魔性の姫君 前編
魔物の大発生に揺れていたのは、何も正統を自称する方のロンバルドのみではない……。
本来のロンバルド王家もまた、迅速な動きを取っていた。
情報源となったのが、民草から接収した『テレビ』であるというのはやや情けなさも感じられるが……。
ともかく、知らせを受けた国王ロンバルド18世は、ただちに主だった者たちを招集したのである。
そこは、歴史深く優秀な者たちが集うロンバルド王家……。
小一時間もすると、建国王ザギの宝剣が飾られし大円卓の間には、各方面の重鎮たちが集結したのであった。
王家と暗黙の敵対関係にあるホルン教皇こそ直接参じていないものの、名代としてロイル枢機卿は出席しているのだから、魔物という存在がどれだけの脅威であるかがうかがえる。
『繰り返し、魔物の大発生が確認された地域についてお伝えします。
該当する地域で暮らす皆様は、くれぐれも遠出などをなさらないようお願いします。
では、申し上げます。
イーシャ辺境伯領――』
全員から見える位置に運び込まれた『テレビ』の画面には、ロンバルド王国の詳細な地図が表示されており、本来、第一王女に与えられるはずだった名を持つ少女の声で、淡々と各地名が読み上げられていた。
「つまらぬ前置きはせんでおこう。
皆の者、聞いての通りだ。
かかる事態に対し、我らがどう対処するか……。
この場では、それを話し合いたい」
ロンバルド18世がそう告げると、控えていた文官が『テレビ』の音量を絞る。
会議の始まりだ。
「この『テレビ』が伝えている情報が確かであるならば、それは大きな脅威ですが……。
いかがでしょうか? 果たして、信じるに値するか、どうか……」
大臣の一人が告げたのは、そもそもの大前提である。
「何しろ、向こうから一方的に伝えている情報ですからな。
ただでさえ、今は開戦に向けて準備を進めている時期であり、敵方もそれは承知のはず……。
流言によってこちらを惑わせると共に、無駄な行動で疲労させる狙いがあるとも考えられます」
その言葉に、一同はふむと考え込んだ。
魔物への対処とはつまり、騎士なり魔術師なりを派遣しての軍事行動を意味する。
当然ながら、その規模が大きくなればなるほど、国庫にかかる負担は重くなるのだ。
「何しろ、昨年の冷害がありましたからな……。
あえて、賊のおかげと言っておきますが、確かに民たちが飢え死にする事態は避けられました。
しかしながら、麦の収穫というのは国の礎……。
我が国は、丸々一年分満足な税収が得られておりませぬ」
「ここで迂闊な軍事行動を起こせば、その負担は命取りになりうるというわけか……」
「いかにも……。
戦わずして、正統を自称する賊軍に敗北するということもありえます」
「そもそもが、いまだに行動を起こせぬのは季節もさることながら、麦の収穫を待たねばならぬからなのですから……」
大臣たちが、口々にそう言い合う。
――入るを量りて出ずるを制す。
これなるは、国政における基本中の基本であり、ここに集ったのは入るを量ることに対する第一人者たちである。
昨年の負担……そして、例年から見込める収穫量を思えば、警鐘を鳴らすのは当然であった。
「うむ、お前たちが心配するのはもっともなことだ……」
ゆえに、ロンバルド18世は彼らの言葉へ深々とうなずいたのである。
「しかしな……わしは、これを流言であるとは思わぬ。
事実であると断じた上で、話し合いたいのだ」
ぴしゃりとした国王の物言い……。
それを受けて、大円卓の間が静寂に包まれた。
「逆賊と化したアスルではあるが、その行動目的は民たちを豊かにすることだ。
先日、ラフィン侯爵家と行ったブタに関する取り引きを見ても、その点では常に一貫している」
「ここで余計な軍事行動を起こさせれば、その負担は国だけでなく民たちにまで波及する……。
そんな愚を犯すアスルではあるまい」
第一王子カールと第二王子ケイラーが父王に追従すると、もはや否と言える者はいない。
「実を言うと、教皇猊下に対しても協力の要請が入っております。
教会に対する先方の姿勢を思えば、やはり真実であるかと」
遠慮がちにロイル枢機卿までそう告げては、反論など出るはずもなかった。
「となると、派兵は前提ですな。
あちらの――」
王国一の武人として知られるケイラーは、そこまで言うと音声の絞られた『テレビ』を見やる。
「――『テレビ』に映された情報通りならば、発生した魔物の規模は、その地を治める諸侯の手に負えるものではありますまい。
今こそ、我ら王宮騎士団が出陣すべき時です」
「問題は、どれだけの兵を、どこに送るか……。
その上で、いかに国庫の負担を減らすか、ですが……」
弟の言葉を引き継ぎ、カールが父王の顔色をうかがいながらそう告げた。
「うむ……」
息子たちの言葉に、ロンバルド18世がうなずいたその時である。
大円卓の間を閉ざす扉……その向こう側で、何やら騒ぎの気配がしたかと思うと、
「姫様、なりません……」
「今、お父君たちは大事な話し合いの最中でして……」
「いいのです」
入り口を警護していた騎士らの制止も聞かず、コルナ姫がこれを押し開けたのだ。
「おお、コルナ。どうしたのかな?」
瞬間、厳格な王だったロンバルド18世がただの祖父へと早変わりし、相好を崩す。
初孫というのが目に入れても痛くないくらいかわいいものだというのは、庶民であろうと一国の王であろうと同じ……。
カールはそんな父の姿を見て眉間を揉みほぐしながら、突如として乱入してきた娘を見やった。
「コルナ、何用だ?
父たちは今、国の行く末すら左右しかねぬ話をしているところだ。
すまないが、何か用事があるなら後に――」
このところは、目を見張るように大人びてきた己の娘であるが、しょせんはまだまだ九歳の子供……。
急にかまってでも欲しくなったのだろうとタカをくくったカールの言葉は、しかし、コルナにさえぎられた。
「――その、お話し合い。
おそらく、間違った結論へ向かっているのだろうと思い、コルナは進言しに参ったのです」
その言葉に、カールのみならず大円卓の間に集う全員がそれぞれの顔を見合わせる。
――進言?
――たかだが九歳の姫君が?
――そもそも、議題を理解しているのか?
皆、声には出さずとも心に抱いた思いは同じであった。
コルナはそんな彼らを見ると、舞踏会でエスコートされる姫君さながらの優雅さで祖父王の傍らに歩み寄ったのである。
そして、ひと言こう言い放ったのだ。
「捨て置けばよいのです。
派兵などはせず、ただ捨て置けばよい……。
それこそが、この局面における最適解です」
その言葉に、大円卓の間はどよめきで包まれた。




