緊急警報
――『テレビ』。
かつて、『米』の旗を掲げた者たちが王国各地へと置いて行った摩訶不思議な板である。
これが映し出す様々な番組は、時に教養を与え、時に笑わせ、また時には涙を流させるものであったが……。
人々がこれを楽しむのは、陽が傾いてからが通例であった。
日が昇ると共に目覚め、それが沈みゆくまでに一日の仕事を終えるのが人々の営みというものであり、日中にだらだらと『テレビ』を眺める暇など存在しないからである。
正統ロンバルド側もそのことはよくよく承知しており、『じゅしん』というものが可能になったことを示すランプが点灯するのも夕方になってからであった。
その刻限になると、集会場や教会などに仕事を終えた人々が集い、天気予報から始まる各種の番組を楽しむのだ。
だが、その朝は例外であった。
『じゅしん』が可能になったことを示すランプが輝き……。
ばかりか、周囲一帯に騒音といってよい耳障りな音を響かせると、誰がいじったわけでもないのに画面を点灯させたのである。
「な、なんだあ!?」
『テレビ』が据え置かれるのは、人々が集まりやすい施設内と相場が決まっており、朝一番といえど周辺には誰がしかが存在するものだ。
そういった人々が騒音に導かれ、慌てて様子を見に行くと、いつの間にか起動していたテレビが一人の少女を大写しにしていた。
腰まで伸ばされた髪は、常に色彩を変化させながら光輝き……。
そのまばゆさとは対照的に、美しく整った顔は感情の感じられぬ無表情を貫いている。
身にまとっているのはアスル王らも好んで着用している制服で、体にぴちりと貼りつくような布地が完璧に整った体つきを強調していた。
――イヴ。
この、あまりに特徴的な姿をした少女の名を知らぬ者は、もはやロンバルド王国に存在すまい。
そのイヴが、画面越しにこちらを真っ直ぐ見つめ、まばたきひとつしないまま驚くべき言葉を口にしたのである。
『緊急警報を発令します。
定期観測により、王国各地に魔物の大量発生が確認されました。
詳細な地域に関しては追ってお伝えますが、テレビが没収されてない町村にお住まいの方はただちに仕事を終え、帰宅し固く戸を閉じてください。
また、現在テレビの近くにいてこの放送を見ている方は、これを知らぬ方々に急いで先の旨をお伝えください。
発生した魔物は一体一体が非常に強力であると予想され、その数も常の比ではありません。
戦士階級の方々は、くれぐれも早まって交戦しないようお願いします。
それでは、詳細な地域に関してお伝えします』
表情も声の調子も全く変えないまま驚くべき言葉を口にしたイヴが、各貴族領の名を次々と口にしていく……。
『テレビ』の前にいた人々が示した反応は、様々であったが……。
「――こうしちゃ、いられねえ!」
多くの場合、これまで神託じみた天候情報などを伝えてくれた『テレビ』から発された言葉を信じ、大急ぎで人々にそれを知らせに行ったのである。
だが、こうやって警報という形で魔物の発生を知れた人々は、幸運であったというべきであろう……。
此度の大発生は、あまりに唐突かつ迅速で、しかも、広範囲に分布しており……。
このような予兆を得られぬまま魔物と遭遇してしまい、帰らぬ人となった者の数は決して少なくなかったのだから……。
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王庁舎ビル最上階に存在する執務室……。
「来るべきものが、来たって感じだな……」
カミヤから送られてきた情報を空間投影式のディスプレイに表示させながら、俺はそうつぶやいた。
「来るべきものということは、マスターは今回の大発生を予見されていたのですか?」
傍らに立っていたイヴが、いつも通り無感情な顔のまま首をかしげる。
ちなみに、彼女は今現在も各地のテレビを通じて緊急警報を発令中であるが、それは発光型情報処理頭髪を通じて『マミヤ』が作り上げた合成映像だ。
便利な体してるね。
「いや、そこまで具体的に予期していたわけじゃないんだけどな……」
俺の補佐と緊急警報とで、絶賛二刀流状態の彼女にかぶりを振る。
「思えば、ここ最近は順調にすぎた。
全てが、上手くいきすぎていた。
変事というのは、そういう時にこそ起こる。必ず起こる。
祖父もビルク先生も、父上も、皆がそう言っていた。
だから、覚悟はしていた。していた、が……」
ディスプレイに表示されているのは、ロンバルド王国全土を詳細に記した地図だ。
そして、地図上に存在するおびただしい数の光点は、その全てが魔物……。
「あまりに多すぎる……!
範囲が広すぎる……!
唐突にも程がある……!
今朝、カミヤが定期観測するまで、これだけの数がしっぽすら掴ませなかっただと……!?」
先日、エルフ自治区を襲った魔物の大発生など、これに比べればかわいいものである。
何しろ、今回のそれは同規模の大量発生が、ロンバルド王国内のそこかしこで起こっているのだから……!
しかも、これには一見しただけで法則性が感じられるのだ。
「しかも、魔物が発生しているのはいずれもうちに対して好意的な姿勢を示している貴族領や、すでに同盟を締結済みのそれだ。
辺境伯領を含む正統ロンバルドそのものには、一切湧いてないのにな!
あまりに作為的だ……!
惑星に意思みたいのがあるってのは承知だが、ここまで的確にやってくるものかよ……!」
これでは……。
これでは、まるで……。
何者かが事細かく情報を収集し、それを元に魔物が湧いているみたいじゃないか……!
「ふぅー……」
額の血管が浮き上がっているのを自覚しながら、深く息を吐く。
落ち着け……こんな場所でわめいてみたところで、状況は何一つ好転しない。
「カミヤに関しては、いかがいたしますか?
勝手に魔物と交戦状態に入ったのは、明らかなスタンドプレーですが?
三大人型モジュールに関して秘匿するという、マスターの目論見もこれで破綻しました」
「いや、それに関してはナイスな判断だ。
奴がためらっていたら、俺が命じていただけのことだよ。
ロンバルド王国民の命は、何物にも代えがたい」
地図上に表示されている光点が、猛烈な勢いで数を減らしているのは奴の仕事によるものだ。
このまま任せれば、全てのせん滅なるか?
いや……。
「カミヤ、俺だ。
ひとまずそのまま、人の命が危うい所から順に片づけて行ってくれ。
だが、無理だけはしないように。
おそらくだが、お前単独でどうこうできる事態ではない」
『了解!』
携帯端末を通じてそう命じた俺に、カミヤが力強く応じて通話が終わる。
敵――そう、敵だ。敵と呼ぼう。
敵はカミヤの戦力など百も承知だろう。
任せっきりで事態が解決するとは思えない。
ひとまずの対処療法を決定した俺は、立ち上がると共にイヴへこう命じたのである。
「修羅やモヒカンたちはいつでも出撃できるよう待機!
ベルクにも、兵の動員準備を俺から頼んでおく!
皇国に潜入中のルジャカたちも引き上げさせろ!
……『マミヤ』に、緊急対策本部を置く!」
「イエス」
俺の命令を聞いたイヴが、万色の髪をいつも以上に輝かせ各所へ連絡を取り始めた。
どうやら、眠れない夜が続くことになりそうだ……。
次回は文字数が少ないため翌日更新です。




