真(チェンジ!!)下駄 貧乳最後の日 3
「シオトメ博士……?
開発したというのは、つまり、生みの親ということですか!?」
目の前に現れた人物……。
シオトメ博士なる男の言葉を、反芻する。
「そうだとも……」
いかにもおだやかそうな瞳をした中年男は、ウルカの言葉に深くうなずいてみせた。
「と、言っても当然ながら本人ではない。
本物の私は、大昔に天寿をまっとうしているからね。
ここにいる私は――」
博士が、そこまで告げたその瞬間だ。
「――消えた!?」
文字通り、こつ然とその姿がかき消えたのである。
「こっちだとも」
「っ!?」
その言葉に、再び振り向く。
するとそこには、やはりおだやかな笑みを浮かべたシオトメ博士の姿があった。
「まあ、このようにここにいる私は実体がない。立体映像だ。
生前の私が『マミヤ』のメインコンピュータ……その片隅に残しておいた……。
ううむ……そうだね。
少々、語弊はあるが幽霊のようなものだと思ってくれればいいだろう」
「幽霊……」
なるほど、それならば下駄履きだというのに足音が一切なかったのもうなずけるが……。
「ならば、その幽霊が何故、今更になって化けて出たのですか?」
先ほどから驚かされてばかりの少女は、毅然とした眼差しを立体映像に向けた。
「そう、警戒することはない。
私はね、君の味方をするために……その助けとなるために現れたのだから」
「私の助け……?
一体、どういうことですか?」
この自称幽霊が本当に『マミヤ』やカミヤたちを生み出した人物が成れの果てならば、縁があるのはどう考えても自分ではなく、夫の方である。
何しろ、彼こそは遠き先祖の跡を継いだ『マミヤ』の現マスターであるのだから……。
「単刀直入に言おうじゃないか。
君、オッパイの大きさに悩んでいるね?」
「――ッ!?
ど、どうしてそのようなことを!?
い、いえ……女性に向かって何を言うのです!?」
思わず、自分の胸元を両手でかばいながら後ずさった。
このおっさんは、おだやかな顔をしながらいきなり何を言い出すのか?
もしかしたら、人格者のように見せかけつつ、実の娘に乳首の部分を強調した格好をさせる変態なのかもしれない!
「ああ、いや、すまない。セクハラをするつもりはなかったんだ。
ただ、私はオッパイの大きさに悩む女性がこの『マミヤ』を訪れた際、姿を現わし封印されたこの研究室へいざなうよう設定されているのだよ」
その言葉に、思わず赤面してしまう。
何しろ、古代の技術はなんでもありである。
心の中をのぞく技術があったとしてもおかしくはなく、実際、こうして自分が胸の大きさへ悩んでいることを見抜かれてしまったのだ。
「……もし、それが事実だったとしてどうしようというのです」
赤面し、両手で胸を隠しながら問いかける。
博士はそんなウルカから目を逸らし、どこか……遠くを見る眼差しとなった。
「晩年、『マミヤ』やカミヤたちの開発を終えた後、私が取り組んだ研究……。
それこそが、究極のオッパイだった」
「なんでまたそんなことを?」
「そこに、男の浪漫があるからだ」
呆れながらつっこむウルカであったが、博士の顔はどこまでも真面目である。
「研究は軽い統計取りから始まり、多岐に渡った。
地球時代から保存されていたムフフ本の収集……。
識者たちを集めての数日に渡る眠らぬ議論……。
果ては、数多の世界を渡り歩く終焉の魔神に尋ねることさえした……」
「その魔神も、いきなりそんなこと聞かれてさぞかしビックリしたことでしょうね……」
「――そして、その果てに答えを得た!」
ウルカの言葉をスルーし、博士がくわと目を見開く。
「やはり――巨乳こそが至高!
それも、ただ大きければ良いというものではない……。
――ミサイルだ!
ミサイルのごとく突き出た、美しき流線形のそれこそ究極のオッパイであるという解を得たのだ!」
「もう帰っていいですか?」
大仰な身振りで告げる立体映像に、ジト目を向けながらそう告げる。
自分は日々の激務で疲れているのだ。こんな所で、こんな気持ち悪いおっさんと漫才をしている暇などないのである。
「君、そんなオッパイを手に入れられると言ったら、どうするかね?」
「――手に入れられるんですか!?」
博士の言葉へ、食い気味にそう尋ねた。
なんということだ! 目の前に立つ気持ち悪いおじさんが、今は神に見える!
「手に入れられるとも」
シオトメ博士はそう言うと、自らの背後――すなわち、研究室の中央部を指し示した。
すると、それへ呼応するようにして、何もなかった床が展開し透明なケースがせり出してきたのである。
円筒状の台に乗せられたケースへ収められているのは……。
「これは……鉄下駄ですか?」
まるで宝飾品をそうするように飾られたそれを見て、小首をかしげてしまう。
ウルカが口にした通り……。
ケースへ収められていたのは、いかにも武骨な造りをした一足の鉄下駄であったのだ。
「ただの下駄ではない……」
そんなウルカの言葉を否定するように首を振りながら、博士がこれなる品を指し示した。
「これこそは、下駄の中の下駄……。
真の下駄……。
その名も――真・下駄だ!」
「真・下駄!?」
ウルカの言葉に、シオトメ博士がうなずいてみせる。
「一見すればただの下駄に見えるが……。
内部には特殊な放射線を発生・増幅する機構が備わっており、これを履いた者がある一連のアクションを行うことでそのオッパイを瞬時に進化させる。
そして君は、ミサイルのごとき究極のオッパイを手に入れることができるのだ」
「究極の……オッパイ……」
その言葉に、ごくりとツバを飲み込みながら博士に目を向けた。
「それで、その一連のアクションとは一体?」
「うむ……動作と共に必要となるのは音声認証だ。
ヤミヅキヨイノミヤパワー! バストアップ!
オッパイよ! 大きくな~れ!」
――タンタンタンタタタッカターン!
……気が触れてるとしか思えない言葉を口走りながら、博士が軽快な足さばきを見せる。
なんで今は足音が鳴っているのかと、つっこむ気力も失せてくるアホらしい光景であった。
「そして、重要なのはこれだ!
最高にトロピカった笑顔で決めポーズをキメつつ叫べ!
――ビクトリー! と!」
「……ええ」
中年男のトロピカった笑顔と決めポーズにドン引きし、後ずさる。
すると、そんなウルカの様子に気づいているのかいないのか……博士の姿が薄れ始めたのであった。
「む……いかん! お約束通り時間がきてしまったようだ!
ケースのロックは解除しておく!
頼んだぞお嬢さん!
私の夢を……究極のオッパイを実現させてくれ!」
その言葉を残し……。
博士の姿が……その立体映像が、かき消えた。
先の時とはちがい、どうやら本当に消えてしまったようである。
「そんなけったいな夢を押し付けられましても……」
とりあえずケースに歩み寄り、透明なカバーをそっと外してみた。
「大体、放射線がどうのと何やら危なそうな言葉もありましたし……。
そもそも、一国の姫君であるわたしがあんな恥ずかしい動きや叫び声を……いやいや……」
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「ヤミヅキヨイノミヤパワー! バストアップ!
オッパイよ! 大きくな~れ!」
――タンタンタンタタタッカターン!
「――ビクトリー!」
最高にトロピカった笑顔でやりきった。




