現場は疲弊せり 前編
「打ちいいい方あ! 始め!」
指揮官の号令と共に……。
積み上げられた土嚢から身を乗り出し、ブラスターライフルを発射する。
それは中隊を構成する他の志願兵たちも同様であり、たちまちの内に、無数のビーム光が迫りくる敵――魔物の群れへと殺到していった。
「――――――――――ッ!?」
もうすっかり聞き慣れた断末魔の声と共に、先陣を切っていた魔物たちが倒れ伏していく……。
もし、これが人間の軍隊だったならば立ち止まるなり、踵を返して撤退するなりしていたかもしれない。
しかし、魔物にそのような戦術的思考は存在しない。
ただがむしゃらに、前へ前へ……。
先を行く仲間が倒れたならばその屍を踏み越え、人間たちに己の爪を牙を突き立てんと突進してくるのだ。
最初は、その姿がただただ怖かった。
今はもう、何も感じない。
ただ平静に、淡々と魔物へ照準を合わせ、引き金を引いていく……。
空となったビームパックの切り替えも、単純な動作でありながら最初はなかなか上手くいかず、交代で射撃する戦術の導入も検討されたほどだ。
今はもう、もたつくことはない。
撃ち切ったビームパックを素早く外し、替えのパックを装着し、チャージングハンドルを引く。
時間にすれば、五秒かかるかかからないかといったところだろう。
ひたすら射撃し、リロードし、また射撃していく……。
それを繰り返していくと、やがて、魔物の群れはことごとくが屍へと変じた。
「打ちいいい方あ! やめ!」
指揮官の号令で、ようやくビームの雨が降り止んだ。
これも、最初の内はなかなか興奮が抜けきらず、周りに制止されるまで発砲し続ける者もいたが……。
今はもう、そんな奴はいない。
号令に合わせ、ぴたりと射撃は止まるのである。
「今回も、こいつは役に立たなかったな」
同じ小隊に所属する仲間の一人が、積み上げた土嚢をぽんぽんと叩きながらそう言った。
土嚢は腰の辺りまで積み上げられており、がっしりと組み上げられたそれは、よほどの衝撃を加えられない限り崩れることがなかった。
魔物の攻撃に対する、備えである。
最初は盾の導入や、塹壕を掘ることも検討されたが……。
設置及び撤去のたやすさや量産のしやすさ、頑強さから今ではもっぱらこれが用いられていた。
「万が一を考えれば、何か備えは欲しいだろ?
こないだ立ち寄ったカミヤさんに聞いたけど、魔物の中には彼にすら通用する飛び道具を持つやつもいるらしいぞ?」
「でも、そういうのはロボットさんたちやオーガ様の担当だろ?」
「俺たちが出くわしてないだけで、雑魚の魔物にも火を吐いたりする奴はいるってよ。
そういうの聞くと、やっぱり身一つじゃおっかないさ」
そういった同僚は、そこまで言ってニヤリと笑ってみせる。
「まあ、いちいち運び込んで積み上げるのはきついけどな」
「ちがいない」
仲間と共に笑い合う。
戦いが終わった直後の、ごくわずかな弛緩した時間……。
「回収ううううう! 始め!」
それは、指揮官の号令によってすぐに終わってしまった。
同時に後方から響き渡るのは、トラックの走行音……。
これから、総出で魔物の死体を積み込み、各地を巡回する『マミヤ』に回収してもらうのだ。
回収された死体は、肥料などに生まれ変わり、いずれ来る復興の日に役立てられるらしい。
魔物の襲来が予見された地域に派遣され、土嚢を積み上げて陣地を築き、迎撃した魔物の死体を速やかに回収する……。
この一ヶ月間、繰り返してきた――日常だ。
いつになったら終わるのか知れない、日常である。
暦は三月を迎え、春先の陽気というものが感じられるようになってきた。
だが、それで気分が晴れることはない。
ずっしりとした疲労が、体に蓄積しているのを感じられた。
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――三分。
――あるいは、五分。
最初、この時間は時計を見ることで確認していた。
今では、その必要がない。
体がすっかりその感覚を覚えてしまっており、ほぼ誤差なく開けることができるのだ。
……カップ麺の蓋を。
「なあ、君のうどん、とっくに五分過ぎてないか?」
だから同僚にそう尋ねたのだが、返ってきた答えは意外なものであった。
「ああ、最近になって気づいたんだけど、カップうどんは長く待つとまたちがった味わいが楽しめるんだ」
「へえ、それは面白いね。
僕も今度、試してみるよ」
そう言いつつ、自分のカップ麺――しょうゆラーメン――の蓋を開けながら、溜め息を吐く。
「何しろ、毎日毎日カップ麺だものね」
戦いというものは、常に現場で起こっているものである。
しかしながら、『マミヤ』の第二会議室に設けられた緊急対策本部の惨状を見て、ここが第二の戦場であることを否定する者はいないだろう。
各々に渡されたノートパソコンは、常に電源が入りっぱなしであり……。
ミーティングテーブルには種々様々な書類が散乱し、ホワイトボードはびしりと数字や文字が書き込まれるか、あるいは資料が貼りつけられている……。
部屋の隅には、カップ麺の空き容器で満杯となったゴミ袋が積み上げられており、詰めている者たちの食生活がうかがえた。
「やれやれ、クッキングモヒカンさんの料理がなつかしいよ……」
ずずりと麺をすすりながら、そんな愚痴をこぼしてみる。
周囲では死んだ目をした同僚たちが同じようにそうしており、皆、想いは同じであることが知れた。
「仕方がないさ……。
ただでさえ、現地の兵士たちは移動し通し戦い通しだもの。僕らの差配でね。
彼らの士気を維持するために、料理のできる人たちは全員現地に派遣されてるんだから……」
「アスル陛下でさえ、三食カップ麺でがんばってるんだから、文句は言えないかあ」
頭上をあおぎながら、そうぼやく。
ここにいる者たち……すなわち、本来王庁舎の職員として集められた者たちは、ソアンが納屋衆へ声がけして選抜された精鋭たちである。
算術にも筆にも優れ、しかも、年若く吸収力に優れた者たち……。
これほどの激務と劣悪な環境に耐えながら、どうにか仕事をこなせられるのは、それゆえであった。
しかし、肩や腰に感じる若者らしからぬ痛みといい、口内炎といい……。
そろそろ、限界に近付いているのが感じられた。
「そんなみなさんのために、差し入れを用意しました」
自分たち全員分と同等の仕事をこなしていながら、一切その疲れを感じさせないイヴが本部へ訪れたのはその時である。
いつも通り無表情な彼女が手に持ったトレーへ乗せられているのは、人数分の紙コップ……。
恐るべきは、そこからただよう湯気が紫から赤へ……赤から黒へ……どうにも不吉な色合いへ、常に変化し続けていることだろう。
――ンハイシュ。
……しかも、なんか紙コップの中から声が聞こえてくるのだ。
「あの、イヴ様……これは?」
恐る恐る尋ねてみると、彼女は無限の色彩に変化する髪をいつも以上にきらめかせながらこう答えた。
「特性栄養ドリンクです。
これさえ飲めば、たちどころに元気回復。肩こりも腰痛も口内炎も消え去ります。
先ほどは、過労死しているマスターに無理矢理飲ませ蘇生させたところです」
「――ようっし! 仕事がんばるかあ!」
「――ああ! 僕もなんだか急に元気が湧いてきたところさ!」
「カップ麺サイキョー!」
全員で立ち上がり、無駄に腕やら腰やらを動かしながら元気さをアピールする。
ありがとう! カップ麺!
……お前たちのおかげで、まだ人間でいられそうだ。
そんな彼らを、イヴは珍しくも残念そうな顔で見ていたのである。




