第二次闇の会議
「――みんな、忙しい中よく集まってくれた」
『マミヤ』内に存在する会議室……。
特に理由もなく薄暗くした室内で、集まってくれた三名を見回しながら口を開く。
俺の視線を受けた三名の男とは、すなわち、我が友ベルク、エルフの長フォルシャ、そして――クッキングモヒカンである。
ベルクと長フォルシャはともかくとして、登場人物紹介に名前もないくせしてレギュラーヅラしているクッキングモヒカンをここへ呼んだのには理由があった。
他でもない……。
かつて王宮内で不倫を働き、不義の子――ルジャカをこさえた過去があるからである。
もう、ここまでくれば議題はお分かりであろう。
そう……。
「では、これより……。
『スオムスの庶子ってどんな奴なんだろう? 推測会議』を執り行う」
「まず、大前提だが……」
長フォルシャが挙手し、確認するように各々を見回す。
「サムライの彼と結婚した者を除き、エルフ自治区に他種族と婚姻した者は存在しない。
とはいえ、エルフの中には流れとなった変わり者も数人いるが……。
いずれも男性であり、定期的に繋ぎは取らせている。
そやつらが密かに子供を作り、しかも、件の侯爵と関係を持ったという線は考えなくて良いだろう」
「それはつまり、他種族の線自体を考えなくて良いということだな。
ロンバルド王国には、エルフと普通の人間しか暮らしていない」
長フォルシャの言葉を引き継ぎ、ベルクがそう断定した。
種族は人間に限られる……これは重要なポイントだろう。
「ヒャハ! 俺の体験談から語ってもいいか!?」
「ぜひ頼む。
不倫とか不義の子といった言葉に関して、お前の右に出る者を俺は知らない」
俺にうながされ、クッキングモヒカンが持論を展開し始めた。
「ルジャカの例を見れば分かるだろ?
こういうのは、『あの親からこんなのが!』っていうのがよくあるパターンだ!
つまり、スオムスって野郎の真逆を考えればいいのさ!」
「さすがだ。何一つ根拠がないのに説得力がある」
俺が感心すると、ベルクが溜め息と共に腕組みする。
「ラフィン侯爵家の当主スオムス――山賊爵と呼ばれる男の真逆か。
と、なるといかにもおだやかで心優しく、むくつけき要素が皆無の人間を思い浮かべるな。
例えばそう、眼鏡をかけている読書家の少女とか……」
「ふん、若いな。ベルク殿」
我が友の推理を鼻で笑いながら遮ったのは、エルフの長フォルシャだ。
建国の祖とも顔見知りである偉大なエルフは、若々しい見た目と裏腹の深い思慮を湛えた瞳で遠くを見やった。
「よくよく考えてみるがいい?
この局面で、そんな特に必要もなさそうな人材配置を天がされるだろうか?」
「いやあ、戯曲を紡いでるわけでもあるまいし、そんな変なこと期待されても天は困惑すると思うが……。
それに、必要そうな人材なんてもうあらかた揃ってしまっているぞ?」
俺の指摘に、長フォルシャは深々とうなずいてみせた。
「そう……必要な人材はすでに揃っている。
ゆえに、過去の傾向から考えられるもう一つの法則が適用されるのだ」
「ヒャア、法則ってなんだよ?」
「――イロモノだ」
クッキングモヒカンにうながされ、長フォルシャが放った言葉……。
それを受けて、俺たちは落雷を受けたかのごとき衝撃に見舞われた。
そうだ。オーガの例を見ろ……。
――突拍子もなくとんでもない人間をぶち込んでくるのは、天の常套手段じゃないか!
「なるほど、イロモノか……」
「そう言われると、他にありえない気がしてきたな……」
「ヒャハ! 俺も耳が痛いぜ!」
俺とベルク、そしてクッキングモヒカンが次々と賛同の言葉を放つ。
「パッと思いついたところじゃそうだな……鼻毛を武器に戦う術者とかどうだ!?」
「なんだそれは!? ひどすぎるな!」
「ヒャアッ! でもそのくらいは覚悟しておくべきだぜ!」
俺の言葉に、ベルクとクッキングモヒカンが盛り上がる。
さすがは長フォルシャ……伊達に長く生きてはいない。
彼の言葉があったおかげで、どれだけハジケた奴が来ても対応できそうだぜ!
「さらに、別のパターンも考えられる……」
その大エルフが、重々しく腕組みしながらつぶやく。
「なに? さっき話してた法則とは外れた、また別の切り口があるというのか?」
「うむ……」
俺の言葉に、長フォルシャはうなずきながら目をつぶり……そして次の瞬間、それをくわと見開いた。
「それはずばり――色恋関連!」
「「「色恋関連だと!?」」」
「ああ……アスル殿は立場から考えると、驚くくらいに浮いた話がない。
そこを盛り上げるために、天が新たな刺客を送り込むというのは十分に考えられる……。
例えばそうだな。アスル殿、過去に結婚してあげると約束した女子などいるのではないか?」
「どうだ、アスル。いるのか?」
「ヒャハ! 白状しちまいな!」
「いやいやいや、そんな約束……」
全員の視線を一身に浴びながら、苦笑いする俺だ。
「えーと、侯爵領の辺りだと、まず道中の村に住んでたジョアンナだろ……。
あと領都ミサンでは、パン屋の娘ロッカに教会へ身請けされたアルナに煙突掃除夫の妹キアラに……」
指折り数える俺に、ドン引きした視線を向ける他三人である。
「貴様……節操というものはないのか?
実は私の家に仕えてるメイドも二、三人約束したという娘がいるぞ?」
「ヒャ……どのツラ下げて俺のこと見下してたんだ?」
「アスル殿……そんだけ軽々しく約束してるならエン――」
「――うぐ!?
なんだろう……突然強烈な耳鳴りが……。
ともかく、子供の頃の軽い口約束なんだから」
ひらひらと手を振りながら話を打ち切る俺だ。
まあまあ、そんな偶然があるわけないって。
そもそも、俺ってば既婚者だし!
「まあ、アスルの過去はともかくとしてだ……。
貴様、さっきから人の意見を聞いてばかりだが、自分の推理は披露せんのか?」
「俺か?
まあ、推理っていうか願望になるんだけど……。
真っ当に強くて格好良い新戦士とかがいいな。
こう、黄金のプロテクターとか腕輪とか身に着けて、笛にもなる短剣を武器にする感じで……」
「ヒャア! そいつはイカすな! 活躍間違いなしだぜ!」
「そんでなんやかんやで命を削り戦い抜いた後、装備を俺に託して死ぬ感じの……」
「アスル殿、一体どこまでゲスなのだ……」
ひどいなー長フォルシャ。
俺、ちゃんと二回くらいはその装備身に着けて戦うつもりだよ?
――以下、喧喧諤諤。
俺たちは、様々な推測を交わし合った。
これで、どんな奇人変人がやって来ても大丈夫だ!
--
そして、後日……。
これまで取り引きを封じられた鬱憤を晴らすかのように、商人たちが盛大に行き交う中……。
その人物は、あらかじめ取り決めた符丁に従い招かれ、王庁舎ビルに姿を現わした。
「初めまして。
ラフィン侯爵家当主スオムスの命に従い、こちらへ身を寄せさせて頂くソフィと申します」
ロビーで待ち受ける俺たち四人の前でぺこりと頭を下げたのは、ごく一般的な旅装に身を包んだ茶髪の女性である。
年頃は、俺より一つか二つ下くらいか……。
綺麗ではあるが、街を歩けばそこそこは出くわす程度のそれであり……。
目の色こそスオムスと同じ青なものの、山賊爵と呼ばれた男の覇気などは一切受け継いでいない。
つまるところ……その……なんだ……。
――すごく普通の女性であった。
「「「「すいませんっしたあッ!」」」」
四人揃って、勢いよく頭を下げた。




