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幸福な奴隷 1

 甲虫型飛翔機(ブルーム)で全体を俯瞰(ふかん)した際にも思ったが……。

 ファイン皇国の皇都リパ――この街は、異常だ。


 裏通りの一本一本に至るまで石畳で舗装している点といい、完備された上下水道といい、動線というものを考え抜かれた区画配置といい……全てが、際立っている。

 旧ロンバルド(うち)の王都フィングに下水道が存在しないことを考えると、この街がどれだけすさまじいか理解できるだろう。


 しかも、この街は正統ロンバルドの王都ビルクのように、一から造り上げたわけではない。

 かつての名前は、王都リパ。

 ファインがまだ王国だった時代から人が住んでいた中枢都市であり、現皇帝はわずか一代でその大改造を断行・成し遂げたというわけだ。


 いやはや、スケールが大き過ぎて想像もつかない。

 一体、どれほどのカリスマ性と指導力があれば、それを可能にできるというのだろうか。

 もちろん、ある程度は既存のものを流用しているのだろうが……すでに大勢の人が住んでいる街を丸ごと造り替えるなんざ、できるもんじゃないぞ。積み木のおもちゃじゃあるまいし。


 住民たちの豊かさも、他国とは隔絶したものがある。

 何しろ、彼ら彼女らの着ている衣服……ツギハギというものが見当たらないからな。

 旧ロンバルド王国を例として出すと、衣服というのは一種の財産だ。

 一張羅(いっちょうら)とはよく言ったもので、普通、修繕に修繕を重ねて同じ服を長く着続けていくものなのである。


 ファッションを楽しむなどというのは、上流階級の特権というわけだな。

 つまり……このリパに住んでいる者たちは、いずれもが旧ロンバルド上流階級に匹敵する豊かな生活を送っているわけだ。


 あえて、この街にケチを付ける点があるとするならば、それは……。


「……いくらなんでも、あまりに活気がないな。

 とでもじゃないが、新年を迎えて間がない巨大国家の首都とは思えん」


 常ならば、多くの人間が(いこ)いを求めて集うのだろう噴水広場……。

 噴水のへりに腰かけながら、俺は率直な感想を漏らした。


「は、よく言うぜ?

 実行した俺が言うのもなんだが、あんたが仕掛けてこうなったんだろうが?」


「第一皇子に続き、第三皇子までが不審死……。

 しかも、その首謀者と目される第二皇子は密かに逃亡してしまっているわけですから、政治的混乱はいまだ収まりがつきません。

 しかも、各占領地を治める皇族たちはいずれもが独立の姿勢を示しており、そこからの物流が途絶えているわけですから……。

 商売人たちも、売るものが無く困っているようですよ」


 同じく噴水に腰かけた辺境伯領一腕の立つ殺し屋とルジャカが、口々にそう言い放つ。

 二人とも、皇国風の装束というものを見事に着こなしていた。

 俺が今着ている服も、彼らの意見を聞きつつメタルアスルの機能で生み出したものだし、すっかり皇都に馴染んでいるな。

 殺し屋は元々そういう商売だから当然として、消去法で選抜したルジャカにまでこういった仕事の適性があったのは意外だった。


 その二人に加え、にわかな皇国男と化した俺とで男三人、仲良く一休みしているわけだが……。

 道中に見た光景を、思い起こす。


 目抜き通りに立ち並ぶ店は閉まっているか、開いていたとしても品揃えが貧弱なことこの上なく……。

 道行く人々は身なりの良さに反して、どこか陰りが感じられた。


 そもそも、この噴水広場だって本来ならば人々が集って談笑を楽しみ、子供たちははしゃぎ回り、芸人や吟遊詩人たちがひと稼ぎを狙って芸を披露しているはずである。

 今は閑散として静寂……。

 美しいはずの噴水が、今はかえって寒々しさを増す結果となっていた。


 反面、教会や聖堂は祈りを捧げに参じる人々で賑わってしまっているのだから、いやはや、これは……。


「……国家としての関節が、根こそぎ外れちまってるねえ。

 いや、殺し屋の言う通り、引き金を引いたのは俺だけどさ?

 まさか、ここまで混乱が大きくなるとは思わなかったぜ。なんで第三皇子さんまで死んでんの?」


「私たちなりに情報収集はしてみましたが、しょせんは市井(しせい)の噂話程度……。

 真相に関しては、推測するしかありませぬ」


 俺の言葉へ、ルジャカは申し訳なさそうに……。


「噂話通り、逃亡中の第二皇子が下手人なのか、それとも他の人間がそいつを隠れ蓑にして()っちまったのか……。

 あんたはさっき、関節が外れたって表現したけどな?

 元からガタがきてなきゃ、そんなもんそうそう外れやしねえさ」


 辺境伯領一腕の立つ殺し屋の方は、肩をすくめながら答えてみせた。


「隠れていた病巣が明らかになったってことか。

 まあ、だからといって、俺の責任と罪悪感が消えるわけでもないけどな」


 そう言って、空を仰ぐ。

 ワム女史率いる軍勢は、もっかのところ破竹の勢いで進撃を続けている。

 おそらく、旧レイド王国一帯はそう時間をかけず彼女の手中に収まり、そのことはいずれこの本国にも伝わることだろう。


 当然ながら、その過程で各地方の総督たちにも伝わるはずだ。

 そうなれば、牙を研ぎ澄ませている彼らがどう動くか……。

 どう転ぶかは分からないが、今以上の混乱が巻き起こることは想像に(かた)くない。


「それで、あんたははるばる皇都まで何しに来たんだ?

 貴重なメタルアスルを使ってるんだ……携帯端末の通信で済む話をしに来ただけじゃあないだろう?」


「殺し屋殿、不敬ですよ」


 咎めようとするルジャカを、手で制する。


「ちなみにだが、お前は俺が何をしに来たと思う?」


「ろくでもないこと」


「ふ、ふふ……」


 きっぱりと返されたその言葉に、思わず肩を震わせた。


「いや、こうもハッキリ言い当てられちまうと、笑うしかないな。

 そう、俺は今回、ろくでもないことをしに来たのさ。

 ひどく邪悪で、本来なら一切する必要のないことをな」


「陛下、それは一体……?」


 ルジャカの言葉には答えず、()()を見上げる。

 この街にいたならば、どこからでも見上げることのできる巨大建造物……。

 ファイン皇族の権威というものを、そのまま形にしたかのようなそれを……。


「陛下、城を見上げて何を……まさか!?」


「おいおい、ずいぶんと大胆なこと考えるじゃねえか?

 目的は殺しか? それとも何かお宝でも盗もうってのか?」


 驚いた顔をするルジャカと、面白そうに笑う殺し屋へ、果たしてどう答えたものかと思案する。

 しばし考えて出てきた言葉は、ひどくありきたりなものだった。


「世間話、さ。

 俺という人間の好奇心を満たすための、ちょっとした世間話だ」


 見上げた皇城のどこかで、話をするべき人物は病に伏せっているはずだ。

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