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順調なる練兵

 領土の多くを豊かな森林地帯が占めるハーキン辺境伯領であるが、当然ながら、全ての土地が森林で覆われているわけではなく、中には平野部も存在する。


 とりわけ、戦士の平原と名付けられたその一帯は有名な地であり、辺境伯領の騎士たちは日々、ここで腕を磨いていた。

 それというのも、この平原が街道及びイルナ河から程よく距離が離れているためで、どれだけ騎士たちが暴れても、主要産業たる木材の陸上・河川輸送に迷惑をかけぬからである。


 季節は冬……年を越えてひと月ほどたつ今は、体を動かすには到底向かぬ時期だが、常備兵たる騎士たちにそのようなことは関係ない。

 むしろ、おそらくは麦の収穫期を迎えてからになるだろう旧ロンバルド王国との決戦に備え、ますますその調練は激しさを増していたのだ。


 とはいえ、その訓練風景は旧来のものとは大きく異なる。

 理由は、語るまでもない。

 ……『マミヤ』からもたらされた、各種装備の存在だ。


 従来通り剣や槍を用いた訓練や、馬術の訓練なども存在しないわけではないが……どうしても、優先度は落ちることになる。

 それよりは、ブラスターライフルという強力無比な飛び道具や、ジープなど各種乗り物の扱いに習熟することこそが今、騎士たちに求められているのだ。


「第三隊、命中率が低すぎる!

 走り込みが足らんから、すぐ疲れて狙いが甘くなるのだ!

 貴様らは今日一日、運動場を走り続けておけ!」


 甲虫型飛翔機(ブルーム)にまたがり、上空から望遠鏡で射撃訓練の状況を見ていたベルク辺境伯の怒声が、乗機に備わった拡声機能を通じて地上に響き渡る。

 短距離走からの即時射撃を繰り返す訓練に挑んでいた第三隊は、その言葉に悔しさをこらえながら運動場へ走り去っていった。


 銃器そのものの高性能さもあり、ただ静止して的を撃つだけならばそう難しくはないブラスターライフルだが、それだけでは通じないのが実戦というものの奥深さである。

 現状を思えば、辺境伯領の騎士こそが正統ロンバルドの主力に他ならず、彼らに求められる射撃能力は極めて高度なものであった。


「ヒャハー! ちょいと悪路になったくらいでタイヤを取られるんじゃねえ!

 皮膚の感覚を、そのまま車全体にまで引き延ばして感じるようにしやがれ!」


 急こう配あり、ぬかるみあり……。

 キートンの手により、バラエティ溢れるセッティングがなされた自動車教習場で指導を行うのは、オーガに選りすぐられたモヒカンたちである。

 その指導は――苛烈!

 それもそのはずで、人口大河の工事などに従事する人夫たちとは異なり、彼らが車両を操ることになるのは舗装のほの字もない土地になるのだから、より厳しい指導になるのは当然なのだ。


 まるで生まれた時から触れてきたかのようにバイクやジープを操るモヒカンたちにどやされながら、騎士たちは歯を食いしばりながらハンドルを握っていた。


 そのように、古代技術を使いこなすためのプログラムが充実させられている一方で……。

 それと同等に力を入れられている、従来通りの訓練も存在する。

 他でもない……大盾の扱いだ。


「ようし! お前たち! しっかり構えろ!」


 この平原における紅一点――エルフ自治区長の娘エンテが号令すると、旧来通りの密集体系を取った騎士たちが大盾を構える。


「よし! いいぞ! 放て!」


 エンテが合図すると、70メートルばかりの距離を置いて布陣していたエルフ隊の勇士たちが一斉に矢を放った。

 さすがは、弓に関して並ぶものなき種族の戦士たち……。

 矢継ぎ早とはよく言ったもので、上空から雨あられのように矢が降り注いでいく。

 それらは、ゴムで先端部を固められているが、だからといって喰らえば無傷で済むものではない。


 騎士たちは、必死に盾を構えたが……。


「――ぐっ!?」


 その内一人が、盾同士の隙間を縫った矢に腕を射られた。


「盾と盾の重ね方が甘いからそうなるんだ!

 せっかく、『マミヤ』製のコーティング剤を塗って強度を上げていても、それじゃ宝の持ち腐れだぞ!

 本番じゃ、これどころじゃない量の矢と魔術が降り注ぐんだからな!」


 仕損じた騎士に対して、エンテの叱咤が飛ぶ。


「傷があるなら後で治してやる!

 第二射! 構えろ!」


 そしてにわかな鬼教官と化したエルフ少女は、休む間も与えず再び矢の雨を降らせたのであった。


 『マミヤ』製の装備があるというのに、旧態依然とした大盾の扱いを訓練する理由……。

 それは敵軍の主たる火力が、弓矢や魔術であるからだった。

 確かに、ブラスターライフルの射程と火力は圧倒的であるが……。

 彼我(ひが)の兵数差を思えば、一切攻撃を受けずに完封するなどというのは夢物語であろう。


 ブラスターを優先した結果、バンホーたちが使っているアーマーの生産は追い付かぬ以上、やはり役に立つのは古来より用いられてきた盾を除いて他にない。

 しかも、それらは『マミヤ』製のコーティング剤で塗り固められており、矢や魔術どころか、ブラスタービームに対してすらある程度の防御能力を獲得するに至っているのだ。


 後は、技量の向上あるのみ……。

 騎士たちは、重たい盾を必死に保持し、降り注ぐ矢の雨に耐え続けたのである。




--




「やっているな」


 今日は生身で甲虫型飛翔機(ブルーム)にまたがった俺は、上空で同じようにそれを乗りこなすベルクにそう声をかけた。


「まだまだ、武器や乗り物に振り回されているというところだがな……。

 バンホーたちサムライ衆やモヒカンたちは、よくもまあすぐにあれらを扱いこなせたものだ」


「バンホーたちは、あれで元々獣人国の精鋭たちだからな。

 モヒカンたちに関しては……うん……なんでだろう?」


 投げかけられた素朴な疑問に対し、速攻で考えることをやめた俺は眼下の景色を見やる。

 この平原で、最も大きな面積を占めている運動場……。

 キートンが整備したそこで基礎的な走り込みや筋トレに励んでいるのは、騎士たちじゃない。

 辺境伯領で広く募った、志願兵たちである。


 ――せっかく手に入れた豊かな暮らしを奪われてなるものか!


 食う物に困らぬ暮らしを知った彼らの熱意は、なかなかのものであったが……。

 しかし、悲しいかな。そこはつい先日までの一般人。

 まだまだ基礎的な体力が足りておらず、もっぱら基礎体力作りに従事させられていた。

 (いくさ)で必要とされる身体能力は、どれだけクワやオノを振るっていても養われるものではないのである。


「さて、彼ら志願兵がブラスターを握れるようになるのはいつくらいかな……」


「この冬が勝負だな。

 ただでさえ、数ではるかに劣るのだ。

 それをくつがえすためには、質をとことんまで高めねばならぬ。

 どれだけ優れた武器があろうと、扱う者が……なんだったか? 豆を暗いところで育てたあの野菜」


「モヤシか?」


「そう、そのモヤシのようでは話にならん」


 厳しい顔をしたベルクが、眼下の志願兵もといモヤシ兵たちを眺めた。


「まあ、訓練は見ての通りな厳しさだし、食い物はしっかりと食わせている。

 否が応でも、体力はつくだろうさ」


「後は、士気だな。

 テレビを使って訓練風景など流せれば、より士気も高まろうというものだが……」


「あー、それやるとブラスターとかが映っちまうからな」


 ベルクの提案に、難色を示す。

 旧ロンバルドに対し、俺は徹底的にブラスターの能力を秘匿している。

 状況が状況だったので教皇へ会いに行った時、ブツだけは見せているが……あれで真の能力を察知できる者など存在しないだろう。


 ついでに、カミヤたちロボット組の存在も秘匿しているが……それは正統ロンバルドの生産能力を隠すためである。

 対人戦闘は不可能な彼らであるが、その気になれば一夜で何もない場所に一大拠点を築くことも可能だ。

 それを知られていないことは、アドバンテージになりうるだろう。

 ……ブタの一件でいくらかこっちの貨幣が流出してるはずだけど、親父たち、金貨に彫られたキートンを見て首かしげてるだろうな。


「まあ、とりあえず現状は順調だな」


「ああ、少なくとも騎士たちに関しては、『マミヤ』製の装備をものにしてくれるだろう」


 俺の言葉に、ベルクがうなずく。


 ――順調。


 ……そう、順調だ。

 きたるべき戦いに備え、俺たちは着々と準備を進めつつあった。

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