祝福の夜 後編
正統ロンバルドの王都ビルク……。
国王アスルが亡き師から名を取ったこの街へ主に住まうのは、各種工場に務める者たちや農地開発に従事する者たちである。
その出自はといえば、実に様々……。
抽選に当たり住民権を勝ち取った寒村の五男坊もいれば、諸条件と引き換えに身請けされた奴隷などもいた。
背景こそ異なる彼ら彼女らがこの街に対して抱く共通の感想はといえば、これは、
――天の国。
……と、いうことになるだろう。
まずは、住居。
工法の容易さから大半の住人はプレハブ式長屋に住んでいるが、隙間風一つない住居というのは、大半の人間にとって初の体験である。
しかも、各家にはデンキという力を用いた各種の調度が備わっており、火を使わずに明かりや暖を得る暮らしというのは快適のひと言であり、もはや元の生活へは戻れそうもない。
続いては、食。
季節も何もかも無視した各種の農産物や、豊富な魚介類に安価な卵と鶏肉……。
毎日、何を食べるか悩める生活というのは、身体の健康のみならず心まで健やかにするものであると、住民たちは思い知っていた。
最後は、衣……。
こればかりは、住民たちが持ち込んだ品々に頼っており、他の町や村と比べて差があるというものではない。
しかし、それは今現在の話……。
建設中の紡績工場が完成し稼働すれば、要職に携わる人々が着ている制服のように見事な衣服が流れるらしい。
しかも、その工場には女工を優先する予定であり、新たな住民の募集を始めているというのだから、食も住も満たされ色々とたぎるもののある男児たちは密かに浮き立っていた。
それにしても、モヒカンや修羅たちの乗り物に使われている油が衣服の材料になるというのだから、古代の技術は不思議と言うしかない。
そのように、快適な生活を送れる王都ビルクであるから、アスル王の予想と裏腹に故郷へのクリスマス帰郷を求める者は少数派であった。
地下リニアやトラックを用いたモヒカン便があっても、旅というのはなかなか大変なものだ。
いかにクリスマスは家族で過ごすものと言っても、そんな思いをするくらいなら、ビルクでぬくぬく過ごしたいと考える者が多かったのである。
また、これには王と住民たちとに考え方のちがいもあった。
人々にとって、住む町や村を変えるというのは、基本的に今生の別れを意味する。
甲虫型飛翔機や地下リニア、さらにはメタルアスルを駆使する王は感覚がマヒしてしまっているが、一般庶民にとって住む場所を変えるというのはそれほどまでに大事なのだ。
そのようなわけで……。
故郷の家族を想いつつも、古代の技術を用いた酒や伝統のピッグ・イン・ブランケットを楽しんでいた住民たちに、ちょっとした催しが開かれた。
その催しというのは、他でもない……。
ビルクやブームタウンの住民たちにのみ存在を公開されている三大人型モジュールによる、空中ショーである。
『みんな! メリークリスマス!』
『今夜はオレ様たちがサンタ役だ!』
『大いに楽しんでくれ!』
各部の関節を器用に折り畳んだトクが、ソリっぽい土台を務め……。
そこから極太のロープでつながったキートンが、自作した角の取りついた頭を振り回す。
トクの背には、これまた自作のヒゲを装着したカミヤがまたがる……というより両脚でトクをがっしりと挟み込んでおり、地上の住民たちに向け大きく腕を振るっていた。
浮遊力及び推進力は、キートンの足裏に備わったプラズマ・ジェットとカミヤのウィングマント……。
あまりといえば、あまりに異形のサンタクロース……。
しかし、人ならぬ身の者たちが心を尽くしたその姿は大いに受け、ビルクの住民たちは湧き立ったのだった。
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クリスマスというのは、愛する家族と共に過ごすものであり、それは庶民も貴人も変わらない。
ゆえに、ロンバルド王国における貴人中の貴人――第一王子カール・ロンバルドもまた、この夜は愛する妻と九歳になる娘と共に食卓を囲んでいた。
このところ、カールは賊へ堕ちた元弟王子の動きに対応するため、国内有力貴族との会食や夜会などに連日出席しており、親子三人での食事というのは実に久々である。
亡き妻を偲ぶ第二王子はともかくとして、初孫がかわいくて仕方ない父王グスタフですら同席を遠慮したのは、当然のことと言えるだろう。
「どうだ、コルナ? 美味しいか?」
ロンバルド王国におけるクリスマスの伝統料理――ピッグ・イン・ブランケットを食した愛娘に、そう問いかける。
「はい、とっても……」
愛する娘……コルナ・ロンバルドは、九歳とは思えぬほど見事な食事作法でこれを口に入れながら、父にそう答えてみせた。
いや、九歳と思えぬのは食事作法のみではない。
その、美貌もである。
歴代王族でも屈指と言われる色男のカールであり、妻もまた王国に二人といないと言われるほどの美女だ。
両者の血を受け継いだコルナもまた、この年代の少女に特有なやわらかさを宿しつつも、スゴ味すら感じる美しさを開花させつつあった。
「身分の上下を問わず、聖なる夜にこのような美味しい料理を頂ける……。
そのような国に生まれたことを、コルナは嬉しく思います」
娘の言葉に、思わず妻と目を見合わせる。
コルナの言葉は歯切れというものも良く、まるで舞台役者が口にするセリフのごときであった。
「はっは……。
ずいぶんと背伸びしたことを言えるようになったではないか?
父は少しばかり驚いてしまったぞ?」
「いつまでも、一緒でなければ寝られないなどとワガママは言えないと気づけたのです。
お父様、お母様。
区切りとするには良き日ですし、コルナは今夜を最後に寝所を別にしたいと願います」
その言葉に、またも妻と顔を見合わせる。
――子供の成長というのは、常に不意打ちで感じるものだ。
いつだか、父王はそう語ってみせたものだったが……。
どうやら、まさに今がその時であるらしい。
そして、娘がそうなったのは、忙しくしている自分を気づかってのことにちがいないと、親の贔屓目も含め考えたのである。
正直、寂しい気持ちはあるが……。
「……分かった。
お前もそろそろ年頃だ。
自分の部屋というものも必要だろう」
子の成長を止めることなどあってはならぬことと、そう答えたのであった。
「ありがとうございます。お父様。
それと、クリスマスの贈り物ということで……。
つたないながらも、絵を描かせて頂きました」
「ほう?」
その言葉に、驚きの声を上げる。
妻も驚いていることから、どうやらこれは密かに用意してくれていたらしい。
「ここに、例の物を」
コルナが呼び鈴をチリリと鳴らし、室外へ控えている侍女を呼びつける。
すると、コルナ付きの侍女が額縁に入った絵を持参して入室してきた。
だが、その表情は……ひどく、微妙なものだ。
――まあ、しょせんは九歳の子供が描いたもの。
――出来はともかく、その心意気を大いに褒めてやらねばな。
侍女の顔をそう解釈し、掲げられた絵を鑑賞してみる。
しかし、これは……。
てっきり、父や母……あるいは自分自身を含めた家族の絵か何かだろうと思っていた。
だが、そこに描かれていたのは八本足の巨大なワニが、町や人々を蹂躙している光景だったのだ。
しかも、色彩といい筆使いといい、九歳の子供が描いたとは思えぬ精緻なものだったのである。
「コルナ、これは一体……?」
「ふふ……ある日に見た、夢の光景を絵にしました。
そう、ただの夢でしかなかった光景を……」
これは、子供らしい突飛な発想の表れであろうか……。
反応に困る第一王子夫妻を前に、コルナはコロコロと笑ってみせたのであった。




