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瞬間、流星のように…… 前編

 今朝の天気予報通り、夕暮れを迎えつつある空には雲ひとつなく……。

 後背(こうはい)にザンロの大山脈を背負い、頻繁に雪が降るこの麓村にとっては、実に過ごしやすい天気である。


 ――帰るべき家が、健在だったならば。


 時たま出現する魔物から村を守護するはずの柵囲いは、見るも無残に破壊し尽くされ……。

 家々は壁を破られ、備蓄していた食料はついでとばかりに食い散らされているのが見て取れた。


 しかも、被害は物質的なものだけではない。

 村の、そこかしこ……。


 背を裂かれ、喉元を食い破られ、あるいは、足首を噛みくわえられたまま繰り返し地面に叩きつけられ……。

 見知った顔の者たちが、物言わぬ姿となって倒れ伏していた。


 魔物たちが襲来した、その結果である。


 (しかばね)の数は、実に全住民の半数近くに及ぶ。

 その多くが成人した男性であり、近くに農具や手斧の(たぐい)が転がっているのを見れば、彼らが女子供を守るため勇気を奮い起こしたことが知れた。


 その奮闘もあって、どうにか逃げ延び命をつなぐことに成功した者たち……。

 変わり果てた故郷へ帰還した彼らが感じたものといえば、それは悲しみでも怒りでもない。


 ――寒さ。


 ……この二文字であった。


 これほどの寒さは、大吹雪(ふぶき)の夜にも感じたことがない。

 圧倒的な喪失感というものは、冷気に変じて体温を奪うものなのだ。


『すまない……。

 俺が、もう少し早く到着できていれば』


 生き残った村人たちにかけられた声は、はるか頭上から降り注いだものである。

 見上げれば、そこには赤き巨人の顔があった。

 巨人は、全身を不思議な光沢の金属で形作られており……。

 亀の甲羅を思わせる造作の頭部には、当然ながら表情を生み出す筋肉など存在しない。


 しかし、その声には感情というものがこもっており、心底からそう思っているのであろうことがうかがえた。


 ――カミヤ。


 これなる巨人の、名である。


 彼が飛来したのは、男たちの時間稼ぎもむなしく、いよいよ魔物の群れが逃げ延びた村人たちへ迫っていたその時であった。

 赤き雷光か、はたまた旋風か……。

 ともかく、それが通り過ぎたかと思うと、恐るべき魔物たちはその身を細切れにされ、雪の積もる山道を赤く染め上げていたのである。


 とりあえず、これで近場の魔物を一掃できたと確信する彼に導かれながら帰還し……。

 そして、今に至る。


『倒れている人々には気の毒だが……。

 まずは、あなた方の体を温めることが先決だ。

 このままでは、凍死してしまう』


 カミヤはそう言いながら、破壊された木柵などを積み上げていく。

 彼の巨体でそれを行うと、子供が積み木遊びをするような手軽さで立派なやぐらが組み上がっていった。


『シネラマビーム……照射!』


 そして、その腹部がちらりと輝いたかと思うと、やぐらは瞬時に着火し、燃え上がり……。

 生き残り全員が体を温めるに足る、大きな焚き火が出来上がったのである。


 ちり……ちり……と、火花が上空に向かって舞っていく……。

 それはまるで、命を落とした者たちの魂が天に還っていくかのような光景であった。


『さあ、まずは暖まって。

 そうは見えなかっただろうけど、マスター――アスル王とも連絡を取り合っている。

 炊き出しの準備をしながら、こちらへ向かってきているそうだ。

 亡くなった方たちの埋葬などは、それから行いましょう』


 そううながされ、一人……また一人と、無言のまま焚き火へ近づいていく。

 その熱量は、冷えきった体を問答無用で温めてくれるものであり……。

 そうしていると、ようやくにも感情が蘇ってくるのを感じられた。


「う……うう……っ!」


 生き残った者の一人……身重の女がすすり泣き始める。

 彼女の夫は、優秀な狩人であり……。

 魔物たちが襲来する前日に、山の中へと入っていた。

 死体を確認したわけではないが、魔物らが来た方角を考えれば生きてはいまい。


「くっ……!」


「うう……っ!」


 それに連鎖して、他の者たちも涙を流し始めるのだった……。




--




 ――こういう時、涙を流す機能が備わってなくてよかったと思う。


 焚き火にあたる人々を見ながらカミヤが考えるのは、そのようなことである。


 ――悲しみにくれることなく、断固とした意思で事態の解決に当たれるから。


 人工頭脳の奥底で燃え上がるのは、装甲に施された塗装よりも赤々とした怒りの炎であった。

 カミヤたち三大人型モジュールは、生まれながらの奉仕者であり、守護者である。

 その、奉仕し守るべき人たちが悲嘆する姿は、主動力であるプラネットリアクター以上の熱力を彼に与えていた。

 センサーが反応したのは、そうして誓いを新たにしていた時のことである。


『これは……』


 感知した生物の巨大さから、すぐに侮れない相手であることを悟った。

 おそらく、先日に相手した竜種と同格かそれ以上……。

 圧倒的な生体反応が、地下深くからこの村へと迫っているのだ。


 いや、この村へ、というのは正確ではないだろう……。

 魔物というのは、外部から持ち込まれたテクノロジーに対して、この星そのものが生み出したカウンターである。

 で、あれば、その狙いは――自分!


『――とおっ!』


 背部のウィングマントを起動させ、瞬時に上空へ飛び立つ。

 村人たちがあっけにとられているが、説明している余裕はない。

 これ以上の被害が出る前に、自分が敵を引き付けなければならないのだ。


『いるのは分かっているぞ!

 俺はここだ!

 このカミヤが、お前の相手になってやる!』


 村からは十分な距離を取った、山岳の斜面地帯……。

 雪が降り積もるそこに降りたち、高らかに宣言する。

 別に、それが聞こえたわけではないだろうが……。

 迎撃すべき相手は、その誘いに乗ってきた。


 ――ズゴゴゴゴゴ!


 ……という、キートンの掘削(くっさく)音に比べればいかにも大仰(おおぎょう)でぎこちない音が響き渡り、そいつが姿を現わす。


「――――――――――ッ!」


 地上へ這い出るなり咆哮を放ったのは、全長にして三十メートル、体高にして九メートルはあろうかという四足歩行の魔物である。

 これもまた、現行人類が竜種と呼ぶ存在の一種であろうか……。

 全体的に爬虫類の特性が色濃く出ており、翼こそないものの背中には立派な背びれが、頭頂部には一対の長大な角が突き出ていた。


 ひょっとしたなら、地球において人類が発生する前、地上を支配したという恐竜にもこのような種族がいたのでは……。

 そう思わせるような、外見であった。


「――――――――――ッ!」


 またも、咆哮。

 魔物の両眼からは機械であるカミヤにもそれと察せられるほどの破壊衝動が発せられており、やはり、自分を倒すためにこの地へ参じたのであろうと直感できる。


『やはり、狙いは俺か……。

 いいぜ! ちょうど無性に腹が立っていたところだ!』


 カミヤの腹部で、シネラマ粒子が生み出されると共に増幅されていく……。

 こうして、未知なる魔物との一戦は開始されたのであった。

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