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血のバレンタイン 後編

「さあ、いよいよ始まりました。

 題して、『アスル様にただただチョコ菓子を渡して食べてもらう会』。

 司会進行は、いきなり椅子に縛り付けられて特に何もすることがないこの私、イヴが務めさせていただきます」


 昼の混雑時を終え、この会のために貸し切りとなった消防署兼警察署の食堂……。

 そこで、ぞんざいに椅子へ縛り付けられたイヴがすらすらとそう語った。

 一方、俺はと言えば待ち時間の間に作った『本日の主役』と書かれたたすきを肩がけにし、ニコニコ顔で着席中である。


「それにしてもマスター、嬉しそうですね?」


「いやあ、毒殺オチのない食べ物回は気楽でいいなあと。

 いつぞやのマグロ勝負の時みたく、勝敗をつけたりしなきゃいけないわけでもないし」


 肩まで伸びた髪が、いつも以上に目まぐるしく色彩を変化させているのは、この状況に対する抗議だろうか……。

 椅子に縛り付けられたままジト目で問いかけてくるイヴへ、さわやかにそう答える。


「私が常にマスターの毒殺を狙っているかのような言い方をされるのは、心外ですね。

 こう見えて、常にその健康を気遣っているのですよ?」


「はっはっは!

 覚えておけ。悪意なき凶行こそが、この世で最も恐ろしいものなんだ」


 そのようなことを言い合っている間に、ウルカ、エンテ、サシャ……そしてオーガの四人がチョコ菓子の乗せられたトレーを運んできた。

 うん……うん?

 リピートアフタミー。


 そのようなことを言い合っている間に、ウルカ、エンテ、サシャ……そしてオーガの四人がチョコ菓子の乗せられたトレーを運んできた。

 …………………………。


 ――し、しまったあっ!


 なぜか近い将来ちんまくかわいらしくなっちまいそうな気はするが、オーガの見た目は覇王!

 あまりに雄度(ゆうど)が高すぎて、素で考えから抜けていた!

 というか、エンテの時点でちょっと危なさが漂ってない?

 俺がすべきことはイヴの拘束ではなく、逃亡であったというのか……っ!?


「なんか、すげえ失礼なこと考えてないか?」


 ウルカとサシャの菓子だけを確保しつつ、速やかに逃走する手段はないか……。

 目まぐるしく考えを巡らせていた俺に、エンテが白い目を向ける。


「安心せよ。

 クッキングモヒカンが監修したゆえ、味は保証できる。

 ちなみに、我は不器用なのでチョコの湯せんなどを手伝った」


 そう言われて厨房の方を見ると、そこにはグッと親指を立てるクッキングモヒカンの姿が!

 ありがとう! 頼れる元王宮副料理長!

 持つべきものは、貴族子女との不倫がばれて王宮を追われたモヒカンの部下だな!


 体が軽い……。

 こんな幸せな気持ちでモグモグタイムを迎えるなんて初めて……。

 もう何も怖くない……!


「それじゃあ、遠慮なく頂きます!」


 再び笑顔を取り戻した俺は、眼前に供されたチョコ菓子へ挑みかかる。

 並べられたのは、表面がチョコでコーティングされたケーキ――丸々一個と、カットされた果物の大皿盛り合わせ及びこれをフォンデュさせるのだろうチョコソース、そしてチョコチップを練り込んだクッキーの山盛りであった。

 …………………………。


 いや、その……多いね?

 あまりのボリュームに顔を引きつらせる俺に、ウルカが笑顔で告げる。


「わたしが手がけたザッハトルテなる古代のお菓子と、エンテ様が用意したチョコフォンデュ……。

 そして、サシャさんが焼き上げたチョコクッキーです」


「ちょっと張り切りすぎちゃったかな、とは思うけど……」


「その……陛下に喜んで頂ければと思って……」


「アスルよ……今こそ男を見せる時ぞ」


 四者四様の反応を見せる女性陣を見て、覚悟を決めた。


「いや……ちょうどお腹が減っていたところさ!」


 かくして、俺は突発的に始まったデカ盛りチャレンジへ挑んだのである。




--




「さあ、制限時間まで残り三十秒。

 アスル選手、最後に残った苺フォンデュを食べることができるのか?

 それとも、デカ盛りメニューの前に屈してしまうのか?」


 ――いつ制限時間なんて設定された!?


 と、いうツッコミは出てこない。

 今、皿の上に残されているのは、チョコフォンデュ最後の一滴に至るまでを絡められた苺が一粒のみ……。

 最初に口内の水分を持っていかれるチョコクッキーを食べ切り、しかるのちにザッハトルテへ挑む作戦が功を奏し、ここまで食べ進められた。

 切り分けたところ、このケーキは内部にアンズのジャムが仕込まれていたため、その水分を利用したのである。


 そして、フィニッシュがフルーツのチョコフォンデュだ。これも、果物本来の水分を利用した形である。

 が、しかし……それでもきつい!

 大体、チョコなんてものはどうしたって喉が渇くのだ。小細工を弄してはみたが、ここまでに飲んだ水の量は一リットル近くに達するだろう。

 デカ盛りチャレンジにおいて……それは致命傷!

 腹の中で水分を得たクッキーとケーキの生地が、倍近くに膨れ上がっているのを感じられた。


 フォークに突き刺さった苺が……重い。

 全細胞が食すことを拒否している。

 急速に甘いものを大量摂取したことにより、頭はぼんやりとし思考が回らない……!


 ――それでも!


 可能性の獣と化した俺は、ぐわと口を開き、もう味なんぞ分からない苺を――飲み込む!

 彼女たちの好意……それを無駄にするわけにはいかないのだ!


「やりました!

 アスル選手、総重量二キロのチョコ菓子盛り合わせを見事完食です!」


 両腕を高々と掲げ、完食をこの体で表現する。

 なんかもう、趣旨変わってきてない? 全身の毛穴からチョコが流れ出てきそうなんだけど?


「アスル様、お疲れ様です」


 他の女性陣と共に、拍手をしていたウルカがほがらかな笑みを向けてくれた。

 ああ、ありがとう……お疲れ様と言われるようなイベントではなかった気もするが、ともかく俺はやりとげ――。


「――では、続いて侯爵領の村に住んでいるジョアンナ。

 同領都ミサンで暮らすパン屋の娘ロッカに、教会へ身請けされたアルナに、煙突掃除夫の妹キアラ、その他諸々……。

 アスル様が、子供の頃に結婚の約束をされた女性方からの分を振る舞わせて頂きますね」


 その言葉に、ぴたりと俺の動きが止まる。

 今、列挙されたのは、第二次闇の会議において俺が語った名前である。

 あの時いたのは……えーと……。

 厨房を見れば、そこにクッキングモヒカンの姿はない……。

 ははあ、あの野郎がばらしやがったな。後で――殺す!


 ……生きていればね。




--




 サシャの弟ジャンが尊敬するアスルの姿を見つけたのは、王都ビルクに存在する駅前の通りである。


「あ、兄ちゃ――」


 休日となった今日一日、学校でスクールグラスを使い大いに学んだことを褒めてもらおうと近寄ったのだが、その歩みがぴたりと止まった。


「ああ、ジャンか……」


 全身の肌はドス黒く染まっており……。

 明らかに、内臓へ致命的なダメージを負っているのがうかがえる。

 その目はどこか遠くを見つめており、引きずった足はいずこを目指しているのか本人でも察せられないことだろう。


「静かだな……王都の人たちは、軒並み夕飯支度(じたく)に向かってるのかもしれねえ……」


 ――だからどうした?


 そう返したいが、言葉にならない……。

 ジャンの心中を一切察さず、アスルがにかりとした笑みを浮かべてみせた。


「なんて顔してやがる……」


 ――そっくりそのままお返しするよ。


 と、言いたいがそれもままならない。

 今のアスルは顔色も相まってデンジャラスなゾンビとしか言いようがなく、今すぐこの場を走り去りたいほど怖かった。


「なあ、ジャン……知っているか?

 なぜ、チョコを多量に摂取すると鼻血が出るのか? それはあ……!」


 やはりそんな心中には一切気づかず、アスルはうわ言のようにつぶやきながら歩み続ける。

 まるで、希望の花を捜そうとするかのように……。

 胸の中にある、繋いだ絆に導かれるように……。

 それは、決して散ることのない生きる力……。


 だが……。


「チョコレートには、テオブロミンやポリフェノールなど血行をよくする物質が含まれているう……。

 これを過剰に摂取すると、鼻の微細な毛細血管が刺激され出血することになるのだあ。

 ちょうど、今の俺みたいにな。

 だからよ……」


 人間の命とは、有限なのだ。

 それこそ、はかなき花のように……。


「鼻血が、止まらねえぞ……」


 それだけ言い残し、アスルがドウと倒れ伏す。

 その鼻からは、大量の鼻血が噴き出しており……。

 彼の遺体を染め上げたそれは、大輪の花がごときであった……。


 まだ遊べる。

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