今のところは唯一の子なのだから少々語弊(ごへい)はあるが……。


「これほど見事に咲き誇らせるには、様々なご苦労があったのでは?」


「別に、それほどのことではありません」


 おそらくは、庭園を訪れた全ての人間がかけたであろう言葉に、麗しき姫君は花の花弁を撫でながらそう答える。

 そうしている姿も、実に絵になるといいたいところであるが……。

 花々を見つめるその目は、どこか冷徹な……まるで学者が研究の対象を眺めるようなものであり、誕生祝いに両親へねだり、見事、育て上げたそれに向ける視線とは思えぬ。


「植物というのは、とても素直ですから」


「素直、ですか?」


「そうですとも」


 そう言いながら触れられていた花が、突然、ぶつりと切断された。

 刃物を使ったわけではない……。

 さりとて、白魚のような指で手折(たお)られたわけでもない……。

 しかし、その切断面はあまりに……あまりに鋭利なものであった。


 目の前で突如として見せられた光景に、絶句してしまう。


 ――きっと魔術を使ったにちがいない!


 ――叔父である元第三王子のように、豊かな魔術の才を持っているにちがいない!


 心の中で、そう自分に言い聞かせる。

 しかしながら、ラフィン侯爵家の子女であるマリアは魔術というものを見知っており……。

 今の光景からは、魔力の気配を感じられなかったが……。


「コルナがこうあれ、と願えば植物はその通りに応えてくれます。

 ええ、とても簡単……」


 切断された花の茎をもてあそびながら、コルナ姫は遠くを眺めた。

 ラフィン侯爵領を越えた先……。

 侯爵領からもたらされた父の便りによれば、魔物らが空前の大発生をしているという地域を見据えるかのように……。


「でも、人間は同じように応えてくれるかしら?

 ふ、ふふ……」


 その日、初めておかしそうな笑みを浮かべてみせた後……。


「こちら、よろしければ差し上げますわ」


 コルナ姫は、手にしていた花を手渡してくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 両手で受け取ったそれが、今は美しいものに見えない……。


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