くれないの? ブタ 5
「すごい……!
こんなに人が集まるものなんですか……!?
こんなに人が暮らすものなんですか……!?」
俺が操縦する甲虫型飛翔機の後部座席に座り、上空からラフィン侯爵領の領都ミサンを俯瞰したサシャが、興奮しながら声を張り上げれば……。
「すっげー!
おらたちが暮らす村なんて、この中に何個入っちまうんだろう!」
エルフ女性の操縦する機体に同乗したジャンが、負けじと叫んだ。
「大したものだろう……!
北に伸びているのが、辺境伯領までをつなぐスーノ街道!
東がトスイ街道! 西がトウェス街道! 南がスーサ街道!
それら四つの主要街道と接続し、ロンバルド王国における人と物の行き来を一手に担う商業都市……!
それこそが、ラフィン侯爵領の領都ミサンだ!
そりゃあ、バカでっかくもなるさ!
――見ろ!」
いい機会なので、兄弟弟子たちに王国が誇る重要拠点の特徴を説明するべく、街の外縁部を指差す。
「お前たちの暮らしていた村を始め、これまで訪れていた村や町は小規模ながらも魔物などを警戒した柵や壁が設けられていただろう?
だが、ミサンにはそれがない!」
俺が指さした先、街の外縁部には言葉通り石垣も木の柵も存在せず……。
北へ至るスーノ街道を除いた三街道との接続部では、人と馬とがひっきりなしに行き来していた。
「いい光景だ……。
飢饉の際には、商人たちの往来がぱったりと途切れていた。
それがずいぶんと持ち直したもんだ……!
だが、驚くには値しないぞ!
本来のミサンならば、この五割増しで人と物が動く! 夏だろうと冬だろうと関係なくな!」
「兄ちゃん! 相手は敵なのに嬉しそうだな!?」
赤毛の弟弟子が放った言葉に、俺は破顔してみせる。
「敵だが、俺が利益をもたらすべき人々だ!
俺たちの働きが、そんな人々の役に立ったというのは、『死の大地』を五年さまよった甲斐があったというものだな!」
「――どうやら、先方もこちらに気づいたようです!」
弟と同じ赤毛をなびかせる妹弟子の言葉に、街の様子を見やった。
二人や随伴するスタッフへミサンを紹介するため、ずいぶんと高度を落としていたからな……。
目ざとい人間の何人かが空を指差して騒ぎ立て、それが爆発的に人々の間へ伝播しているようだ。
ラフィン城の門前を見やれば、慌てて飛び出したスオムス旗下の騎士たちが緊張した面持ちでこちらを見上げている。
どうやら、そこに降りるのが良さそうだな。
しかし……。
「全員、よく聞け!
どうやら出迎えの準備が整っているようなので、城の門前に降下するぞ!
だが、ただ降りるだけでは面白くない……。
俺が最初に一発かますから、お前たちは残ったサシャの面倒を見つつゆるりと降下してきてくれ!」
「え? え?」
突然の宣言に後ろで慌てるサシャを無視し、素早くタッチパネルを操作する。
「――よし! 自動運転モード設定完了!
サシャ! そのまま大人しくしていれば勝手に降下してくれるから、落ち着いて座ってなさい!」
「は、はい!」
「――とう!」
サシャの言葉を背に受けながら、俺は操縦席のエアシールド機能を解除しひらりと飛び降りる!
生身であったならば、そのまま魔術で飛翔すればよいだけだが……。
今、この身はメタルアスルだ。そんなものは使えない。
だが、この体には七つの秘密が宿っている!
「いくぞ!
ゴーゴー! アスル君パラソル!」
俺が右手をかざすと、そこから流体型ナノマシンがニョキニョキとパラソルを生み出した!
これこそが、七つの秘密が一つ! ゴーゴー! アスル君パラソル!
「ふははははは!
俺はメリー・ポピ――」
パラソルを握って滞空しながら、いい男の名を叫ぼうとした俺であるが、それはかなわない。
なぜかって?
……滞空しなかったから。
――ドゴーン!
……と。
落下の勢いを一切殺せなかった俺は、城の門前に存在する広場の石畳を突き破り、そのまま遥か地中深くまで埋まったのである。
「……テキスト呼び出し。
パラソルについて」
土の中に埋まりながら、パラソルの説明書を視界に表示させた。
--
ゴーゴー! アスル君パラソル!
空中からの落下速度を気持ち軽減させてくれる機能です。
が、しょせんは気持ちの問題なので素早くリアクションを決めた後にバルーンを作動させてください。
ちなみに、バルーンはパラソルの後でないと作動しません。
--
「……あ、そう」
イヴが作成したテキストに目を通しながら、俺は地中で毒づくのだった。
良い子のみんな! 説明書はちゃんと読もう!
--
主君であるスオムスの命に従い、いつ正統ロンバルド――否、賊軍の使者が姿を現わそうとも、即応できるよう待機していた騎士たち……。
彼らは今、いたたまれない沈黙と共に城門前の広場へ立ち尽くしていた。
彼らが沈黙している理由は、他でもない……。
目の前に深々と穿たれた、人型の穴である。
両腕をぶわりと広げつつ脚をがに股に開き、その状態で腹から地面へ激突することで生み出されたそれは、一種の芸術性すら感じる形状をしていた。
だが、今はそんなものを感じている場合ではない。
「なあ、どうするんだよ。これ……」
城門前に飛び出した騎士の一人が、ぼう然としながらそうつぶやく。
「そんなこと、俺に言われても……」
だが、声をかけられた騎士とて何をどうすればいいのか分かったものではなく、同じように立ち尽くすのみだった。
「いきなり空から落ちて来て、一体何がしたかったんだ?」
「さあ……なんか変な形をした布張りの棒を持ってたけど?」
元々は盾のようにも見える布を張っていたその棒であるが、今は当然ながら風圧でぐしゃぐしゃに折れ曲がり、穴の傍らへむなしく転がっている。
「なんか、わけ分かんないこと言ってたよな?
自分はメリーだとかポピだとか。
お前、意味分かるか?」
「分かるわけないだろう?
……やっぱ、あの第三王子気が触れてるんじゃないか?」
「バカ! 滅多なことを言うな!
あんなアホでも一応は王族で、スオムス閣下の親戚であらせられるのだぞ!」
「自分でもアホとか言ってんじゃないですか……」
言い争う騎士たちであるが、それがぴたりと止まった。
止まったのは、口だけではない……。
彼らの動き、そのものだ。
なんとなれば……。
「なあ……何か聞こえないか……?」
「ああ、まるで地の底から響き渡るような……」
騎士たちがそう言ったように、人型をした穴の底からザリ……ザリリ……と、土の削れる音が漏れてきたのである。
「一体、何が……?」
騎士の一人が、穴の中を覗き込もうとしたその時だ。
「――はあっ!」
「うおおおおおっ!?」
謎の人影が、恐るべき勢いで穴から飛び出してきたのである。
いや、この状況下で謎の人影もクソもあるまい……。
不屈の意思で地の底から這い上がり、今、陽の当たる世界へ飛び出した人物……。
『テレビ』で見た通り見事な縫製の衣服を土まみれにしたその青年こそは、さっき無様な落下を見せた人物――アスル・ロンバルドその人だったのである!
「しゅたっと着地!」
「アイエエ……」
見事な着地を見せたアスルの眼前で、穴を覗き込もうとした騎士が腰を抜かしながらヨタモノのごときうめきを上げた。
「ふう……」
アスルはそんな騎士に取り合わず、衣服に付いた土を入念に取り払う。
そして、きりりとした顔を騎士たちに向けながらこう言ったのである。
「出迎えご苦労!
正統ロンバルドの王、アスル・ロンバルドである!」
――無かったことにするつもりだ……。
騎士たちの心が、一つになった。




