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くれないの? ブタ 3

 ――のろし。


 太古の昔より用いられてきた、情報伝達の手段だ。

 当然ながら、ロンバルドの騎士たちは訓練課程でこれの上げ方を叩き込まれる。

 で、あるから、ラフィン侯爵領のとある平原でその準備にいそしむ騎士たちにとっても、これは手慣れた作業であるはずだった。


 そのはずなのだが……。

 動員された三名ばかりの騎士にも、随伴(ずいはん)を命じられた魔術師にも、慣れた作業に対する気安さは全く感じられない。

 いや、それどころか。

 針葉樹の枝を積み上げる顔は真剣そのものであり、さながら(いくさ)に挑むかのごとき様相なのである。


「これならばよいだろう。

 魔術師殿、頼む」


「――はっ!」


 監督役の騎士に請われ、魔術師が一同の前に進み出た。

 そして、最適な形へ積み上げられた枝に手をかざし、これに魔術を発現する。

 使った魔術は、ごく初歩的な発火のそれだ。

 本来ならば、たかがのろし程度に魔術が使われることなどない。

 それを押して彼が動員されたのは、この任務が万に一つの失敗も許されないことを意味していた。


「よし、いいぞ」


 ここに運び込んだ枝は、脂の多い針葉樹から選び抜いたものであり……。

 おびただしいほどの白煙が、たちまち天に向かってそそり立った。


「今日は風がないが、念のため、魔術師殿はいつでも風を操作できるよう備えておいて頂きたい」


「心得ました」


 緊迫した眼差しで立ち上がる白煙を見守る一同であるが……。

 幸いにして、予想外の突風に見舞われるようなことはなく、白煙の塔とでも称すべき光景が繰り広げられる。


「どうやら、他の場所でも首尾よくいったようだな」


 監督役の騎士が見た方を見やれば……。

 遠方でもう二か所、白煙が上がっているのを確認できた。

 もし、天から地上を俯瞰(ふかん)できる者がいたならば、ちょうど三角形の各頂点から煙が上がっているように見えることだろう。


 いや、これは例え話ではない。

 実際に、天から地上を俯瞰(ふかん)できる者は存在するのだ。


 ――カミヤ。


 『テレビ』を通じ、有用な天候情報の数々を伝えてくれる彼の姿を知る者は、ここにいない。

 知っているのは、彼の能力。

 果たして、いかなる方法を用いているのか、彼はいかなる鳥類も魔物も及ばぬほどの超高高度から地上の様子を観察しており……。

 そこから得られた雲の動きなどを通じて、先々の天気を恐るべき精度で予想しているのだ。

 こののろしは、そんな彼に向けたメッセージなのである。


「それにしても、閣下はどういった腹積もりなのでしょうね?」


 ここまでくれば、気を張り続ける必要もない。

 ようやくにも気をゆるめた若手の騎士が、立ち上がる煙を見ながら胸中の疑問を口に出した。


「さあな……。

 まさか、ここにきて正統ロンバルド――いや、賊軍と接触を持とうなどとは」


「もしやとは思うが、閣下は王家からの鞍替えを考えているのでしょうか?」


 魔術師の言葉に、騎士たちはううむとうなる。

 今のところ、侯爵家からすれば取るに足らない弱小貴族家ばかりであるが……。

 正統ロンバルドと正式な同盟を結んだ貴族家の情報は『テレビ』を通じて続々と伝えられており、領内からこれをかき集め情報収集に当たる者たちは戦々恐々としているという。


 そして、民たちから『テレビ』を取り上げているのは侯爵家を筆頭とする王家派と称すべき派閥の貴族家たちであり……。

 そうでない貴族家たちは、続々と正統ロンバルド支持へ傾くものと予想されていた。


「王家に対する閣下の忠誠心、これを疑う者はいないだろう。

 だから、正統ロンバルド側に(くみ)するということはないと思う」


 考え込んだ(のち)、監督役の騎士がそうつぶやく。


「だが、閣下はそれ以上に身内の……我らの利を重んじられるお方だ。

 王家への忠誠に反しない範囲でという、但し書きはつくが……。

 今回の決断は、そのようなところからきているのかもしれぬ」


 一同の中で、最も年かさの騎士が放った言葉……。

 それは確かに、真実の一端を捉えていたのである。




--




 既存の文明とは一から十までが異なる正統ロンバルドであり、ひと言で査察といってもきちんと理解するには相応の時間が必要だ。

 そのため、皇国と獣人国の視察団には数日をかけ、旧『死の大地』各所へ造られた採掘施設を巡ってもらっているところである。

 その後は、辺境伯領領都(ウロネス)やエルフ自治区にも訪れてもらい、より理解を深めると共に親交も深めていただく予定であった。


 だが、その全てに俺が同行するわけではない。

 旧ロンバルド王国各地の外遊も重要な仕事であるし、今はそれに加えブタの確保という大任も加わっている。

 そのようなわけで、視察団を送り出した後王庁舎ビル最上階の執務室で資料をめくっていた俺であるのだが……。


「はあ……駄目臭いなあ」


 エルフの長フォルシャから贈られたすっごい古木製の執務机に、ぺらりと資料を投げ捨てながらそうつぶやく。


「駄目ですか?」


「駄目だとも」


 まるで彫像のように傍らへ立つイヴが無表情に小首をかしげると、俺はそう即答してみせる。

 資料に書かれている、内容……。

 それは、ベルクの諜報組織が集めてくれた次に向かう貴族家の内情であった。


 現在、我が正統ロンバルドは旧ロンバルド側から人の行き来を封じられている状態であるが……。

 もともとベルクが各地へ放っていた諜報員に関しては、野放しの状態である。

 そこに目を付けたベルクの要請に従い、俺は多数の携帯端末と充電用ソーラーパネルを用意。

 そして、甲虫型飛翔機(ブルーム)で文字通り人を飛ばし各地へ潜伏中の諜報員と密かに接触させ、これを渡させたのだ。


 以来、ベルクの(もと)へは緻密にして最新の旧ロンバルド事情が常に集められている。

 まったく、持つべき者は諜報組織を持つ友人だな!

 ……ところで、どんな諜報組織なんだろう? 教えてくれないんだけど、シノビみたいなものなのかな?


 閑話休題。


 各貴族家を外遊するにあたって、俺はベルクの諜報組織が集めてくれた情報に目を通しているわけだが……。

 それを元に考えると、やはり今回接触する貴族家でもブタの融通は難しそうであった。


「カミヤたちにも話した通り、ブタが必要なのはどの領でも同じだからなあ」


「こうなっては、オーガとモヒカンたちを放ってどこか適当な外国からブタを誘拐させるしかないのでは?」


「おっそろしいこと言うな?」


 いつも通り髪の色彩を無限に変化させる少女の提案へ、苦笑いしながらそう答える。


「そんな、この世の地獄みたいな光景はごめんだな。

 それに、オーガは義理堅い覇王だ。

 いくら窮状(きゅうじょう)にあるとは言っても、理由なくよその国でヒャッハーしてはくれないだろうよ」


「では、どうなさるおつもりですか?」


 イヴの言葉へ、額に手を当てながら考えた。


「こうなると、カミヤに命じている野生のブタが都合よく大量に生息している地の捜索が成功することを祈るしか……ハァ……ハァ……」


「そんないつでもどこでも豚汁が作れそうな凄ェワンダーランドが存在するとは思えませんが?」


「ハァ……ハァ……そうだな」


 なんか急に息切れしてハァハァしてしまったのは、それだけ頭を回転させているからだろうか?

 そんな風に語り合っていた、その時である。


「マスター、そのカミヤから連絡がきました。

 どうやら、新たな貴族家が接触を求めているそうです」


「んー、どこだ?」


 最近は、おなじみとなってきた報告……。

 しかし、続けてイヴが放った家名に俺は驚きの声を上げたのであった。

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[一言] 野生の豚……イノシシとは違うので?
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