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祝福の夜 前編

 クリスマスを目前にしてから年越し後の十日ほど先まで、ロンバルド王国はクマの冬眠期がごとき状態になる。

 言うまでもなく、それは愛する人々と聖なる夜を祝い、その後もしばらくはゆったりと過ごすためだ。


 農民から騎士に至るまでその想いは全員一緒なものだから、この時期になると店という店は閉まり、誰も彼もが働くことをやめてしまう。

 もちろん、畜産や治安維持に携わる人々はその限りじゃないし、親愛なる教皇猊下(げいか)たちにとっては一年で最も忙しい時期となるわけだが、少数の例外ばかり見ていても仕方がないだろう。


 我が正統ロンバルドにおいても、当然ながらその伝統は受け継いでいくつもりだ。

 具体的に言うと、人工大河工事など各種国営事業に携わる労働者たちには休暇を言い渡し、希望者はモヒカン便などを使って故郷に帰してやっている。


 それは、ジャンとサシャを含む外遊チームも同じだ。

 というか、この時期に外遊なんぞしたら先方にとっても迷惑でしかないので、これは当然のことと言えるだろう。

 今頃、赤毛の姉弟は故郷の村でちょっとした英雄扱いを受けているにちがいない。

 特にリポーターを務めるサシャは、もはやロンバルドで一、二を争うほどの有名人だからな。

 時期が時期だし、結婚の申し込みとか受けてたりしてな。はは。

 保護者として断ったが、外遊先でもいくつかそんな話を切り出されたし。


 で……。

 正統ロンバルドの元締めたる俺はどうしているかというと、今、久々に獣人国はラトラの都を生身で訪れていた。

 そう、生身だ。

 メタルアスルは使っていない。

 それでは意味がないからである。


「それじゃあ、乾杯」


「はい、乾杯です」


 年始へ予定しているちょっとしたイベントに備え、皇国人の退去も済んでいるノイテビルク城……。

 俺とウルカにあてがわれた部屋の中で、俺たち夫婦はグラスを掲げていた。

 俺のグラスに入っているのはワインであり、ウルカのグラスに注がれているのはジュースである。

 まあ、共に酒を楽しむのはもう少し先の日だな。


 以前はワム女史が私室として使用していたという部屋は、持ち込まれた獣人国様式の調度品で染め直されており、元々が皇国様式の建築なだけあって、なかなかに混沌とした有様である。

 そして、余人を排した食卓の上に並ぶのは――ロンバルド王国料理の数々だ。

 もちろん、ピッグ・イン・ブランケットも山積みとなっている。

 クッキングモヒカンが腕によりをかけて調理し、俺がここへ持ち込んだのだ。


「これが、アスル様を腐心させるきっかけとなったお料理なのですね。

 うん……とても力強いお味の肉料理です」


「ああ……俺は『死の大地』を放浪してたから、本当に久しぶりに味わう。

 やっぱり、この味だ……。

 これを食べないと、クリスマスは始まらない」


 伝統料理を共に味わい、ほほ笑み合った。

 これで、愛を語り合ったりできれば最高なのだが……。

 そこは、お互い立場のある身だ。

 年始のイベントへ備えなければならないこともあり、どうしても事務的できな臭い話題に終始してしまう。

 ……彼女がお酒を飲める年齢となる頃には、もう少し雰囲気のあるクリスマスを楽しめるだろうか。


 いや……ロマンチックはここからだな。


「さて……先日の騒動で話した、君へのプレゼントなんだが……」


 話が一区切りしたところで、俺は本日の本題を口にする。


「ここに、用意してある。

 ……どうか開けて欲しい」


 懐へ入れておくには少々かさばる物なので、持ち込んだ荷物袋からそれを取り出す。

 プレゼントは、選び抜いた鹿の皮で厳重に包装されていた。


「はい……!

 ふふ、実はあの日からこの時を心待ちにしておりました」


 両手へ収まるくらいの平たいそれを受け取り、ウルカが心からの笑みを浮かべてみせる。

 うん、耳と尻尾がふりふりとしていて大変かわいらしい。

 そして、ウルカが丁寧に包装を紐解いた。


「これは……!」


 その顔が、驚きの色に染まる。


「写真立て、という道具だ」


 これなる品の名を知らないウルカへ、ささやくように教えてあげる。


「ソアンさんに紹介してもらった木工職人の指導を受けながら、シロツメクサをイメージした意匠で作り上げた。

 少しばかりつたない仕上がりなのは、許して欲しい」


 口ではそう言ったが、実のところはかなりの自信作だ。

 さすがは一流の職人。当然ながら写真立てなんぞ作った経験はないが、額縁のようなものと素人の俺を見事に導いてくれた。

 さすがにガラス板は『マミヤ』のマテリアルプリンターで作成したが、そのくらいは見逃してもらいたい。


「………………っ!?」


 だが、彼女が感極まった顔で見つめているのは、どうやら自作したフレームの方ではないようだった。

 まあ、それは当然のことだろう。

 写真立てであるからには、主役となるのはあくまでそこに収められた写真。

 果たして、この写真立てに収められていたのは……。


「わたしたちが、結婚した時の……」


「そう。

 『マミヤ』のライブラリに残されていたものを、プリントしたんだ」


 写真の中では、着慣れていない『マミヤ』製制服に身を包んだ俺と、薄く粗末なコソデ姿のウルカとが、緊張した顔でビニールシートに鎮座していた。

 背後に存在するのは、キートンが自己紹介がてらに作り上げた湖とリンゴの樹……。

 はは、この時の俺、髪はボサボサの伸び放題だし、ヒゲも生えてるや。


「本当なら、お互いに身なりを整えてる状態の写真が良かったかもしれないけどな……。

 やっぱり、出会ったその時の思い出を大事にしたかった」


「はい……!」


「実は、自分用にも同じものを用意してある。

 俺はそれを、王庁舎ビルの執務室に飾るつもりだ。

 年始に予定している例の件もあるし、これから先、しばらくは夫婦別行動の状態が続くだろう。

 でも、俺の心は常に君と共にあるよ」


「はい……!」


 俺の言葉に、ウルカがいちいちうなずいてみせる。

 その瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。


「はは、先日の一件でもそうだったが……。

 君は案外、涙もろいところがあるんだな?」


「……もう!

 アスル様が、泣かせているんです!」


 俺の言葉に、ウルカがすねた様子でそっぽを向いてみせる。

 そうしていながらも、尻尾はぶんぶんと振るわれているのがたまらず愛しく感じられた。


「なら、これ以上泣かせてしまわないようにこの言葉は取っておこうかな」


 俺の言葉に、ぴくりと実を震わせたウルカっが素早くこちらを振り向く。

 そして、見上げるような目線を俺に向けてみせた。


「……ってくださいまし」


「ん? なんだい?」


「言ってくださいまし!」


 はは、イジワルするのもなかなか楽しいが、ここら辺が潮時だな。

 俺は真面目な顔となって、ウルカと向き直る。


「ウルカ……愛してる」


「わたしも、アスル様を愛してます」


 ――メリークリスマス!

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― 新着の感想 ―
[一言] アスルとウルカの愛の結晶が産まれ、育ち、その次代迄物語が読めます様に。
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