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血のバレンタイン 前編

『――と、いうわけでだ。

 定時連絡のおさらいという形になるが、レイド解放を巡る戦いは緒戦の大勝以来、もっぱら舌戦の様相を呈している』


 空間投影されたウィンドウに大写しとなったワム女史が、現在の戦況についてそう総括した。


「おおむね、貴君の狙い通りというわけか。

 最初に惜しみなく我らから提供された武器を用い、電撃的な勝利を連続して収めることにより、敵の戦意をくじく。

 しかるのち、その地を治める総督軍を降伏させそのまま吸収することで、兵力を大幅に強化する。

 後は、その繰り返しで皇国本土を目指していくわけだ」


『まあ、言うは(やす)しというやつだがな』


 『マミヤ』内の私室兼総指令室から放った俺の言葉に、現地のワム女史は肩をすくめてみせる。


『こちらへ取り込むからには、当然ながら相応の飴というものが必要になる。

 将来、どのような地位を用意するのかという飴がな……。

 その調整には、なかなか難儀しているよ』


「戦況は、どんなところかな?」


『基本的には、こちらが優位だ。

 何しろ、武力において圧倒している。

 その上、我が軍を構成する兵の多くはレイド人であるから、現地の人間らにも受けがいいしな。

 武力と民意、双方から相手を締め付けることができている。

 が――』


 そこでワム女史は、白金の髪を片手でもてあそんでみせた。

 最近、気がついたのだが、この皇女さんは考え事をする時にそうする癖があるな。


『――今後を踏まえれば彼らとその兵が必要不可欠であるのだから、これを損じるわけにはいかない。

 無意味に犠牲を増やさぬためにこそ、緒戦で痛撃を与え戦意を奪ったのだからな。

 向こうもそれは分かっているから、なかなか強気に交渉してきているよ』


「そうか……まあ、手際よくやることだ。

 こちらも引き続き支援はするが、何事にも思いがけぬ事態というのはあるからな」


 冗談めかしてそう言う俺であるが、実際、もう思いがけぬ事態――魔物の大発生は起こってるからね。

 正直なことを言うと、今すぐその辺をぶちまけて支援を打ち切り、ロンバルド国内へ集中したいくらいだ。

 そんなことすると、どんな混乱が起こるか分からないからやらないし、大発生について教えもしてないけどね。


 彼女が大人しく従い、獣人国が急速に復興できているのは、正統ロンバルドが万全であるという前提ありきのことなのだ。

 余談であるが、そのために獣人国のテレビとワム軍の携帯端末に流す放送は、こちらと内容を変えてある。

 正統ロンバルドのメディアは彼らの目であり耳であるが、何を見て何を聞くかはこっちで勝手に決めるのだよ。


「それで、兵たちはどんな様子かな?

 何しろ故郷の地を踏んだんだ。様々な反応があると思うが……」


『そこは祖国解放という願いがあるからな。幸いにも、脱走者などはほとんどいない。

 レイド人にしては珍しく、忠誠心というものを発揮し辛抱しているよ。

 もっとも、軍で支給される食べ物が美味すぎて離れがたいというのもあるだろうがな!』


「ふっふ……。

 正統ロンバルドで生産した食料の味を知れば、そうもなるか……」


 現在、ワム軍に送っているのは米や日持ちする根菜、干し魚や味噌、醤油、顆粒のコンソメなどである。

 生鮮食品を送ってやればもっと喜ぶのだろうが、あいにくと現地に冷蔵施設などはなく、そもそも輸送の主力が馬車であることから、そのようなチョイスとなっていた。


 また、初期こそ正統ロンバルドから地下リニアを通じて送っていたが、現在は獣人国で直接生産した食糧が主体である。

 品種改良した作物類や、各種の機械を導入したことにより、獣人国の生産力は飛躍的に向上しているのだ。


『ちなみにだが、兵たちの間で一番人気があるのはこれだな』


 そう言いつつ、ウィンドウの中のワム女史が取り出したのは板チョコである。

 多少は必要だろうと、物資の中に混ぜてやった嗜好品の一つだ。


『こいつは素晴らしいな! 一口かじると、疲れが吹き飛ぶ!

 まさに、大地の恵みと呼ぶにふさわしい食べ物だ。

 兵たちだけではないぞ!

 ヨナもすっかり夢中に――』


『――ワム様!』


 画面には映ってないが、どうやらあの黒肌エルフも同席していたようである。

 仲がよろしくて、大変結構。


「そいつは重畳(ちょうじょう)……。

 ちょうど、獣人国で大規模なカカオ豆……ああ、チョコレートの材料だな。

 その、栽培を計画しているところだ。

 そちらからの見返りいかんでは、供給を増すこともできるだろう」


『ふ、ふふ……取れるところでは取ってくるな。

 まあ、兵たちに与えるだけでなく、交渉の席でも何かと有用な使い道があるのでな。

 ぜひ、お願いしよう。

 ……それにしても、獣人国でとは意外だな?

 かの国において、かつて伝統的だった菓子はアズキという豆を使ったものだと思うのだが?』


「ああ、それには理由があってな……。

 あの国ではチョコが重要な役割を果たす行事があるので、いっそ生産拠点として使ってしまおうと考えたわけだ」


 言いながら、俺はかの日……バレンタインに起きた出来事を思い出していた。




--




 時は、二月を迎えて間もない頃……魔物が大発生する直前にまでさかのぼる。


 正統ロンバルドのように、歴史が浅いどころか絶無の国ならばまだしも、それ以外の国では年明けに王族が行うべき行事は数多い。

 ウルカもまた、復活した王家の威光を知らしめるべくそれらを精力的に行っており、そのため、年が明けてから王都(ビルク)に帰還したのはこれが初めてのことであった。


「へえ、獣人国でもバレンタインがあるのか?」


 夫婦で直接交流する貴重な機会……王庁舎ビルの執務室で共に茶を楽しんでいた俺は、ふとウルカから出た言葉へ驚きの声を上げたのである。


「意外だな……あの行事は、ロンバルドとかで信仰してる宗教特有のものだと思っていた。

 君らの所は、だいぶ信仰の形がちがうから」


「と、いうことは、こちらでもバレンタインの風習があるのですか?」


「ああ、うちでは愛する女性に花を贈るな。

 いつぞやみたいな騒動は嫌なのであらかじめ伝えるが、長フォルシャにおすすめの場所を教えてもらったので今度摘みに行く予定だ」


「まあ、素敵……」


 キツネに似た頭頂の耳をぴこぴこさせながら、ウルカがうっとりとした表情をしてみせた。


「ですが、やはり詳細はちがうようですね……。

 獣人国では、女性が男性に甘味を贈る日となっています」


「へえ、やっぱり所変わればだねえ」


「それで、一つお願いがあるのです」


「なんだい?」


 愛するウルカの頼みとあらば、聞くのはやぶさかではない。

 耳を傾ける俺に、ウルカは意外なことを提案してきた。


「ここビルクの農業区画で、試験的に栽培しているカカオ豆……。

 それから作った、あのチョコレートという菓子を多めに融通して頂きたいのです」


「チョコを? いいけど、どうしてだい?」


「それが……」


 俺の言葉に、ウルカは遠くを見るような……というより、己の記憶を探るような眼差しをしながら続ける。


「実は、獣人国の古い伝承では、チョコレートなる素材を使った菓子こそ、かの日における贈り物として最上とされているのです。

 ただのおとぎ話だと思っていたので、ここでそのチョコレートが製造された時にはとても驚きました」


「ははあ、ということは多分、古代文明から今に至るまでの間で何がしかの問題があったんだろうな。

 例えば、改良されてない品種のカカオが獣人国の土地にあってなくて、伝承だけ残されたとか……」


 ハロウィン騒動のことが思い出された。

 長い年月を経ることによって、そういった文化は変節したりそもそも再現できなくなったりするものなのだ。


「それで、私だけではなく、女性陣全員で相談して……ぜひ、日頃の感謝としてアスル様にチョコ菓子を贈らせてもらおうと」


「うん? でも、俺の方ではウルカにしか花を贈れないぞ?

 うちでは、愛する女性に贈るものだから……」


「それは構わないと思います。

 こちらでは、親愛の情を表すためにも贈りますので……」


 さらっと言った俺の言葉に、ちょっと頬を赤らめながらウルカがそう続ける。

 まあ、愛ではなく友情くらいの感覚なら受け取るのも問題ないだろう。


「そういうことなら、チョコくらいいくらでも使ってくれていいよ。

 じゃあ、俺はちょっと用事ができたから……」


「……アスル様、その縄はどこから取り出したのですか?

 というより、それで何をするつもりなのですか?」


「やだなあ、ウルカ。決まっているじゃないか?」


 妻の問いかけに、俺は笑顔で答える。

 かようなイベントが控えている以上、なすべきことはただ一つ!


「ちょっとイヴをふん縛りに行くのさ!」


 とりあえず、死にオチは回避した。

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