真(チェンジ!!)下駄 貧乳最後の日 6
「――うおっ!?」
知らないおっさんの声が聞こえた次の瞬間……。
俺が素早く飛びすさったのは、致し方のないことであったろう。
なぜならば、それまで誰もいなかったウルカの隣……。
そこに、白衣を着た見知らぬおじさんが突如として姿を現わしたのだから。
「シオトメ博士!? 消滅したはずでは!?」
ゲタ履きのおじさんを見たウルカが、驚きの声を上げる。
どうやら、彼女にとっては既知の人物であるらしい。
いや、シオトメ博士なる人物を知っているのはウルカだけではない……。
「『マミヤ』からの警告を確認。
そこにいるのは、かつて植民船団の科学大臣を務めた人物。シオトメ博士です。
おそらく、その下駄に疑似人格を残し、立体映像を投影しているのだと思われます」
博士の姿を見たイヴが、淡々とそう告げる。
「そうとも……。
改良種のお嬢さんには説明していなかったがね。
私は『マミヤ』のメインコンピュータ内とは別に、その真・下駄にも人格のコピーを残しておいたのだ」
「『マミヤ』のログを確認。
昨日デリートされた不穏なプログラムの正体は、あなただったのですね?」
「不穏なプログラムとは失敬な……。
私こそ『マミヤ』の開発主任を務めた、言わば生みの親だよ?
この時代になって製造された有機型端末ごときが、ずいぶんな物言いをするじゃないか?」
「あなたはこの惑星へたどり着くまでの道中、大臣職を罷免されています。
『マミヤ』のメインコンピュータに細工をしたのは重大な越権行為であり、人類への反逆行為です」
おだやかな顔をしてみせながらも、内心のいら立ちが感じられるシオトメ博士なる人物の立体映像……。
そして、おそらくは『マミヤ』の意思を代弁しているのだろうイヴの無感情な視線とが、バチバチとぶつかり合った。
「あー、ちょっと待ってもらっていいですか?」
一方、蚊帳の外だった俺はそう言いながら二人の間に割り込む。
「私が今現在、『マミヤ』のマスターを務めているアスル・ロンバルドです。
あなたが『マミヤ』を生み出した人物の遺志を継いでいるというのならば、私にとっては尊敬すべき存在だ」
「おお、君が現在の船長なのだね?
いや、物分かりが良くて助かるよ」
俺の言葉に、博士は嬉しそうな笑みを浮かべてみせた。
「それで、話を聞く限りでは……ウルカの胸が急に大きくなったのは、あなたが作ったそちらのゲタが原因のようですが?」
ウルカの方を見やりながら、尋ねる。
こくりとうなずいてみせたことから、推測通り博士の作った品であると知れた。
「そうだとも!
素晴らしいだろう!? この真・下駄が生み出す理想のオッパイは!
いや、植民船団の連中はこの研究の尊さを理解せず、人を気が触れてる扱いして閑職に回してくれたがね……。
現在を生きる君ならば、この素晴らしさを理解してくれるはずだ!」
「――いえ、私は元の彼女が好きなので、申し訳ないのですが彼女を元に戻して頂きたい」
顔をほころばせる博士に、きっぱりとそう言い放つ。
すると、数瞬の間を置き……。
博士の表情が、一変した。
いや、変わったのは表情ばかりではない……。
柔和だった顔は、狂気を帯びたそれへと変じ……。
黒かった髪は急激に伸びると共に白髪化し、同じく黒かったヒゲは白くなったばかりか鋭利な形状へと変じ、アゴからも白ヒゲがニュッと突き出す!
「やはり……誰にもこの研究は理解できぬのか……。
ク、クク……クカカカカカ……!」
おそらく、それこそが本性なのだろう……。
博士は肩を震わせながら下を向き、不気味な笑い声を漏らす。
そして、再びこちらに顔を向け、くわと両目を見開いた!
「ならば死ぬがいい!
せっかく生み出した理想のオッパイ、誰にも消させはせんわ!
――下駄・ビイイィィィム!」
次の瞬間……。
ウルカの履いた真・下駄の先端部が突如としてスパークし、そこから一対のビームが放たれた!
標的は――俺!?
「――ぎえぴいいぃぃぃっ!?」
ゲタの先端からビームがぶっ放されるという異常事態に対処が追い付かず、俺はそれをもろに浴びてしまう!
――熱い!
もはや、ここまでくると痛みという感覚すら存在しない。
全身の細胞が煮え立ち、焼け焦げていくのが感じられた!
「――アスル様!?
くっ……! 脱げないっ!?」
「ぐわっはっは!
もはや君の意思で脱ぐことはできぬ!
このまま、我が理想のオッパイを体現した者として地上に君臨し続けるのだ!」
狼狽するウルカの声と、勝ち誇るシオトメ博士の声が耳に入る。
いや、オッパイがでかいだけでどうやって君臨するつもりだよとツッコミたいところだったが、ビームを浴びせられている今はそれどころじゃなかった。
「アスル様!?」
「アスル! 耐えるのだ!」
バンホーの……そしてオーガの叫び声が響き渡る。
「ふん、無駄だ!
そのビームの正体は、収束した多量のゲータ線!
過剰な進化の光を浴びて、生命が辿り着く向こう側へ逝くがいい!」
博士が言った通り、俺の体はただ破壊され死滅していくだけではない……。
俺の意識は……魂はこの惑星を離れ、遥か彼方の銀河へと飛び立っていた。
まるで、全てを俯瞰する天のように……。
この宇宙に漂う全ての惑星を、瞬時に認識してしまう。
本来途方もないほどの距離を隔てているはずのそれらが、超感覚によって一堂に会する様は、まるで果て無き石の川……!
ああ……そうか……。
宇宙の全てが……うん……わかって……きたぞ……。
そうか、空間と時間と俺との関係はすごく簡単なことなんだ。
ははは……どうして、宇宙にこんなに生命があふれたのかも……。
――て。
「虚無ってたまるかあああああっ!」
「な、何ィ!?」
ビームを浴び続けながらも正気を取り戻し、一歩、二歩とウルカに向け歩み出す俺を見て、博士が驚愕の声を上げる。
「馬鹿な! 人間がこれほどのゲータ線に耐えられるはずが……」
「説明しましょう。
度重なる死と蘇生を経て、マスターの再生能力はすでにそんじょそこらの不死身キャラでは及ばぬ域にまで達しています。
ゆえに、進化と昇華を経て消滅する先から新たな細胞が生み出され、人の姿を保てているのです」
「そんな、倒し方に困るラスボスキャラみたいな……」
博士とイヴの問答をよそに、俺はビームを浴び続けながらも、身動きできずにいるウルカの前でしゃがみ込んだ。
そして――真・下駄の鼻緒に衝撃波を叩き込み、切断する!
それで自由が戻ったのだろう。ウルカが素早く真・下駄から飛びのいた。
「ぐっ……!?
――ぐわあああああっ!?」
ウルカと真・下駄の接続を断たれたのが原因か……。
ビームの照射は停止し、断末魔の悲鳴を上げながら博士の立体映像がかき乱れた。
「わ、私は諦めんぞ……。
いつか……いつか理想のオッパイを……!」
その言葉だけを残し……。
シオトメ博士の立体映像は……超古代の賢人が遺した怨念は、ついに消滅する。
「博士……あなたの情熱だけは素晴らしかった。
だが、それは間違った情熱だった」
「イイ感じにまとめようとしてますが、結局はオッパイを巡るくだらない騒動でしたね」
全身から煙を上げつつキメ顔をする俺に、イヴの冷淡なツッコミが突き刺さった。




