乱心の父王
『――以上の地域に出現、侵攻してきた魔物たちですが、いずれも布陣していた正統ロンバルドの軍に駆除されました。
それでは続きましてのニュースです。
魔物に襲撃された村を、克明に取材いたしました』
テレビに出演し始めた当初は、何をするにもたどたどしさが目立ったが……。
今では、すらすらと伝えるべき内容を伝えられるようになった赤毛の少女――サシャによる対魔物戦報が終わり、テレビの映し出す風景が変化する。
画面に映し出されたのは、どこぞの寒村だ。
おそらくは、どこぞ山岳部に存在する村なのだろう……。
家屋という家屋が破壊され、いまだその撤去作業が終わっておらず、いかにも痛ましい光景である。
『こちらは、イーシャ辺境伯領に存在するフィルネ村です。
山と共に生き、つつましく暮らす……。
そんな、穏やかで平穏な暮らしは魔物が大発生した初期に破られることとなりました』
おそらくは、事前に収録しておいたものなのだろう……。
破壊された家屋の残がいを背にしたサシャが、カメラに向かってそう告げる。
そこから報道されたのは、聞いただけでも胸を痛める内容だ。
男手という男出が、女子供らを守るため魔物の手にかかり……。
家屋が破壊され畑も荒らされ、魔物が出現する可能性があることから、山へ入ることもかなわない……。
正統ロンバルドが建設した、プレハブ小屋なる仮住居と食糧により、ひとまずは糊口をしのげているが……。
村の再建が夢物語であるのは、画面越しにも明らかであった。
『――ですが、ご安心ください』
それらの事柄をよどみなく伝えた後、サシャが状況に似つかわしくない笑みを浮かべてみせる。
『フィルネ村や、他の被害にあった町村……。
いえ、それだけではありません。
潜在的に魔物の脅威へ晒されている全ての人々を救うため、新たな案がアスル王から提案されました』
その言葉と同時に、またもや画面の映し出す光景が変化した。
今度、映し出されたのは先ほどは打って変わった都市部の景色だ。
この規模から考えるに、おそらくは辺境伯級の大貴族が擁する領都ではないだろうか。
しばらく見ていると、都市の風景に変化が生じた。
街から少し距離を置いた平地に、巨大な煙突を備えた建築物の絵図が生まれ出し……。
のみならず、その建築物と都市との間に、無数の田畑とプレハブ小屋の絵図が生み出される。
そうして付け足された絵図と合わせると、都市の規模は元の倍ほどにも膨れ上がっていた。
『――トロイアプロジェクト。
指定された都市部に皆さんで移住して頂き、より安全かつ、豊かな暮らしを送って頂く計画です。
指定都市には発電所が建設され、かねてよりテレビを通して報道されていた、家電に囲まれた暮らしを送ることが可能となります』
続いて画面に映されたのは、空調や照明、冷蔵庫などに囲まれた空間で暮らす一家の絵図……。
今のところは、正統ロンバルドの開発事業に携わる者しか送れていない、憧れの暮らしだ。
『仕事に関しても、古代技術を活かした促成型農園や各種工場など、年ごとの特性を生かした施設での職を斡旋します。
更に――』
今度、映し出されたのは、どこぞの戦場を撮影したのだろう……正統ロンバルドの兵たちが、手にしたブラスターで魔物らを掃討する光景である。
それが終わると、立派な背びれを備えた竜種の死体を踏みつけにしながらこちらを見やる、赤き鋼鉄巨人の姿が映し出された。
彼こそは、カミヤ……。
最近になって、キートン、トクと共にその全容を明らかにされた、人類の守護者である。
『――正統ロンバルドの保有する戦力が集結することにより、より強固で安全な暮らしが保証されます。
詳しくは各領主様から通達されますので、どうか、皆様にもご協力のほど、よろしくお願いします』
再び映し出されたサシャが、そう言ってぺこりと頭を下げ……。
この日における魔物関連の報道は、終了となった。
--
「というわけで、猊下にはぜひ、このトロイアプロジェクトへご協力願いたいのですが――」
『――お引き受けしましょう』
食い気味とすら言える即決ぶりを見せたホルン教皇の姿に、俺はやや意表を突かれ、たじろいでしまう。
場所は、『マミヤ』の私室兼総指令室である。
空間投影型のスクリーンには、テレビ通話中のホルン教皇が大写しとなっていた。
その、親愛なる教皇猊下がにやりと笑ってみせる。
『その様子を見ると、私が即断するのは意外だったようですな?』
「いや、はは、猊下に嘘はつけませんね」
相手はこれでも、様々に陰謀を張り巡らせ教皇の座へ収まった人物だ。
嘘やごまかしの類が通用するはずもなく、俺は素直に兜を脱いだ。
『まあ、陛下がそうお考えになるのも無理はありません。
私は、お世辞にも立派な聖職者と言える人物ではありませんからな』
「…………………………」
否定も肯定もせず、微妙な笑みを浮かべてみせる。
まあ、実際の話、猊下と仲良くやれてるのは生臭いところがあるからだし。
『しかし、そんな私にも、少しでも多くの人々を救おうと志した時代はあったのですよ。
だからこそ、より高い地位を目指した。
……その過程で、色々とありましたがな』
「……なるほどですなあ」
ホルン教皇というのは、金に対する抜きん出た嗅覚によって今の地位へ上り詰めた人物だ。
しかしながら、その嗅覚を磨き上げたのが青く清らかな志であったとして、なんの不思議があるだろうか?
アラド皇帝と知り合った今なら、それをすんなりと受け入れることができる。
『ただ、残念ながら手段がありませんでしてな。
本来ならば、各地へ神官団を派遣し慰安に務めたいところですが……。
騎士たちの護衛が望めぬとなると、とてもではありませんが、魔物が発生している危険地帯へ行かせることはできませぬ』
「賢明な判断かと。
聖職者の皆様方へ万が一のことがあっては、民たちも悲しみます。
しかし……」
そこまで言うと、俺はこの大発生が起こってからずっと気になっていたことを口にした。
「かかる事態に対し、ちちう……。
……旧ロンバルド側が一切の行動を取らず、静観を決め込むとは夢にも思いませんでしたな」
『いやはや、まったくです……』
俺の言葉に、ホルン教皇も苦渋の色をにじませながらうなずいてみせる。
魔物が出現した各地に対する王家の態度は――放置。
……通常ならば、ありえぬことだ。
確かに、それらの地を治める諸侯は俺に友好的か、あるいは日和見的な姿勢を示していた。
しかし、だからといって王家が守るべき民を見捨てるとは……。
父上や兄上たちの人間性を考えても、信じられない。
「将来的に対決する相手と、いかにして一時手を組むか……。
二、三、考えてはいたが、まさか無駄になるとはな……。
一体、何があったのです?」
『国王陛下らのお人が、急に変わったとしか……。
実は、決断の場にはロイル枢機卿を出席させていたのですが、彼が言うところによると国王陛下が深慮の末に決断したと……』
「ふうーむ……」
俺は父上の子だが、ホルン教皇だって教会の最高責任者だ。父上の人となりはよく知っているだろう。
ロンバルド18世とは思えぬその決断に、二人で首をかしげる。
しかし、そうしたところで答えなど出るはずもなく……。
俺たちは、ひとまずその問題を棚上げにし、携帯端末を用いた演説の撮影について打ち合わせを進めたのであった。




