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年明けの進軍

 元獣人国地方……。


 ――いや。


 ()獣人国地方と旧レイド王国地方との領境(りょうきょう)は険しい山々に囲まれた峡谷地帯であり、冬の今時分……それも、夜が明けるか開けないかという刻限となると、山々の間を駆け抜けてきた寒風が身を凍らせる極寒地獄のごとき様相を呈する。


 しかも、今日の日付けは一月一日……すなわち年を越した初日であった。

 常識的に考えるならば、このような日の明け方に大軍を動員するなど正気のことではない。

 ゆえに、この軍を率いる元総督――ワム・ノイテビルク・ファインはこれを断行した。


 誰もが、それだけはありえないだろうと考える常識。

 そこにこそ、必勝を期するスキが生まれることを、麗しき総指揮官はよくよくわきまえていたのである。


 とはいえ、通常ならばこのような状況下での行軍など、不可能である。

 いかに指揮官が(げき)を飛ばそうとも、兵たちとて人間だ。

 新年を迎えてすぐ……それも、極寒地獄の中を歩くなど、できるものではない。


 それを可能としたのが、正統ロンバルドの手厚い支援である。

 まずは、衣服……。

 視察の際、遠目から外観を見せてもらうに留まった『マミヤ』内部のファクトリーなる力を使い、ワム軍には既存の冬服とは比べ物にならないほど保温性の高い軍服が支給されていた。


 果たして、いかなる素材をどう用いているのか……。

 それらは身動きの邪魔にならない程度の厚みでありながら、峡谷地帯の寒風を一切通さず、しかも、下地として着用する薄手の衣服はただ暖かいばかりか、体を動かす際に発生する摩擦を使い熱を生み出してくれるのだ。

 帽子や手袋も同様の素材で作成されており、靴に至っては頑強さといい踏破性といい、ただ歩くだけでうっとりとしてしまうほどの逸品である。


 ――本当は、金を回すために紡績(ぼうせき)工場が完成してから生産したいんだけどな。


 そう渋るアスル王に、多額の謝礼を支払っただけの甲斐(かい)はあると言えるだろう。


 次に、兵糧……。

 これは事前の約束通り無償で提供してくれた食糧は、いずれも兵たちに大好評であり、士気を維持する上で大きく役立ってくれた。

 特に、お湯を注ぐだけで熱々の麺とスープが楽しめるカップ麺の効能たるや絶大であり、極寒の峡谷地帯を歩む兵たちにとっては、最高の燃料になったと言えるだろう。


 こういった手厚い支援がなければ此度(こたび)の軍事行動は不可能であっただろうが、それ以外にも、これを可能にしたある大きな理由が存在した。

 他でもない……。

 ワム軍の大多数を占める兵たち――レイド人の存在である。


 本来、レイドから連れて来た兵というものは、志願兵であるにも関わらず、百集まれば数として見込めるかどうかという程度の質でしかない。

 それは侵略国家たるファイン皇国の限界というものであり、いかに市民権などの飴をちらつかせようとも、人の忠誠というものは容易に得られるものではないのだ。


 だが、今回ばかりは話がちがう。

 なんとなれば、彼らレイド出身兵にとって、今回の戦いは祖国救済のそれに他ならないからである。

 獣人たちに対しては苛烈と言うべき差別姿勢を見せてきたレイド人たちであるが、それは、裏を返せば自分たちもまた大国に隷属(れいぞく)する立場であるという現実への鬱憤(うっぷん)払いに他ならない。


 それを、払しょくする機会が得られた。

 ワムは兵たちに対し、皇国救済がかなったゆくゆくには、獣人国と同様の独立を認める(むね)周知させてある。

 獣人たち相手には徹底的に打ち負かされ、独立を勝ち取られた形のレイド出身兵たちであるが、今度は自分たちが同じことをできる番になったわけだ。


 心に燃え上がった炎は正統ロンバルドの支援を受けて心身に熱を与え、本来不可能な行軍を可能としたのである。


 かような要因が重なり、レイド出身兵たちが力強く祖国への歩みを進める一方……。


「おお……さぶ……。

 こう寒いと、体を動かせる分、行軍してた方がマシだったかもしれぬな」


 総指揮官たるワムを含むファイン出身者たちの大半は、領境(りょうきょう)の入り口部分にて陣を築き待機していた。

 これなる一軍の役割は、輜重(しちょう)である。

 兵糧を始めとする軍事物資の運搬は当然として、今は極寒の行軍で馬たちが消耗してしまわぬよう、これを一手に管理してもいた。


「この刻限に峡谷を歩かせれば寒さで消耗するため、馬は用いれません。

 脚が太くなってもかまわないというのであれば、かまいませんが?」


 隣で焚き火に当たっていた肌黒の女エルフ――ヨナが、気温以上に冷ややかな眼差しを主に向ける。


「正統ロンバルドから買い入れた冬服のおかげで寒さはだいぶマシですし、こうして焚き火に当たることもできています。

 贅沢は言わない方がよろしいかと」


「そうではあるのだがな……。

 やはり、前線で指揮を執らぬ戦いというのは落ち着かぬものよ。

 戦いの中に身を投じれば、薄手の服一枚でも寒さを感じぬものなのだが、な」


「今回ばかりは、ギルモア卿に手柄を譲られませんと。

 何しろ、ノウミ奪還からここまで、あの方は良い目を見れていませんから……」


「そのギルモアは、予定ならそろそろ到着するはずなのだが――お!?」


 会話の最中、ワムの懐から軽快な旋律が流れ出し、美しき総指揮官はそれ――携帯端末を取り出す。

 そして、手がかじかんでしまっているためというよりは、単純に操作へ慣れていないためややもたついた手つきで受信のボタンを押した。


「うむ、あたしだ。

 ふむ……ふむ……よし、手はず通りに全てを進行せよ。

 ああ、向こうが出してきた使者にはこう言って返してやれ。

 『ハッピーニューイヤー』とな」


 またもやもたついた手つきで通話を終え、携帯端末をしまい直す。


「今、ギルモアから領境(りょうきょう)の砦へ到達したと連絡が入った。

 まったく、この携帯端末というのは便利極まりないな。

 遠方にいながらも、最前線の状況が手に取るように分かる」


「そして、正統ロンバルドから渡されたものはそれだけではありません……」


「うむ」


 腹心たる女エルフの言葉に、ワムは両の瞳をきらりと光らせた。


「ブラスターライフル……プラズマボム……果たして、これらで武装した兵たちはどれほどの戦果を発揮してくれるかな?

 それを知る意味もあり、指揮者以外の魔法騎士は温存したのだ。

 ギルモアには、せいぜい上手くやってもらわねばな」


 口ではそう言ってみせたが……。

 ワムの表情からは、不安な様子など一切感じ取れなかった。


 そして事実、正午を迎える前には携帯端末が鳴り、領境(りょうきょう)の砦が陥落した(むね)を伝えてきたのである。

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