真(チェンジ!!)下駄 貧乳最後の日 4
警察署兼消防署――通称修羅の塔に存在する食堂が最も混み合うのは、朝食時である。
その理由はといえば単純であり、王庁舎や病院など、駅前に設けられた各施設の職員たちがその日の活力を養うべく、一斉にここへ押し寄せるからだ。
各々に課せられた仕事の進捗や予定に左右される昼食時や夕食時とはちがい、これら主要施設の勤務開始時間は同じであるため、必然として朝食は全員がほぼ同じ時間に取ろうとするのである。
ビュッフェなる取り放題形式を採用し、トレーを手にした人々がせわしなく行き交う食堂の片隅……。
「……もはや、正統ロンバルドで食べる食事こそが故郷の味と思えるようになってきたな」
ずずりと音を立て、味噌汁を一口味わった狼耳の獣人侍――バンホーがしみじみとそう呟いた。
「いかにも、ですな……。
今日も今日とて、クッキングモヒカン殿の料理は絶品。
いや、もちろん舌に合うのは姫様がお作り下さった料理の方でございますが……」
うっかり口を滑らせた同席の侍に、侍大将の地位へ返り咲いた男が苦笑いを浮かべてみせる。
「ふっふふ……。
まあ、もはや拙者らが姫様の手料理を味わう機会はあるまい。
獣人国の解放がほぼ成った今、あの方に課せられた仕事は山積しているでな」
「最近は、姫様の手料理を頂いていたかつてが夢か幻であったかのように思えます。
そして、そのことへ一抹の寂しさを感じてしまう自分に呆れ果てるばかり……。
全ては、獣人国解放という念願が叶った結果であるというのに」
「ここだけの話、それは拙者も同じことよ。
ともかく、今はクッキングモヒカン殿の料理を味わおうではないか。
明日になれば、またもや地下リニアで獣人国にトンボ帰りなのだからな。
この味をしばらく味わえなくなるのは、悲しきことよ……」
「バンホー殿が悲しいのは、ゲーム機から離れることではござりませぬか?」
「お主、なかなか言うではないか」
味噌や醤油をふんだんに使った料理を味わいながら、同僚と笑い合う。
食堂内は雑多な喧騒に包まれているが、それすら心地良く感じられる幸せなひと時であった。
それを破ったのは、エルフ自治区長の娘エンテが上げた頓狂な声である。
「――ウルカ!
お前、どうしちまったんだ!?」
「――むっ!?」
「姫様に何かあったのか!?」
食事時とはいえ、完全に気を抜いている侍たちではない。
かつての大戦を生き延び、長きに渡り潜伏生活を送った武人の獣耳は、主君の名を聞き漏らすことがなかった。
二人のみならず、別のテーブルで食事をしていた侍たちも食いかけの朝食を残し、声がした場所――食堂の入口を目指す。
果たして、そこにいたのは……。
いつも通り悠然とたたずむオーガに、その隣で驚愕の眼差しを向けているエンテ。
そして、その眼差しを向けられている主君――ウルカであった。
「――ひ、姫様!?」
その姿を一目見るなり、獣人国一の武人が目を剥いてしまったのも致し方ないことだろう。
バンホーたちと共に、一時帰還していた獣人国の姫君……。
最近は公務の性質上、着物を着ていることが多い彼女であるが、今日は『マミヤ』製の制服姿である。
それそのものは見慣れた姿であるのだが、見慣れないのは何故か履いている鉄下駄と――胸部だ。
一体、一夜見ない間に何があったものか……。
ウルカの胸は急こう配の山岳がごとく雄々しく突き出ており、本人もそれを見せびらかすように胸を張っていたのである。
「別にぃ……。
普段とぉ……何も変わりませんよぉ……」
そう言ってる割には、いちいち胸が強調される仕草をしてみせるウルカだ。
――いや、明らかに変わってるでしょ!?
そうつっこまなかったのは、不敬判定されて切腹を命じられるのが嫌だからであった。
せっかく侍大将に返り咲いたのだ。武士としても、ツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃんとしても、やりたいことはまだまだあるのである。
「バンホー殿……?
この状況、いかがいたしますか?」
「わ、分からぬ……。
拙者、十代の少女がいきなり巨乳になった現場へ出くわしたのは初めてだから……」
部下である侍と、小声で会話を交わしていたその時だ。
「――うぐうっ!?」
エンテが突如として自分の胸を押さえ、苦しげにうめき始めたのである。
「――む!? いかん!」
オーガが叫ぶも、もう遅い。
「――ぐわああああっ!?」
エンテは突風でも受けたかのごとく吹き飛ばされ、外壁としての役割も担う窓ガラスへ叩きつけられたのだ!
エンテがめり込んだガラスはひび割れ円形にくぼんでしまっており、衝突の威力を物語っている。
もし、修羅の塔に用いられているガラスが対ブラスター戦も想定した強化仕様でなければ、そのまま地上へ真っ逆さまだったにちがいない。
「エンテ殿!?」
あまりに意味不明な出来事へ驚き叫ぶバンホーだったが、異変が起こったのはエンテだけではない。
「――ぐわああああっ!?」
「――ぐわああああっ!?」
「――ぐわああああっ!?」
食堂に居合わせた女性職員やオペラ歌手ソフィが、同じように次々と吹き飛ばされ窓ガラスへめり込んでいったのだ!
登場して早々ギャグ堕ちさせられるとは、娘を預けたスオムスも想定していなかったにちがいない!
「オーガ殿! これは一体!?」
「うむ……」
ただ一人、食堂の女性陣で耐え抜いたオーガが戦慄の汗を垂らしながらうめく。
「間違いない――これは、オッパイ力だ!」
「オッパイ力!?」
「伝承によれば、真のオッパイにのみ宿る無形の力であるという……。
もし、オッパイの大きさで劣る者が心構えもなく対峙したならば、死、あるのみ!」
「なるほど……それでオーガ殿はご無事なのですな」
何がなるほどなのかは分からぬが、ともかくうなずく。
鍛え抜かれたオーガの胸筋は鎧そのものであり、見ようによってはこれほど豊満なバストも存在しなかった。
「ふぅ~ん。
皆さん、急にどうしたんですかぁ~。
なんだか今日は、揃ってとってもお元気ですねぇ~」
またもや胸が強調される仕草をしながら、ウルカがすっとぼけてみせる。
このイイ感じに調子へ乗った様子を見る限り、あえて体のラインが強調される『マミヤ』製制服を着用しているのは確信犯と見てよかった。
「それでオーガ殿……?
ウルカ様は、何がどうしてこのようなけったいな力を……?」
「いや、我にも分からぬ……。
胸の大きさに悩んでいるのは察していたが……」
くねりくねりとした仕草をするウルカを見つつ、言葉を交わしていたその時だ。
「――おいおい、これは一体なんの騒ぎだ!?」
他の者らより遅かったのは、おそらく、何かの用事を片付けるか神に祈りでも捧げていたのだろう……。
正統ロンバルドの王にしてウルカの伴侶――アスルが、イヴを伴い食堂へ姿を現わしたのである。




