真(チェンジ!!)下駄 貧乳最後の日 5
軽く何枚かの書類に目を通した後、そろそろ朝食でも取ろうかしらんとイヴを伴い訪れた警察署兼消防署の食堂……。
そこで俺が目にしたのは、エンテやソフィを始めとする女性陣が磔のごとく窓ガラスにめり込んだ光景だった!
「え……何……これは……?
え……え……?」
意味不明と言えばあまりに意味不明な光景へ周囲を見回した後……。
「何……?」
我が嫁ウルカの姿を見かけ、もう一度そう問いかける。
「――何いっ!?」
そしてその瞬間、くわと目を見開きながらもう一度大きく叫んだ。
いや、そりゃ叫ぶだろう……。
最近は公務の都合上、着物姿でいることが多い我が嫁……。
今日は久しぶりに『マミヤ』製制服に身を包んだその胸が……その……なんか、えらいことになっていたからである。
「う、ウルカ!?
一体どうしたんだ、その胸は!?」
「あぁ~気づいちゃいましたかぁ~?
まぁ~わたしもぉ~成長期って言いますかぁ~」
しゃなりしゃなりと挑発的なポーズを取ってみせるウルカ……。
その胸は、えーと今までの何倍くらいあるだろう?
ともかく、なんかものすごく大きくなって突き出ていた。
「状況の分析を完了しました。
この光景は、オッパイ力によるものと推察されます」
「オッパイ力!?」
いつも通り無表情で状況を見ていたイヴの言葉に、思わずそう聞き返す。
「イエス。
類稀なるオッパイの持ち主にのみ宿る力であり、オッパイの大きさで劣る女性が心構えなく対峙すれば、死、あるのみです」
「そんな訳分からん力が……。
あれ? じゃあなんでイヴは平気なの?」
「私は特に興味がありませんので」
「なるほど」
無限に髪の色彩を変化させながら解説する少女の言葉に、何一つ納得はいかんがとりあえずうなずいてウルカに向き合う。
「あはぁ~。
アスル様のぉ~視線を感じちゃいますぅ~。
これでもう、他の女性には目移りできませんねぇ~」
「いや、そりゃいきなりそんな胸が大きくなってたら誰だって……。
――って、目移り? なんのこと?」
「――ヒャアッ! 俺が解説するぜ!」
困惑する俺に、ニュッと登場したクッキングモヒカンが親指を立ててみせる。
「最近、アスルはウルカにそっけないって聞いてな!
こいつは、間違いなく他に女を作ったんだってそう言ったのさあ!
例えばそう、もっとオッパイのでかい女をなあ!」
「そうかそうか……なるほど」
いけしゃあしゃあと言ってのけた大バカ者の手を、がしりと掴む。
「衝……撃波あっ!」
そして、ものすごく久しぶりに使う必殺の魔術を叩き込んだ!
「――アベバババババッ!?」
成牛すら一瞬で葬り去る衝撃波の奔流を内部から叩き込まれたクッキングモヒカンは、その場で黒焦げとなり倒れ込む。
「我の部下が済まぬ」
「いや、元はうちの宮廷の料理人だ」
謝るオーガを手で制し、クッキングモヒカンの屍を捨て去りながらウルカに歩み寄る。
そして、しゃなりしゃなりとポーズを取る彼女の両肩をがしりと掴んだ。
「いいかい、ウルカ?
君は元のままでこそ、魅力的だ。
何をどうやってそんなことになったかは知らないが、いちいち視界に入った女性を壁にめり込ませる必要はないんだよ?」
俺の言葉に、イイ気になっていた彼女の瞳へ普段の冷静さが舞い戻る。
「だって……だって……昨日、久しぶりに会ったのに構ってくれなくて……わたし……」
「あー、いや、それは……」
「昨日着てた着物だって、亡き母が遺してくれていたものだから褒めて欲しかったのに……!」
「え、そうだったの?」
ウルカの言葉に、静観していたバンホーたちサムライ衆を見やった。
彼らから返されたのは、呆れが混じった視線である。
「その……アスル様……。
もう少しこう、女子の心というものを……」
「うん……それは本当に反省しないとな……」
全然気づかなかった……。
ともかく、視線をウルカに戻す。
「もっと君のことをちゃんと見るべきだったな。済まない。
それで、俺がその後一人で出かけたから、あそこで死んでるバカが言ったように浮気していると思ったんだね?」
こくりとうなずくウルカを見て、俺は大きく息を吐き出した。
「ウルカ、俺の隠し事で君を不安にしてしまったこと、重ねて申し訳なく思う」
隠し事そのものは認めた俺の言葉に、彼女はびくりと肩を震わせる。
「だが、勘違いしないで欲しいんだが、隠し事というのは断じて浮気ではない。
その……そうだな……こんな状況になったから白状してしまうが、君に贈る品を用意していたんだ」
「わたしに贈る……品……?」
「クリスマスプレゼント、さ」
ウルカの瞳からこぼれ落ちた涙を指ですくいながら、ほほ笑む。
「クリスマスに関しては、以前に説明したね?
ハロウィンなどと同様、俺たちにとってはとても大事な行事だ」
「え、あのハロウィンと同様にですか?」
「……微妙な顔をしないでくれ。俺としては、とても真面目にハロウィンを祝っていたんだ。
さておき、俺の父上は結婚初年度のクリスマスに手作りの品を母へプレゼントしていてね。
俺もそれに倣おうと、こっそり準備していたんだ。
ああ、何を贈るかは秘密にさせてくれ。
せめて、それくらいは、さ」
「アスル様……」
瞳を潤わせたウルカと、見つめ合う。
こうしていると巨乳化した彼女の胸が俺の胸に当たり、でかいのもでかいのでイイなあ! と思ってしまうが、それは表情に出ないよう努めた。
「ウルカ……ああ……俺は駄目だな。
この言葉を口にするのが、初めてだなんて。
――愛してる」
「――わたしもです」
どちらともなく、ぎゅっと抱きしめ合う。
当然ながら胸の感触がもろにくるので、口ではウルカに愛していると言いつつ、脳内では父上の裸を思い起こし、必死で興奮を抑えていた。
「それじゃあ、元の君に戻ってくれるかい?」
そろそろ限界なので体を離しそう問いかけるが、ウルカは困った顔をしながら己の足元を見やるばかりだ。
そういえば、胸にばかり目が行ったが今日の彼女は妙な履き物を履いている。
これは確か、獣人国で見かけたゲタという履き物のはずだ。なんか鋼鉄製だけど。
「えっと、それなんですが……その……どうしたらいいのか分からなくて」
「『マミヤ』と同調しての解析を完了しました。
おそらく、その下駄から発生しているゲータ線が巨乳化の原因であると思われます。
ともかく一度脱いでもらい、『マミヤ』で分析にかければ元に戻す方法も分かるかと」
いつも以上に目まぐるしく髪の色彩を変化させているイヴが、これはいつも通り無感情な顔と声で横からそう告げる。
そういえば、すっかり二人の世界に入ってしまったけどこの食堂にはオーガやバンホーを始め、結構な数のギャラリーがいたのだった……。
「よし、そういうことなら、ひとまずそれを預けてくれるかい?」
その事実に気づき、ちょっと顔を赤らめながらウルカへ問いかけた。
と、その瞬間である……。
「ふっふっふっふっふ……。
――そうはいかんぞ!」
……聞いたことないおっさんの声が、鉄ゲタから響き渡ったのだ。




