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逆疎開 後編

 ――逆疎開(そかい)


 その言葉が出た瞬間、またしても虚像の間が喧騒に包まれた。

 此度(こたび)、中心となって騒いでいるのもまた、自分を含む弱小貴族家の当主たちである。

 しかし、それも当然のことだ。

 逆疎開(そかい)という言葉が、それそのままの意味であるならば……。


『辺境伯殿!

 ……ベルク・ハーキン辺境伯殿!』


 そんな弱小貴族たちの内、勇気ある一人が大声を張り上げながら挙手する。

 見れば、自分も顔を知っている人物……。

 昨年になって騎士爵の地位を受け継いだ、中原地帯の貴族家当主が一人であった。


 ――自分たちを代表して質問しようとしている。


 その意図を察し、他の貴族家当主たちが口を閉じる。


『……何かな?』


 年齢的には、参じた貴族家当主たちの中でも若年(じゃくねん)の方……。

 しかし、そうと感じさせぬ落ち着いた声と態度で、ベルク辺境伯が先を促した。


『お答え頂きたい!

 ……逆疎開(そかい)とは、果たして何を意味するのか……!』


『うむ……』


 辺境伯は若き騎士爵の言葉にうなずくと、問いかけの答えを口に出す。


『まさに書いた字のごとく……。

 各地に点在する町村の人々に、比較的規模の大きい近隣都市へ一時的に移住してもらいたいと考えている』


 それを受けて、先にも倍するざわめきが巻き起こった。


『一時的に移住だと!?』


『言葉にするならば、それは簡単だが……!』


『いや、問題はそこではない!』


『そうだ! 我らに……我らの領民たちに、故郷を捨てろと言うのか!?』


 人間とは、土地に根差して生きる生き物である……。

 ごく一部の例外を除き、生まれた土地で育ち、子をもうけ、そして死んでいく……。

 多くの人間にとって、世界とは自分が暮らす村や町であり、その外側に存在するのはすなわち異界なのだ。


 辺境伯が……正統ロンバルドが要求しているのは、母なる土地を捨て、着の身着のまま未知なる世界へ旅立てということなのである。

 自分たち、貴族たちならば折々の行事を通じ多少は外部とも交流しているが……。

 領民たちにとっては、到底、受け入れられる事柄ではない。


『領民たちが首を縦に振るとは思えない!』


『そうだ! 私が治める村の者たちは、畑を捨てるくらいなら村に踏みとどまり魔物と刺し違えようとするだろう!』


『仮にうんと言ったとして、村丸ごと、街丸ごとの人間が移動することの困難さを理解しておられるのか!?』


 弱小貴族家の当主たちが騒げば……。


『問題なのは、避難する側だけではない!

 それを受け入れる側も大変な困難が待ち受けている!』


『そうとも!

 見知らぬ他人が、それも大勢押しかけてくるのだ!

 元々住んでいた人間たちとで、大きな軋轢(あつれき)が生じるに決まっている!』


寝床(ねどこ)一つとっても、どう用意しろというのか!?

 まさか、野ざらしで寝ろとは言えまい!』


 ――喧々囂々(けんけんごうごう)


 言葉の嵐とも言うべきそれを、ベルク辺境伯とアスル王は涼しげに受け流す。

 そして、辺境伯と目線を交わした王がぱちりと指を鳴らした。

 その瞬間、虚像の空間が暗闇に満たされ……。

 各々の立っている床が、巨大な地図を映し出す。


 突然、切り替わった風景に驚き、騒いでいた者たちは一時的にそれを止めた。


『まずは、この地図を見て欲しい。

 各地に散らばっている光点が、正統ロンバルドの派遣している兵力だ』


 説明を引き継いだアスル王の言葉に、ひとまず、言われるまま床に映し出された地図を見やる。


『散らばっている、と、そう思っただろう?』


 王の言葉に、異論を挟む者はいない。

 それは、誰もがこの地図を一見して抱いた感想であった。


『戦力の分散……その愚かしさは、今さら語るまでもない。

 実際、限りある人員を各地へ分散してしまったことにより、先に述べた通り疲労が限界へ達しているのだからな』


 その言葉に、貴族の一人が挙手する。


『で、あるならば、我らやその配下も戦列に加えて頂き、この光点を増やすというのはいかがか?

 現状、我らは守られ支援されるばかりで、そのことに心苦しさも覚えておりました』


『おお、その通りだ!』


『アスル陛下! 我らも戦えますぞ!』


 勢い込む幾人かの貴族に対し、王は満足そうにうなずいてみせた。

 しかし、続いて口に出されたのは否定の言葉だったのである。


『お前たちの意気込み、誠に嬉しく思う。

 また、将来的には当然ながら戦列へ加わってもらうつもりだ。

 しかしながら、現時点でそれは現実的な案ではない』


『なぜです!?』


 若い貴族の一人が気色ばむと、何事かイヴと打ち合わせしていたベルク辺境伯が前へ進み出た。


『王に代わって私が説明する。

 ――これをご覧頂こう』


 彼がそう告げると、またもや虚像の空間に異変が巻き起こる。

 まるで、宙空そのものを『テレビ』の画面としたかのように……。

 どこぞの平原で、訓練に興じる兵たちの姿が映し出されたのだ。


 彼らが手にしているのは、最近になって『テレビ』でその存在を報道された『ブラスター』なる武器……。


『これは、我が領内の兵たちがアスル陛下よりたまわった装備で訓練している光景である。

 なぜ、現時点で貴殿らに戦列へ加わってもらわないか……。

 その理由は――練度だ』


 ――練度不足。


 この場にいる者はいずれも騎士として鍛錬を積んできており、通常ならば侮辱(ぶじょく)そのものの言葉である。

 しかし、映し出されたこの練兵風景を見れば……。


『ブラスターは極めて強力な武器だ。

 しかも、ただ並べて撃たせるだけならば調練はたやすい。

 が、一軍として効果的にこれを運用するとなると、相応の訓練というものが必要になる』


『以前、辺境伯領のエルフ自治区が同じような魔物の大発生にあった。

 その際、私は彼らへブラスターを供給することで状況を打破したが……。

 あれは、土地勘があり、互いに気心の知れているエルフたちを主体にしたからこそできたことだ。

 今すぐ諸君らやその兵を戦列に加えさせれば、それは連携を乱すだけの結果になるだろう』


 辺境伯と王の言葉に、皆が押し黙った。

 映し出されている訓練風景……。

 その過酷さと、自分たちがこれまで積んできた鍛錬とのちがいを見れば、反論することなど不可能なのだ。


『ゆえに、逆疎開(そかい)は必須だ。

 まずは、守るべき人々を拠点と定めた各都市へ集結させ、既存の人員に余裕を持たせる。

 同時に、諸君らやその兵たちにも訓練を積んでもらい、最終的には戦列へ加わってもらう。

 全てにおいて、効率化を図る』


 そこまで告げ、王が全員を見回す。


『無論、先ほどあったように、道のりは平坦ではない……。

 人々の移動一つとっても、様々な困難が待ち受けていることだろう。

 無論、我が方でもテレビを通じて働きかけ、様々に支援をするつもりであるが……。

 最も重要なのは、実際に各町村を治める諸君らの働きだ』


 特に力強い眼差しを向けたのは――自分たち弱小貴族家の当主だ。


『人がいなくなった土地は、ただでさえ簡単に荒れるものだ……。

 まして、魔物が蹂躙(じゅうりん)するであろう今回は尚のことだ。

 だが、領民の命を守り未来へつなぐために、ぜひ、協力して欲しい。

 ……私では、これより良い案が思いつかない』


 そこまで告げると、アスル王は……頭を下げてみせたのである。

 かつての第三王子……。

 現在は曲がりなりにも王を名乗る人物がそうする意味は、重い。

 ここまでされて、なお反発できる者などいようはずもなかった。


 こうして……。

 魔物が発生した各地の貴族家は、逆疎開(そかい)へ向けて動き出すことになったのである。

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