リソースとやりくりと
前面の壁は、それそのものが巨大なモニターとなって外の景観のみならず、種々様々なデータを映し出し……。
放射状に設置された各座席は、人間工学に基づいた設計がなされており、快適な座り心地と完璧な耐衝撃能力を保証してくれる。
それぞれの座席は、役割に応じた計器類とセットになっているのだが、これらも操作が煩雑にならないよう考え抜かれた設計となっていた。
『マミヤ』そのものが高度な自立思考システムを持っていることもあり、極端な話、ズブの素人集団でも、大気圏内での飛行くらいならすぐさまできるようになっているのだ。
そして、天井には立体投影された『マミヤ』の船体図が浮かび上がっている。
これには、現在この船が置かれている状況がリアルタイムに反映されており、オペレーターの操作次第で各所の船内図などへも切り替えることが可能だった。
『マミヤ』が誇るブリッジ……この船の心臓部であり、脳髄でもある場所だ。
そこに集った俺たちは今、元の姿に戻ったというオーガを囲んでしみじみとその姿を見やっていた。
「まあ、つまらない寸劇を挟みはしましたが、見ての通りオーガが元に戻ってしまいました」
「待って。俺、つまらない寸劇のためにあんな目にあったの?」
着ている制服はズタボロになり、全身は黒一色に染まり……。
髪の毛に至ってはアフロと化した俺が、イヴに向かってそう抗議する。
しかし、聞く耳を持つ者は誰もおらず……。
全員が、オーガの姿を注視しているのであった。
「へぇー、オーガちゃんって元はこんな姿だったんだ?
ここから、何をどうやればああいう風になるんだ?」
同性かつ、年齢と背格好が似通っているからだろうか……。
恥ずかしそうに実を縮こまらせるオーガをずけずけと見やりながら、エンテが皆の意見を代弁する。
「いかにエンテ様といえど、それをお教えすることはできません。
ただ、私が手塩にかけて育て上げたとだけ言っておきましょう」
視線を遮るように身を割り込ませながら、イヴがそう言い放った。
かつての昔、芸能で生きる人々にはマネージャーとかプロデューサーと呼ばれる人間が付いていたらしいが、お前、オーガに関してはそんな感じだよな。
「まあ、それもこれもマスターの無能な采配によって無へ帰しましたが」
そんなイヴPが、珍しく感情をにじませジトリとした視線を向けてきた。
「いや、まさか疲れすぎるとこんな風になるとは思わなかったもんで……。
というか、疲労の概念があるとすら思ってなかった」
アフロになった髪をガリガリとかきながら、そう弁明する。
「アスル様? 知らなかった、気づかなかったでは済まないことが世の中にはありますよ?」
にこやかな顔で告げるウルカであるが、手に例の下駄を持つのはやめて頂きたい。
「その件に関しては、本当に申し訳ないことをしてしまったと思っている。
だから、勘弁してくれ」
「……はあ。
まあ、折檻したことを持ち出しても仕方がありませんか。
それより、問題はどうやってオーガさんを元に戻すかですね。
いや、今の状態が元の姿ではあるのですが……」
ウルカの言葉にうなずいたのは、辺境伯領一腕の立つ殺し屋とルジャカだ。
「ああ、オーガが戦えないとなると、うちの戦力は八割減だぜ」
「それだけではありません……。
モヒカンや修羅が従っているのは、あくまでも唯一絶対的な王であるオーガ殿。
それが、こんなかわいらしい姿になったとあっては……」
「いや、正統ロンバルドにおける唯一絶対的な王は俺なんだけどね?」
まあ、さっき法廷で黒コゲにされたんだけどさ!
「さておき、どうなんだ?
また戦える状態になれそうか?」
「は、はい!
時間はかかるかもしれませんけど、必ずまた、アスル様のお役に立ってみせます!」
俺の問いに、むんと両手を握り込みながら答えてみせるオーガだ。
ああくそ、かわいいな! できることなら、覇王には戻らないで頂きたい!
「私も全力を尽くしますが、本人も言う通り復帰には多少の時間がかかるでしょう。
また、ルジャカ様が心配されていたモヒカンたちの統率に関してですが、それについては腹案があるのでお任せください」
「うん……お前の腹案というのが、そこはかとなく不安を感じるが……。
まあ、オーガとかモヒカンとかに関しては元々お前が招きこんだようなもんだし、好きにやってみろ」
そもそも、純粋な労働奴隷としてベルクから譲り受けたのが連中だからな。
……なんであいつら、俺の国で主戦力になってるんだろう?
「ただ、オーガが復帰したとしてもこのままじゃ先細りだな。
報告を聞く限り、前線の兵たちも疲労がピークに達しているみたいだし、緊急対策本部を筆頭とした後方支援組もそろそろ限界だ。何しろ俺が過労死している」
全員を見回しながら、此度明らかになった問題点について共有する。
覇王がかわいらしく、ちんまくなっちまったというインパクトで忘れがちだが、問題の根源は人員の疲労にあるのだ。
「戦争……そう、戦争と言おう。
魔物たちとの戦争は、リソースバトルの様相を呈している。
――戦況はこちらに不利だ。
どんな超兵器があろうと、それを操るのは人間であり、こちらはその限りある人員をフル稼働させられっぱなしになっている。
対して、向こうは犠牲こそ大きいものの尽きる気配が感じられない」
「バンホーを始めとする侍衆や、風林火をこちらによこしましょうか?
幸い……と言うのはどうかと思いますが、獣人国側の魔物出現数は例年と変わりません」
「うん……それも検討すべき段階だが、焼け石に水というところだろうな。
そもそも、侍たちは絶対数が足りない」
何しろ、一度は国ごと滅ぼされた組織だからね。
ウルカの言葉にどこか引っかかりを感じつつも、続きを話す。
「心理的にも、ようやく着手し始めた祖国の再興から離れたくないだろう。
それでも一部の者は馳せ参じてくれるだろうが、やはりまとまった数にはなるまい」
「なら、どうするんだ?
オレんところを助けてくれた時みたいに、魔物が出現している地域の貴族家にブラスターを渡すか?」
「もちろん、それもやる。手配と各貴族家への交渉は進めている。
が、それを加味してもじりじり削られる現状は変えられないだろう」
エンテの提案にうなずきながら、手近なオペレータ席のコンソールをいじる。
すると、前面の巨大スクリーンに戦況図が表示された。
「どうやら、兵力の大幅な上積みは望めそうもない……。
かといって、今のまま運用し続ければ早晩、破綻する。
みんなはこういう時、どうすればいいと思う?」
見回してみると、ピンときた顔をしてみせたのはウルカだけである。
それぞれ真面目に考え込んでくれているようなので、ヒントをくれてやることにした。
「こういう時はな、限りある兵力をまとめて運用できるよう、別の要素をどうにかしてやればいいのさ」
フ……決まった。
これで、先ほどの裁判で失墜した俺の権威も回復することであろう。
「……黒コゲアフロヘアーじゃなければ、かっこうのつくセリフだったんだけどなー」
エンテの冷たい視線が突き刺さる。
……どうやら、威厳回復の道のりは遠く険しいようだ。




