買い物に行こう
「アスルさん」
「どうした、イヴ?」
すでに夕刻へ差しかかりつつあり……。
この街で大多数を占める労働者たちは、家路につくか、あるいは飲みにでも繰り出すか、はたまたあるいは――自分たちが押し込められる寝床へと帰ろうとしている。
俺とイヴは、そんな彼らの間を縫うように歩みながら、今晩泊まるべき宿を探していたのだが……ふと、傍らのイヴが立ち止まり、俺を見上げたのであった。
「さっきから、周囲の視線を感じます」
「ああ……」
イヴの言葉に、俺は苦笑いを返す。
こうして立ち止まりながら話している間にも、道行く男たちの視線が彼女に注がれているのだが――それは致し方のないことであろう。
「それは、イヴの姿があまりにもかわいいからだな」
俺は率直に、その理由を教えてやった。
「かわいい、ですか?」
そういうことも可能だったらしく、今は髪の毛を黒一色にしているイヴが、こればかりはいつも通りな無表情で小首をかしげる。
「そうとも」
俺は肯定しながら、心中で先の店主を褒め称えた。
五年前、奴からこの街で女の衣服を選ぶなら、あの店に限ると聞かされていたが……これは想像以上だ。
イヴの姿を見やる。
そこには、いつもの超古代式衣服を脱ぎ捨て、新たな装いとなった彼女の姿があった。
全体的に使われている布地は薄いが、細部は油断なく刺繍や装飾が施されており、それが高級感を減じさせることはない。
裾は短くヒラリとした動きやすい仕立てであるが、反面、脚は太ももの半ばまでを覆う頑強なブーツを履かされている。
結果、裾とブーツの間には真っ白な肌が見える絶対的領域が生まれており……これはなるほど、俺ごとき凡愚には持ち得なかった発想であった。
ただ見せるだけではなく、隠すだけでもなく……絶妙な配分で可憐さを演出する……。
これはまあ、あらゆる意味で刺激に飢えているウロネスの男たちにとっては、少々、目の毒であるかもしれぬ。
まあ、抜群の美少女を傍らに連れて歩いている身としては、なかなかに鼻が高くなるけどな!
そんなことを考えていたら、だ……。
懐で、微細な振動が発生した。
道の片隅に寄り、周囲から見えぬようにしながらそれを取り出す。
それの正体は――携帯端末であった。
折り畳み式の上部がディスプレイとなり、下部が物理キーとなっている方式……。
今回の二人旅へおもむくに辺り、『マミヤ』の製造設備を使って生産した品である。
携帯端末としてはかなり原始的な形態であるそうなのだが、頑丈さ、扱いやすさを優先した選択だ。
俺たち十人はこれを用い、どれだけ離れた所からでも常に連絡が取り合えるようになっているのだ。
物理キーを操作し、たった今、送信されてきたメッセージを読み取る。
『アスル様……。
予定では、そろそろウロネスという街に到着する頃合いですが、問題はないでしょうか?
いえ、あなた様の妻として、なんの問題もないこと……。
また、街の女性や、ましてやイヴさんに鼻の下を伸ばしていないことは確信しています』
――コワイ!
「アイエエ……」
遠き『死の大地』から覗き見られているかのような恐怖に震えつつ、返信の文面を素早く書き上げる。
……うん、帰りにまたあの店へ寄ってウルカの服もみつくろってもらおう! 絶対にそうしよう!
固く誓って、端末を懐にしまった。
「先ほどの話ですが、かわいい服装に着替える必要はあるのでしょうか?
客観的に見て、いつも着ている制服の方がはるかに機能的で頑丈であると思われます」
「まあ、別にかわいくする必要はないんだけどな。
そこはオマケで、肝心なのは目立たないようにすることだ」
俺の意図を察し、傍らに立って周囲の視線をさえぎってくれていたイヴにそう答える。
「いつもみたいに、髪の毛を様々な色へ変えないでいてもらってるのもその一環でな……。
とにかく、イヴの姿は目立つ。
俺としてはあまり目立ちたくないので、こうして服を調達したわけだ」
「そういうことでしたら、『マミヤ』でふさわしい衣服を仕立てることも可能でしたが?」
「いや、それは無理だな……」
最初は俺もそうしようと考えていた案を提示され、首を横に振った。
「『マミヤ』は万能だが、全能というわけじゃない……。
あそこで作った衣服は、縫製から何から完璧すぎるんだ。
そうなると、どれだけ俺たちの文明に合わせた仕立てでも違和感が生じる。
結局、現地へ溶け込むなら、現地で手に入れた服を使うのが一番なのさ」
ちなみにだが、俺自身が着ている装束は、五年間『死の大地』をさまよっていた時のものである。
……が、『マミヤ』で徹底的に洗浄した結果、とてもじゃないが五年間着続けたとは思えぬほど綺麗になっていた。
ちょっと踏んづけたりして、それっぽく薄汚れさせたのは俺の工夫だ。
「アスルさんの意図を理解しました。
もう一つの質問ですが、この国では通貨を使わず物々交換で取り引きを成立させているのでしょうか?」
「ん?
それは場合によるな」
再び連れ添って歩き出し、宿を探しながら説明する。
「小さな村や町だと物々交換することが多くて、こういうでかい街だと大抵は貨幣で支払う。
さっき宝石で支払ったのは、俺があそこへ行く前、手持ちのほとんどを宝石に変えてあったからだ。
その方が持ち運びに便利だったんでな」
あそことはすなわち、『死の大地』だ。
誰かに聞かれても困るので、そこはボカしておいた。
「アスルさんの、へそくりということでしょうか?」
「そう、まさしくへそくりだな。
目的の物を見つけた後、大業をなすための活動資金だ」
まあ、目的の物――『マミヤ』の能力次第では、帰還して父上たちと和解する道も存在したし、この宝石たちが役立つこともなかったのだが……。
実際に発見した『マミヤ』の能力は想像を遥かに上回るものであり、以前イヴに話した通り、独立勢力となる以外の道はなくなったのである。
「この国の取り引き方法について理解しました。
最後にもう一つ、質問があります」
隣を歩きながら、イヴがこちらを見上げた。
「今回の目的は買い物だと言ってましたが、そのへそくりを使って何を買うのでしょうか?」
「あれ? 話してなかったっけ?」
「イエス。
今回の旅に関しては、ウルカ様やバンホーさんとばかり話していらっしゃいましたので」
「そうか、じゃあ、あらためて説明しよう」
周囲を見回しながら、続く言葉を告げる。
比率としては、三分の一くらいだろうか……。
通りを行き交う労働者たちの中には、まさに今回、俺が買い求めようとしている商品の姿が数多く混ざっているのだ。
「今回、買うのはな……。
――奴隷だよ」
ウロネスの街は、五年前、『死の大地』へおもむく際に立ち寄った時と変わらぬ姿であり、ここでなら望むものが得られるだろうと思えた。




