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くれないの? ブタ 6

 さて、遥か上空から華麗に着地する様を見せるという、俺の先制パンチから始まったラフィン侯スオムスとの交渉であるが……。

 結論から言おう。

 一瞬でケリがついた。


 何しろ、双方が相手の持っている物を欲しており、しかも状況がひっ迫しているのだ。

 くだらん腹の探り合いや、条件の押し付け合いが介入する余地など存在せず……。

 侯爵領側は木材に関する商人を、我が方は家畜に関する商人をそれぞれ通行許可することに同意したのである。

 しかも、関税はゼロだ。

 これはスピーディーに事を運ぶための措置であり、ベルクにはあらかじめ許可を取りつけてあった。


 双方合意した映像はスタッフに撮影させたので、今、この瞬間にも編集されテレビを通じ報道されていることだろう。

 それにより、余剰の家畜を抱える各貴族家が素早く動いてくれることを期待したい。


 で、俺は今、何をしているかというと……。

 ラフィン城に存在する談話室でスオムスとサシで向かい合い、彼が開けたワインの味を楽しんでいた。


「しかし、驚きましたな……。

 ここにいるのは人形であると聞いておりますが、実際に見てもちがいが分かりませぬ。

 しかも、こうして酒すら舐めているのだから……」


「まあ、味は分かっても当然ながら酔うことはできんけどな」


 銀杯を傾け、スオムスが秘蔵にしていたという――俺が生まれた年に作られたワインの味を楽しむ。

 わざわざ歓談の場でこれを出したのは、俺に対する親愛の表れであり……訣別の意思を示すためであろう。


「それにしても、今回は助かった。

 察しているだろうが、我が方ではブタが足らず、このままでは民たちにまともなクリスマスを過ごさせてやれないところだったのだ」


「助かったのは、こちらとて同じこと……。

 このままでは、暖を取れず死ぬ者すら出かねないところでしたからな。

 その上、我が家は封鎖網を敷いた初期に、賠償として各家がそちらへ贈ろうとしていた品々を一部買い取っています。

 その中には、ブタを始めとする家畜類も多数含まれていましてな……。

 ありていに言って、だぶついているのですよ」


「なるほどな……」


 そういうの、駆け引きなく話しちゃうのは美点であり短所であるが、俺はスオムスのそういうところを買っている。

 そして、そういった事情を抱えながらも限界ぎりぎりのところまでこちらと接触を図ろうとしなかったのは、この男の複雑さであるにちがいない。


「ともあれ、分かっているとは思いますが……。

 仲良くやれるのは、矛を交えるその時までです」


「……分かっているさ」


 ――本題に入った。


 そのことを直感しながら、俺はうなずく。

 謁見の間で家臣たちに囲まれ、俺のスタッフに撮影されながら交渉していた際にもずっと感じていた違和感……。

 ベルクに話した通り、今回の最初からずっと感じていた引っかかり……。

 それが今、明かされようとしている。


 確かに、木材は必要であるにちがいない。

 だが、その裏に他の事情があるだろうことを俺はずっと直感していたのだ。

 理屈などない。スオムスのことを知っているからこそ抱けた感覚である。


「とはいえ、事を構えるその時までは互いに人や物が盛大に行き来することとなりましょう」


「ああ……」


「これは、独り言ですが……」


 人払いされ、俺の他には使用人一人存在しない談話室……。

 壁にかけられた歴代当主の肖像画を眺めながら、スオムスはぼそりとつぶやいた。


「もしかしたら……もしかしたならば……。

 行き交う者たちの中に、我が血を継ぐ者も混じっているかもしれませぬな」


「……ほう」


 この瞬間、全ての疑問は氷解した。

 スオムスは正室の他に側室がおり、俺と同年代の長子を始め六人ばかりの子供たちがいる。

 だが、ここで言うスオムスの血を継ぐ者というのは、俺とも面識のある彼ら彼女らを指す言葉ではあるまい。


 おそらくは――庶子。


 表沙汰(ざた)にはできない、スオムスの隠し子だ。

 なぜ、そう感じたのか……。

 それは堂々とこちらへ寄越すのではなく、人々に紛れ込ませる形で密かに送ると告げたからである。


 周知されている子供を正統ロンバルドへ寄越すのならば、堂々とすればよい。その方が、互いに面倒がなくていいからな。

 それができないのは、送り出すのが公式な子供ではないからだろう。


 なぜ、スオムスがそのような手を打つのか……。

 その理由は他でもなく、血の存続を図るためだ。

 庶子とはいえ正統ロンバルド側にも侯爵家の血を継ぐ者がいれば、旧王家と俺と、どちらが勝っても血は残るからな。


 これをもって、彼を裏切り者とそしることなど誰にもできない。

 家格の大小を問わず、血の存続を図るのは貴族家にとって最大の使命であるからだ。

 本来ならば、公式の子を正々堂々と人質として送りつけてもいいくらいである。

 それをしないのは、旧王家派の筆頭として派閥が乱れることを恐れているからにちがいない。


 当代の当主として、万が一の敗戦に備えた一手は是が非でも打っておきたい……。

 しかし、表立ってそれを行うことは立場が許さない。

 隠し子を俺にゆだねるというのは、その二つを両立させる冴えた案であった。


 冴えた案ではあるのだが、しかし……。


「……やめてくれませんかな。そういう目で見るのは」


 我知らず、態度に出ていたらしい。

 いやー、だってさー、それなりに事情とか色々あるんだろうけど、知らぬ仲でもない人物がどこぞで隠し子こさえてたわけだよ?

 少々の(あき)れを抱いてしまうのは、致し方ないことであろう。

 正直、ここまでこいつを持ち上げ続けた俺のナレーションを返して欲しい。


「色々とあるのですよ。男が、男として生きるには……」


 もうよせスオムス。口を開けば開くほど情けないことになってくる。

 なんだか白けてしまった気分を持ち直し、こほんと一つ咳ばらいをした。


「あー、俺も独り言を言うが……。

 正統ロンバルドは、侯爵家の血を継ぐ者を手厚く保護することだろう」


 俺の言葉に、スオムス・ラフィンは……山賊爵と呼ばれる男は心底からほっとした息を吐き出す。


 確かに、此度(こたび)の策は家の存続を第一に考えた上でのものだ。

 だが、それとは別に(くだん)の隠し子を心配する気持ちも持っていたにちがいない。

 何しろこの男は、身内に対してはどこまでも優しいのだから。


 そのようなわけで……。

 正統ロンバルドはどうにかクリスマスを迎える算段が付き、ついでにラフィン侯爵家の隠し子を預かることになったのである。

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