新感覚覇王系アイドルオーガちゃん 前編
『魔物が暴れ回る中、一時的なこととはいえ故郷を離れるのは、耐えがたく、忍びがたい苦痛でしょう……』
かつて、正統ロンバルドの独立宣言を果たした大祭壇前……。
カメラに向け演説をするホルン教皇の姿は堂に入ったものであり、なんだかんだ言ってもさすがは最高位の聖職者であると思わされる。
『ですが、どうか皆さんには耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで頂きたい……。
皆さんの命と未来をつなごうというこのプロジェクトを、教会は支持します。
なんとなれば、主は、敬虔なる子羊たちの死を望んでおられないからです……』
そこまで言った後、ホルン教皇は厳しい顔をしてみせた。
『誠に遺憾ながら、現時点ではロンバルド18世陛下の支援を受けられず、神官団を派遣することもままなりませんが……。
いずれ必ず来る、復興と再起の日……。
その時には、我々教会も全力で皆様をお助けすると誓います』
ホルン教皇が素早く十字を切り……。
映像は、それで終了する。
「あー……最後のはちょっと余分かな。
王家を非難する部分だけ編集でカットさせてもらおう」
『マミヤ』内に存在する編集室……。
スタッフらと共に、教皇から送られてきた演説の動画を確認していた俺は、苦笑いしながら指示を出した。
「王家に対する明確な非難は、こちらにとって追い風ではありませんか?」
俺と共に映像を確認していたルジャカの言葉に、軽く首を振る。
「いや、民衆には自分たちの生活だけを考えてもらいたい。
後で猊下にも釘を刺しておかないとな。
うっかり王都で似たようなこと言って、民たちが反乱でも起こしたらいよいよ収拾がつかなくなる。
あちらに住む人々は、テレビ狩りの影響で今回の大発生自体知らないだろうから、そのままおだやかに暮らしていてもらおう」
もちろん、いずれ来る旧ロンバルドとの決戦では相応の血が流れるだろう……。
だが、俺としては犠牲を軍属だけに留めるつもりであった。
ここで非難声明なんぞ出されて、事実を知った王領の民たちが内乱でも起こしたら大惨事である。
「まあ、それ以外は問題ない。
スタッフを送り込むわけにもいかず、向こうの人員と携帯端末だけで撮影してもらったのだから上々だろう。
最後のは、思わず本音が漏れちまったんだろうな」
ともかく、欲しかったものは手に入った。
この演説映像は、故郷を離れることにためらいがある民たちの背中を、強烈に後押ししてくれることだろう。
主のみ言葉こそ、人が生きる上での土台なのだ。
「後、残る問題は……」
「……モヒカンたちか」
ルジャカの言葉で、残る問題点を思い出す。
この演説を聞けば、敬虔な信徒である各地の人々は、
――よし! 逆疎開するぞ!
……となることだろう。
そこで、一つの問題点に気づくのだ。
――……どうやって?
……ということに。
いくらやる気が出たところで、手段がなければどうにもならぬ。
『マミヤ』そのものは、逆疎開先の受け入れ準備や各地の巡回など、諸々の役割があるため動かせない。
そのため、俺はこの役割を毎度おなじみモヒカン便に託そうと思っていた。
不整地をジープやトラックで駆け抜け、安全快適な旅路を人々に提供する……。
これを果たせるのは、正統ロンバルドで最も自動車両の扱いに長けた奴らを置いて他にいないだろう。
そして、オーガがやれと命じれば、奴らは即座にヒャッハーするのだ。
……普段のオーガならね。
現在、オーガは相変わらずかわいいままである。
俺の補佐業務そっちのけでイヴがくっつき、何事かへ取り組んでいるようであるが……。
「イヴのやつ、ちゃんとモヒカンたちに言うこと聞かせられるんだろうなあ……」
「私には、なんとも言えません……」
イヴが言っていた、モヒカンたちの統率に関する腹案……。
それに対する不安を抱えた俺たちは、互いに顔を見合わせるのであった。
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空間圧縮技術により、外観の巨大さ以上に広大な内部空間を持つ『マミヤ』であり……。
古代の人々が健康で文化的な暮らしを送るため、種々様々な施設を備えているのは以前にも述べた通りである。
その日、イヴに呼ばれ足を運んだスタジアムもその一つであり、実に四万七千平方メートルもの面積を誇るここは、野球やサッカーなど、様々なスポーツや催しに使用することが可能だ。
例えばそう――ライブなどにも。
青々とした芝生が生い茂るフィールドには、整然とパイプ椅子が並べられ……。
それと向かい合う形で設営されたステージは、『マミヤ』が誇る音響設備や立体投影装置により、幻想的かつダイナミックな公演を約束している。
配信準備に関してもぬかりはなく、以前、ソフィらのオペラ公演を撮影したスタッフたちが、あの時以上に充実した機材と人員で待機していた。
すでに、観客たちの入場は開始されており……。
満席となった客席では、興奮を抑えられぬ様子の客たちが互いに語り合い、配布されたサイリウムなる蛍光たいまつを準備している。
俺と共にVIP席でその様子を眺めるイヴは、珍しく満足気な笑みを浮かべていた。
そんな彼女に、尋ねる。
「なあ、イヴ……?」
「いかがいたしましたか?」
「一体、これはなんなの?」
素朴な疑問だ。
例の腹案に関する準備が整ったからと、大急ぎで仕事を片付け駆けつけたわけであるが……。
いや、本当になんなの?
一体、今から何が始まるの?
心なしか、いつも以上に目まぐるしく髪の色彩を変化させていたイヴは、そんな俺の問いかけに、これも珍しく意外そうな顔をしてみせた。
「ご存知、ないのですか?」
ご存知あるわけねえだろタコ。
そんな俺に対し、イヴはステージを手で示しながらこう宣言する。
「今から行われるのは、私がプロデュースした新感覚覇王系アイドル、オーガちゃんの記念すべきファーストライブです」
「新感覚覇王系アイドル、オーガちゃんのファーストライブ!?」
いや、本当に何してんのお前!?
驚く俺に対し、イヴは遠くを見つめながら淡々と続ける。
「思えば、ここまで苦渋の連続でした。
ソフィ様の一座にもご協力頂き、レッスンを積んできたわけですが、ダンスのダの字も知らず、歌など歌ったこともないオーガにとって、それはどれほど大変なことだったでしょう。
ですが、彼女はくじけずひたむきにそれらをこなしてみせました。
今宵、その成果が花開くのです」
「いや、何を花開かせようとしてるんだお前は?」
「難点があるとすれば、レパートリの貧弱さをカバーするため、セトリの大半が既存曲カバーであることですね。
これは、今後の課題と言えるでしょう」
「誰も今後の課題なんざ聞いちゃいねえええええ!
なんで! 覇王に戻すはずが! 音楽公演なんざ開いとるんだ!
モヒカンたちの統率はどうした!?
――見ろ!」
俺は客席を埋める観客たちを指差しながら、イヴに問いただす。
「いつもながら、こんな連中どこに潜んでいたんだか……。
揃いも揃って黒髪に地味な服! 漏れ聞こえる話し声も、発音というか口調というか、どことなーくねっとりしていてちょっと気持ち悪い!
いや、別に彼らが楽しんでくれるなら大いに結構だが、今、俺たちが満足させ従えるべきは――」
「彼らはモヒカンと修羅ですよ?」
「ウソダアアアアア! ドンドコドーン!」
――嘘だ! そんなこと!
……と、言いたかったのだが、驚きすぎて滑舌がおかしくなってしまった。




