真(チェンジ!!)下駄 貧乳最後の日 1
――最近、夫があまりかまってくれない。
これは結婚して一年も経っていない夫婦にとって、ゆゆしき問題である。
もちろん、ウルカとアスルは一般的な夫婦ではない。
恋愛期間がないのはともかくとして、見合いの席すら設けず出会ったその日に求婚され、受け入れた間柄だ。
また、それぞれ立場があり、互いに多忙な身でもあった。
何しろ人材に乏しい正統ロンバルドであり、官僚組織に関しては辺境伯領の納屋衆から紹介してもらった見込みある者たちを育成中の段階である。
そのため、アスルは国王という立場でありながら、通常では考えられぬほどの政務をこなす必要に駆られていた。
それに加え、メタルアスルを用いた外遊もせねばならないし、スクールグラスを用いた勉強に関しても決して時間を削ることはない。
間抜けな言動と行動が多いため余人には勘違いされることも多いが、実の所、アスルは睡眠時間以外のほぼ全て、生まれたばかりの国を存続させるために費やしているのである。
あれだけ種類豊富な死に方をしているアスルが、過労死だけは未経験なのが不思議でならぬ。
ウルカもウルカで、忙しいことに変わりはない。
アスルの働きにより、待望だった獣人国の再興は果たされつつある。
それはすなわち、獣人王家最後の生き残りであるウルカがこなさなければならない仕事も数多いことを意味していた。
幸い、かつて獣人王家に仕えていた者たちの内、有能かつ有力な何人かが苦渋に耐え野に潜んでいてくれたため、人材に関しては正統ロンバルド側よりも恵まれている。
ただ、そういった者やその配下たちをいかなる地位に配するかや、そもそもの面通し……。
十代の少女が担うには、過酷にして重大な差配を迫られ続けていた。
また、治安維持に関しても問題はある。
かつて、風林火を通じて密かに獣人たちへ流したブラスターライフル。
そのビームパックにまだエネルギーが残っている内にと、皇国兵へ個人的な復讐行為に出る者が後を絶たないのだ。
ウルカとしても、皇国軍に対しては……あのワムという女に対しては尽きることのない恨みと怒りがある。
しかし、正統ロンバルドの国益を考えれば、今後、ワム率いる元皇国軍にはせいぜいファイン皇国の領土を削り取り、そこから得られた利益をこちらに還元してもらわなければならなかった。
ひいては、それこそが貧しさの極致に達した獣人国を癒す最速の方法なのである。
かつて旧ロンバルドに対しそうしたのと同様、獣人国内へは急速にテレビが配布されつつあり……。
ウルカはそれを通じての放送や、または直接に現地を訪れての慰撫活動を精力的に行っていた。
正統ロンバルドの王妃であるというのに、今のウルカは故郷の土を踏んでいる時間の方がはるかに多い状態なのだ。
そんな日々の中、ラトラの都郊外に建設された地下リニアを通じ久々にアスルと顔を合わせた。
先日、皇国と獣人国の視察団を帰還させたおかげもあり、彼の予定が空いていることは把握済みである。
貴重な休日……と呼ぶにはあまりに短い時間を、たっぷり夫に甘えて過ごすべく耳と尻尾をふりふりしつつ、王庁舎ビルの執務室を訪れたものだ。
しかし、アスルから放たれたのはそっけない言葉であった。
「すまない。
これから辺境伯領領都に行って、片づけなければならない案件があるんだ」
夫はそう言うと、素早く身支度を済ませ単身甲虫型飛翔機で飛び立ってしまったのである。
後には、寂しさをこらえる幼妻を残したまま……。
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アスルのみは、かたくなに警察署兼消防署という呼称を用いているが……。
他の人間からはもっぱら修羅の塔と呼ばれているビル内に存在する食堂こそ、ここ正統ロンバルドで……もしかしたならば、この世界で最も美味な食事を楽しめる場所である。
その理由というのは実に簡単で、ここを預かっているのがクッキングモヒカンであるからだ。
一見すればごく一般的なモヒカンにしか見えない彼の前身は、ロンバルド王宮における副料理長である。
以前のマグロ対決では、ウルカの側に軍配が上がる結果となったが……。
それは彼が凝り過ぎた料理を作ったからであり、しょせんは潜伏生活中のにわか仕込みに過ぎない自分とでは、包丁の扱いというものが異なる。
しかも、今となっては『マミヤ』から得られた各調理器具の扱いや古代に存在したという調理法のことごとくを身に着けており、クッキングモヒカンの名にふさわしい実力を身に着けているのだ。いや、クッキングモヒカンは本名ではあるまいが。
そんな彼が腕を振るう食堂の一角……。
「――ということがあったんです!
ひどいと思いませんか!?」
生産性優先でシンプルなデザインをしたテーブルの天板に拳を叩きつけながら、同席してもらった二人を見やった。
「確かに、最近ウルカはすっげー忙しそうにしてるんだから、もうちょっと考えてやるべきだよなあ」
「うむ……。
女がそれを求める時、隣にいてやらぬとは見下げ果てた男よ」
その二人、エンテとオーガがうなずきながらウルカの言葉に賛同する。
そうなると、止まらない。
「本当ですよ!
こっちは、国元で逃げ延びていた元女中が保管してくれていた母上の着物を着たりして、どんな言葉がもらえるか楽しみにしていたのに!」
着ている着物の襟元を指し示しながら、怒りの言葉を放つウルカだ。
幸い、今は食事時も過ぎており、主な利用者である修羅たちは死闘に明け暮れているため、声をひそめる必要はなかった。
「ああ、見たことないのを着てると思ったら、それお母さんの形見だったのか?
だからだろうな。オレとあんまり年変わらないのに、すごく大人っぽく見えるぜ!」
「なるほど、ウルカの年からすれば少し落ち着いた色合いだとは思っていた。
お母上も喜んでいよう。大事に着てやるがいい」
「二人とも、ありがとうございます」
女子二人の言葉に、ようやく怒りも少し収まり笑みを浮かべる余裕が生まれる。
ただ……やはり、そういった言葉は誰よりも先に夫から言ってもらいたかったのだ。
「そもそも、アスルの奴、辺境伯領領都でなんの用があるんだ?
オーガちゃん、何か聞いてる?」
「いや……我も知らぬ。
例のブタ騒動にまつわる何かではないか?」
「お二人もご存じないんですか?」
そんな風に、女三人でアスルの行動へ不審を抱いていたその時である。
「――ヒャッハー!
話は聞かせてもらったぜ!
そいつは間違いねえ! 女だ!」
ケーキやらお茶やらを乗せたトレーを運んできたクッキングモヒカンが、そのようなことをのたまったのだ。
「女て……」
「クッキングモヒカンよ……。
うぬではないのだぞ?」
エンテとオーガはじとりとした目を向けるだけに留めたが、そう言われて平静でいられるウルカではない。
「まさか……何か心当たりでもあるのですか?」
「ヒャア! そんなものはないぜ!
だが、奴の立場を考えれば女なんてよりどりみどりだ!
それこそ、そう!
オッパイのデカくて、色っぽいネーチャンとかな!」
そう言われて、ウルカとついでにエンテは自分の胸元を見やる。
ウルカの胸にはささやかな丘陵が……。
そして、エンテの胸には果てない大平原が宿っていた。
オーガに関してはバストサイズで右に出る者がいないだろうが、これはカテゴリー外であろう。
「ヒャハ! やっぱり男が女に求めるのはオッパイだぜ!
こう、たゆんたゆんの――」
調子に乗るクッキングモヒカンの顔面に裏拳を見舞い、とても描写できない状態にして吹っ飛ばしながらわなわなと肩を震わせる。
「まさか……いや、そんな……でも……」
「まあ、こやつの言うことなどあまり気にしないことだ」
俊敏な動きで投げ出されるトレーをキャッチしたオーガにそう慰められるが、そのような言葉は耳に入らなかった。




