魔性の姫君 後編
「――コルナ殿下!」
「――いきなり何を言い出すのです!?」
「そもそも、お父君がおっしゃっていたように、今は国の行く末すら左右しかねない話し合いの最中……。
そこにいきなり乱入し、いい加減なことを言うなど、いかに姫様であっても許されることではありませんぞ!」
コルナ姫に対し、立ち上がった大臣たちが口々にそう非難する。
彼らが色めき立つのも、無理はない……。
「コルナ様も、建国のわらべ歌はご存知でしょう?
そもそも、このロンバルド王国はご先祖であられる建国王ザギ陛下が邪悪な大蛇を打ち倒し、民心を集め興った国……。
魔物らの大発生がほぼ間違いない以上、ここにいる我らが手を打たぬというのはありえませぬ」
ロイル枢機卿が諭すようにそう言ったが、当のコルナ姫は冷たい眼差しを向けるだけだった。
「もちろん、存じておりますとも……。
大蛇……そう、人間の手には負えないはずの大蛇だった。
コルナのご先祖様は、それを討ち果たすことで勇名を馳せ、今に至る礎を築いたのですわ」
冷笑しながらそう述べる九歳の少女は、果たして、本当にコルナ・ロンバルドであるのか……。
誰もが、その疑念を抱いた。
この大円卓の間に集いしは、ロンバルド王国が誇る重鎮たちである。
当然、折々の行事でこの姫とは挨拶も交わしているし、ちょっとした会話を行ってもいた。
その、在りし日におけるコルナ姫と、今、目の前にいる少女……。
それが、どうしても符合して感じられぬのだ。
身にまとった冷たい空気ゆえであろうか……。
本来ならば、やわらかさやかわいらしさが先立つはずの年齢でありながら、それを一切感じることができない。
そのため、整い過ぎるほどに整った顔の造作が際立つ形となっており、見ていてぞっとするほどの美しさであった。
着ているドレスも仕立てこそ一切手を抜かれていないが、しょせんは平時に着用するためのそれはなずである。
だが、居並んだ大人たちを前に一切ひるまぬ堂々とした所作が、夜会用に仕立てられたそれへも勝る迫力を与えていた。
つまるところ、九歳の幼き姫君にはどうしても見えず……。
どころか、祖父王を差し置いてこの場を支配する女王のごとき風格が感じられるのだ。
扉を警護していた騎士が、どうすることもできずまごつくばかりなのも、その証左であろう。
「コルナ、そもそもお前は、この場でどのようなことを話し合っているかきちんと理解しているのか?」
第二王子ケイラーがそう問いかけると、姪たる姫君はにこりと笑ってみせた。
その笑みにも、相手を安心させる暖かさのようなものは感じられない……。
「もちろん、全て把握しております。
王国各地に、突然湧いた魔物の群れをどうするか……。
それを、話し合っておられるのでしょう?」
「それは、そうなのだが……。
コルナよ。どうしてそのようなことを知っているのだ?」
今度、尋ねたのは、父親である第一王子カールだ。
コルナ姫は、自分の父に対しても全く同様の笑みを浮かべてみせた。
「『テレビ』からの情報収集に当たっている文官らが、ずいぶんと狼狽していましたから。
少しだけ、お話を聞かせてもらったのです」
いかに一国の姫君であろうと、九歳の娘に聞かれて詳細を話す文官たちではあるまい。
しかし、このコルナに対してならば……。
聞かれた通り、何もかも話してしまうのではないか?
そんな説得力のある、語り口であった。
「……祖父は感心できぬな。
コルナはまだ九歳なのだから、政などよりもっと関心を向けるべきものも数あろう。
それに、話を戻すが、魔物を捨て置けなどとは……」
さすがに、ロンバルド18世も祖父から王の顔へと戻り、厳格な眼差しを孫に向ける。
「ですが、陛下――」
コルナは初めて祖父を陛下と呼ぶと、驚くべき言葉を口にしたのだ。
「――魔物の群れが発生しているのは、いずれも賊軍と通じたか、その兆候を見せている貴族領ではありませんか?
言うなれば、これは天意。
わざわざ痛みを伴いながらこれを助ける必要など、存在いたしません」
「――む、う」
祖父王が口ごもったのも、無理はない。
それこそは、この場に集う者たちが暗黙の了解として俎上に載せなかった事柄なのである。
「コルナ――」
「――子供同士のつながりというものも、案外、ばかにならないものですよ? お父様」
――なぜ、そんなことを把握しているのか?
問いかけようとした父王子に先んじて、コルナが彼の疑問を解消してみせた。
もはや、この場は完全に姫の掌中である。
「コルナ、幼いながらも、あっぱれな愛国心と言っておこう。
それがゆえ、賊と結びついたこれら地域の領主が疎ましく思えるのだろう?
だが、世の中というものは、簡単に敵味方の二つへ分けられるものではない。
事が事である以上、そういったしがらみは一旦捨て去り、助けの手を伸ばすべきというのが俺たちの見解なのだ」
改まった場であることを忘れ、つい平時の口調に戻ったケイラーがそう諭す。
だが、コルナはそんな彼の言葉をフッと笑ってみせたのである。
「いいえ、叔父様。彼らは敵です。
我らの敵と通じる、獅子心中の虫なのです。
そんなにアスル・ロンバルドを頼りとするなら、せいぜい、そちらへ助けを求めさせればよいではありませんか?」
「しかし――」
「――さすれば、我らは一切の労を負わず、賊軍は勝手に疲弊することとなります。
ゆえに――放置。
それこそが、この局面における最適解なのです」
ケイラーが……。
王国一の大騎士が、九歳の姪に押されていた。
確かに、少女の語る言葉には一定の理というものが存在する。
しかしながら、だからといって首を縦に振れるわけではないのが人間というものであり、常ならば、これはやはり、はねのけられていたにちがいない。
それが――できない。
まるで、暗闇の中に光を見い出した虫のように……。
誰もが、幼き姫君の姿へ吸い寄せられていた。
そして、その小さな唇から紡がれる言葉はなんとも言えず心地良く、耳朶どころか、全身を震わせ染み入っていくかのようなのである。
――そうだ。
――何を迷う必要があるのか。
――つまらぬ情けをかける必要はない。
――魔物が発生しているのは、賊と通じる諸侯の領内なのだから。
「ねえ、皆さま……」
今度は、甘えたように言いながらコルナが一同を見回す。
「そうは、思われませんか……?」
反対の意見は、出ない。
誰もが、どこか虚ろな表情をしながら少女に見入っていた。
九歳の姫君に場を支配され、その意見を押し通されるという異常な光景……。
しかし、大円卓の間にいる誰も……親族である、王や王子たちでさえも、いつしかそのことへ疑問を抱けなくなっていたのである。




