里作り
この光景を何に例えればいいのか、俺には言葉の持ち合わせがない。
しかしながら、設置を担当したサムライに言わせればこれは、
――故郷で天日干しにしていた昆布を思い出しまする。
……とのことだった。
昆布か……実際に生えてるのを見たことはないが、『マミヤ』の備蓄食料に存在したので加工した姿は知っている。
ダシ材として、非常に優秀な食材だ。何しろ、スッと湯をくぐらせただけでうま味が溶け出す。
ロンバルドにもダシ文化くらいは存在するが、王国式のそれは骨や肉、野菜だのハーブだのを長時間煮込んだものであり、一般に浸透しているとは到底言えない。
その点、獣人国のカツオ節や昆布はお手軽でいいんだよな。
例によって、醤油や味噌と同様、皇国に生産を禁じられて十年以上経つそうだが……なんでもかんでも禁止せず、取り入れることも覚えればいいのに。
……いや、変に容赦せず徹底するのが、かの国における占領政策なのか。もはや国そのものの体質として、そのやり口が定着してしまっているのだろう。
良い意味でも悪い意味でも、手慣れてしまっているのだな……。
さておき……。
目の前に広がる光景の正体は、一面にズラリと並べられたソーラー・パネルである。
その面積――およそ二ヘクタール。
『マミヤ』で学んだサッカーで例えるならば、フィールド二つ分の広さだ。
自走用の車輪を取り付けられたこれらは、全て、『マミヤ』内部に存在する工場設備を用いて作られた新造品である。
漆黒の板がズラリと並ぶ姿はなかなかに壮観であり、なるほど、色合いといい、太陽の光を浴びさせている点といい、規模こそケタ外れだが、昆布を天日干しにした姿とは通じるところもあるかもしれない。
――メガソーラーシステム。
これこそ、俺たちが目指す隠れ里――ゆくゆくの新国家における心臓部であった。
超古代文明よりもずっと前に存在していた文明が生み出したシステムだそうだが、そこは技術の進歩というやつで発電能力には雲泥の差があり、イヴいわく「太陽光エネルギーをほぼロスなく電力に変換可能」らしい。
――電気。
俺たちがこの一週間で学んだ、魔力とはまた異なる力の名だ。
最大の特徴は、このようにして個人の力量に左右されず生産可能なことと、それを用いて各種の道具を動かす事が可能なことである。
魔力を付与して動かす道具の研究は、はるか昔からの悲願であり、俺も手を出したことはあるが……いずれも上手くはいってないからな。
それを別のやり方から実現するとは、もうこの言葉を使うのが何度目かは分からぬが、さすがは超古代文明といったところであろう。
今回設置したメガソーラーは、その電力を平均しておよそ1400世帯分、生産可能だそうだ。
ちなみにだが、『マミヤ』の主動力たる『プラネット・リアクター』は太陽そのものに匹敵するエネルギーが生み出せる半永久機関だそうであり、その発電能力は100億世帯分を余裕で上回るらしい。
なら、ソーラーなんか必要ないじゃないかと思えるかもしれないが……『マミヤ』には今後、様々な仕事を果たしてもらうことになる都合上、置き物になられていては困る。
そのようなわけで、隠れ里設立にあたり、俺たちは最優先で発電設備を設置することにしたのであった。
超古代文明の技術を活かした人里作りには、水源よりも食料源よりも……何よりもまず、発電設備が必要。
これは、『マミヤ』に残された街作りシミュレーションゲームから学んだ事実である。
俺たちも別に、遊んでばかりいたわけではなかったということだな!
その発電設備が生み出した電力を使い、キートンが作った泉の周囲は、急激に農地開発が進められていた。
――ドルルルル。
……と、電動式のユンボやトラクターが動き回り、泉の周囲を掘り返して灌漑作りや畑の元となる土壌作りを行っている……。
それらの大型重機に、人は乗っていない……というより、搭乗席そのものがない。
人が乗るタイプも存在はするらしいが、人手がかからないに越したことはない現状なため、無人型を選択し『マミヤ』内部で製造してもらったのである。
人が乗らない代わり、これらにはキートンのそれを簡易化させた人工の頭脳が搭載されており、サムライたちの指示を受けながら存分に働いてくれていた。
よくよく聞いてみれば、サムライたちはこれら重機に名前を付けているようであり、言ってみれば愛馬のごとき愛情を注いでいるようである。
「全て順調、ですな……」
現場を見回り監督してきたバンホーが、タオルで汗をぬぐいながら俺にそう告げた。
「皆、驚くほど的確に働いてくれていて助かっている……。
と、いうより、これは俺の出る幕がないな……」
手にしていた板切れのごとき端末で全体の進捗を見やった俺は、初老のサムライに苦笑いしながらそう返す。
「ほっほっほ……。
何しろ、この十年間ウルカ様をお守りしながら、百姓のふりをして暮らしてきましたからな。
あいや、十年もすればそれはもはや、ふりにあらず……。
我らは侍であり、また、百姓であると言っても過言ではないでしょう」
「苦難は多かったことだろうが、その日々に助けられている」
これは労いの言葉であり、また、賞賛の言葉でもあった。
彼らの知識と経験がなかったならば、俺は何もかもを手探りでやらねばならなかっただろう……。
所詮、俺は王宮育ちのお坊ちゃんに過ぎぬということである。
「そう言って頂ければ、恐悦至極……。
もっとも、あれら重機のおかげで、信じられぬほど作業は楽ですがな。
いや、この老体で農作業は腰にくるので、ありがたい限りです」
「ああ、これらをいずれは大陸全土へ普及させたいものだ」
「それは、夢のような光景となるでしょうな」
そんな風に遠き未来の展望を話していると、だ……。
――ズシン!
――ズシン!
……と、巨大な足音が俺たちに近づいてくる。
『しかし、いいのかマスター?
ハッキリ言うが、オレ様がやっちまえば、どれもこれもあっという間に終わっちまうぜ?』
見上げてみれば、そこにはキートンが立っていた。
彼の手には、根ごと引っこ抜いたリンゴの樹が抱えられている。
キートンには、農地開発の邪魔になる樹の移動と、別の場所への植樹を担当してもらっているのだ。
「もちろん、キートンの力は知っている……。
しかし、俺が目指しているのはあくまでも国作りだ。
お前がいかに万能であろうと、その体は一つ。
で、あるならば、お前に頼らない形での知識と経験を蓄積していかないとな」
『理屈じゃあ分かっても、人の役に立つため作られた身としては、ストレスがたまる話だねえ』
「ほっほっほ、キートン殿は働き者でありますなあ!」
不満を漏らすキートンに、バンホーがそう笑いかける。
――グワアアアアン!
……という音が響いたのは、その時だ。
音の発生源は、『マミヤ』の傍ら……。
そこは屋根のみの大型テントが設置された簡易な調理場と化しており、ウルカがずらりと握り飯を並べてくれていた。
でかい鍋から湯気が立っているのを見ると、味噌汁もあるに違いない。
ちなみに、イヴはそこで調理補助をしてくれており、音の正体は彼女が手にしたシンバルなる楽器であった。
……うん、何か他に昼飯の時間を知らせる方法あるんじゃないかな?
……ひょっとしたら、調理補助とは言いつつも、味付けなどに一切関わらせてもらえないことへ不満を持っているのだろうか?
だが、こればかりは仕方あるまい。俺はまだまだ命が惜しいのだ。
「それじゃ、済まんなキートン。
俺たちは飯を食ってくる」
『いいってことよ!
新妻の料理、たっぷりと味わってきな!』
キートンに茶化されながらも、サムライたちへ混じり塩握りと味噌汁という昼食をとる。
愛すべき妻の料理は少しばかり塩気が強かったが、疲れた体には心地良い味わいだった。