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逆疎開 前編

 以前、正統ロンバルドと同盟を結んだ際に渡された携帯端末なる薄い板切れ……

 ただ遠方と会話するだけならごく簡単な操作で行えるこの道具であるが、実際のところ、それ以外にも種々様々な能力が備わっている。

 オンライン立体投影会議システムというのも、その一つだ。


 あらかじめ用意した書き付けを見ながら、ポチポチと端末をいじり、苦労してその項目を呼び出す。

 決定ボタンを押すと、室内の光景が一変した。


 ――この機能を使う際は、できるだけ広い部屋にいた方がいい。


 事前に通話機能で打ち合わせした際、かつての第三王子……現在は王を名乗る彼が言っていたのは、なるほどこういうことであったか。


 慣れ親しんだ私室は、王城に存在するという大円卓の間もかくやという豪奢(ごうしゃ)な空間に早変わりし……。

 己以外、存在しなかったはずの室内には、様々な人物がその姿を現わしていた。


 突然、現れた人々に共通しているのは、いずれもが貴族家の当主であろうということ……。

 中には、知った顔もいくつか存在するが、そんな彼らに共通しているのは自分も含め、どこか田舎臭さや貧乏さが感じられる身なりをしていることだ。


「これは……驚いた」


 呟きながら、飾られている壺を触ろうとしてみる。

 しかし、その壺に実体はなく、触れようとした手がすり抜けてしまった。

 傍らを見やれば、能力を解放した携帯端末から細い突起物が突き出し、回転するそれから光が投射されている。


 そう、この空間も人々も、携帯端末が生み出した虚像なのだ。

 よくよく見やると、虚像の空間は明らかに元の室内より広く、参じた人々も本来この部屋に収まる人数を大きく超えており……。

 これは私室の広さに合わせ、だまし絵めいた工夫が施されているのだとうかがえた。


 あらかじめ、説明されてはいたが……。

 実際に触れてみると、もはや驚きという感情すら湧いてこない。

 正統ロンバルドが有するという古代の技術、恐るべきものなり……!


 そして、魔物が大発生して以来、その超技術によって己と己の領民らは庇護されており……。

 本日、これから話し合われるのは、その新たな方策に関してなのである。


『みんな、忙しい中よく参加してくれた』


 虚像が生み出した空間の、最奥に設置された講壇……。

 そこに立ったアスル王が、全員を見回すようにしながらそう告げた。

 彼の傍らに立つのは、『テレビ』を通じおなじみとなっている少女イヴ……。

 そして、見るからに仕立ての良い服を着た王と同年代の美男子である。


 以前、『テレビ』にも出演していた彼の名は、ベルク・ハーキン……。

 自分のごとき田舎貴族は、本来顔を見ることすらない大貴族であった。


『事態がひっ迫しているため、つまらん前置きはやめておこう。

 単刀直入に言う。このままでは戦線を維持することができない』


 その言葉に、どよめきが巻き起こる。

 主に騒いでいるのは、自分と同じ貧乏そうな身なりの貴族家当主たち……。

 すなわち、自前の軍事力では此度(こたび)の危難に対処しきれない者たちだ。


 対照的に、裕福そうな……いかにも位の高そうな姿をしている者たちは落ち着いたものであり、どうやらこの言葉を予想していたのだと知れた。


 全員が落ち着くのを十分に待って、アスル王が言葉を続ける。


『中には、意外に思った者もいるだろう。

 何しろ、テレビを通じての報道では連戦連勝! 向かうところ敵なし! ということになっているからな。

 だが、ここだけの話、実際はちがう。

 兵たちも後方でそれを支える者たちも、疲労が限界に達している。

 いまだ物資は充実しているが、それだけで人は戦えない』


 またも、ざわめき……。

 今度のそれには、自らも加わってしまう。

 しかし、それも致し方があるまい。

 それだけ、衝撃が大きかったのだ。


 ――『テレビ』が、ウソをつくとは!?


 ……この、事実は。

 もはや、天気予報も魔物の出現報道も、日々を送る上で欠かせるものではなく、それらの正確性を思えば、虚偽の内容が含まれているとは夢にも思わなかったのである。


『皆様、静粛に願います』


 イヴの言葉が響き渡り、ようやくどよめきも収まった。


『しかしながら、諸君らには安心してほしい。

 確かに、今言った通り人員の疲労は深刻な域に達している。

 だが、それは私が諸君らを、その領民たちを見捨てることにはつながらない。

 私は、ロンバルド王国に属する何者をも見捨てない。

 ……旧ロンバルド王家のようには、だ』


 ――旧ロンバルド王家のように。


 そのひと言に、重苦しい沈黙が立ち込める。

 そう、もう一ヶ月も続いている危急の事態に対し、ロンバルド王家は不気味な沈黙を保っていた。


 救援の兵をよこさないばかりではない。

 繋ぎを取るための連絡員さえ、よこさないのだ。


 これは、封建制度そのものを揺るがす異常事態であった。

 王家という親が、いざという時には自分たちという子を助けてくれる……。

 なればこそ、子は親に対し絶対の忠誠を誓い、これを支えるため様々に働くのだ。


 その信頼が、今は揺らいでいる……いや、崩れていると言ってさえいい。

 それを証明するように、二人ばかりの……豪奢(ごうしゃ)な装いをした男が前に進み出た。


 この場にいるのは、いずれもが虚像であるためそうする必要はないのだが……。

 自然と、彼らの進路を開けるべく他の貴族家当主が身を避ける。


『ノーザン・イーシャ辺境伯殿だ……』


『その隣にいるのは……?』


『私が知っている。

 ……ネイス・バファー辺境伯殿だ』


 ――ノーザン・イーシャ!


 ――ネイス・バファー!


 いずれも、自分たち小貴族家が群立する中原地帯を越え、国境地帯を収める辺境伯家の当主だ。

 前者は、王国最西部を……。

 後者は、王国中南部を……。

 それぞれ守護する、生粋の大貴族であった。


 なるほど、二人とも中年期を越えつつあるが、身のこなしにスキはなく、眼光も鋭い……。

 決して家名に甘えることはなく、どころか、それにふさわしく自らを磨き上げてきたにちがいない。


『アスル殿下……いや、今では陛下でしたな』


『お久しぶりにございます』


『ノーザンにネイスか。

 お前たちが加わってくれること、私は嬉しく思う』


 両辺境伯は、アスル王に対しうやうやしく頭を下げてみせる。

 それはまぎれもなく、臣下の礼であった。


『アスル陛下がおっしゃった通り、お父上方の支援はどうやら見込めぬ様子……』


『こちらにいるノーザン殿も、私も、そして参じた他の方々も……。

 正統ロンバルドの助太刀なくば、大きな被害を出していた……いえ、滅んでいたことでしょう』


 ノーザンが、そしてネイスが口々にそう言い放つ。


 ――王家を公然と非難する言葉!


 ……しかし、それを咎める者はない。

 むしろ、自分を含めた全員が同じ思いを抱いていた。


『その正統ロンバルドが限界に達しつつあるというならば、我らはいかなる協力も惜しみません』


『さあ、おっしゃってください。

 果たして、何をすればよいのか……!』


 ひょっとしたならば、これは事前に示し合わせていたのかもしれない。

 この場において、最も強力な力を持つ両当主が率先してそう言ったことにより、事態の全てはアスル王にゆだねられる空気となっているのだ。


『……私から言おう』


 そう言ったのは、この場における三人目の辺境伯……。


 ――ベルク・ハーキン辺境伯だ。


 あえて、アスル王本人ではなく彼の口に語らせるのもまた、段取りというものを感じさせた。

 同じ辺境伯という立場であっても、正統ロンバルドからの扱いには差が出るということだ。


 そのように、田舎貴族らしからぬ思慮を巡らしてみるが……。

 次なる言葉は、そんな権謀術数ごっこを吹き飛ばすものであった。


『皆様方にお頼みしたいこと……。

 それはすなわち――逆疎開(そかい)である!』

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