くれないの? ブタ 2
『なんだってー!?』
『本当なのかキバ――マスター!?』
『どういうことなのか説明してくれ!』
「うむ……」
ノリノリのリアクションを見せる三人へ重々しくうなずき、気の迷いで装着していた眼鏡を外す。
そして、建国一年も経たぬ内に直面した我が国滅亡の危機に関して話すことにした。
「正統ロンバルドが滅亡するというのは、他でもない……このままでは、クリスマスを迎えることができないからだ」
『あー、その前にマスター。ちょっといいかな?』
「どうした?」
話を続けようとする俺を、恐る恐るといった様子で制するカミヤの言葉を待つ。
『一応……一応さ、聞いておきたいんだけど。
――ロンバルドってどういう風にクリスマスを祝うんだ?』
「クリスマスというのは、最も偉大な聖人の降誕を祝う日だ。
この日は、どの家庭においても目一杯のご馳走を用意し夜を過ごす。
そんなの常識だろう?」
『うっわ、腹立つ』
『ロボット三原則がなければ殴ってるところだ』
「なんで!?」
何やら物騒なことをささやき合うキートンとトクにおののきながら、ともかく先を続ける。
「ちょうどいい。どんな風にクリスマスを過ごすかという話だが……。
三人は、クリスマスと言えば何を思い浮かべる?」
俺の言葉に、三人は人間で言うアゴにあたる部分へ手を当て考え込んでみせた。
『そうだな……まずはクリスマスプレゼントだろ?』
『カードもだな』
『あとは、クリスマス休暇を取っておけば完璧だな』
「まあ、そんなところだろう。
カードというのはよく分からないが、感謝と愛の言葉ならどの家庭でも贈り合う」
表情というものが存在しない文字通りの鉄面皮でありながら、どこかほっとした空気を漂わせる三人を見ながら続ける。
「クリスマスというのは、一年で最も重要な行事と言って良い。
例として、大した事情もなくクリスマスに子供を放置した親が、我が子と強制的に引き剥がされたこともあるほどだ。
クリスマスをつつがなく祝ってこそ、一人前の家長!
それは何も家庭だけの話ではなく、国家においても同じだ。
もし、満足なクリスマスを民に迎えさせることが出来なければ、為政者たる資格なしと断じられることだろう」
『つまり……マスターはこのままだと、人々に満足なクリスマスを過ごさせてやることができないってことか?』
「話が早くて助かるな。その通りだ、カミヤ」
俺の言葉に、三人は顔を向け合う。
『ちょっと、オレ様には想像がつかないな……。
そりゃ、銀河帝国時代に比べれば発展途上もいいところだけど、今の正統ロンバルドがちゃんとしたクリスマスを迎えられないとは思えないぜ?』
『おれも同意見だ。
一体、何が足りないってんだ?
大抵のことは、おれたちに命じてくれればかなえてみせるぞ』
キートンの言葉にうなずいたトクが、実に頼もしいことを言ってくれる。
「その言葉は嬉しいけどな……。
でも、こればかりは三人の力でもどうにもならないんだ」
『言ってくれるな。
そろそろ、もったいぶらずに教えてくれ。
一体、何が必要なんだ?』
「――ブタだ」
カミヤの言葉へ、間髪入れずにそう答えた。
「ロンバルド王国においては、クリスマスの食卓で必ずピッグ・イン・ブランケットという料理を並べる。
どれだけ貧しい家であっても、借金してでも必ずこれを用意する。
あの料理がなければ、クリスマスは始まらないと言って過言ではない」
――ピッグ・イン・ブランケット。
平たく言うと、腸詰めをベーコンで巻いた伝統料理である。
懐かしい……かつては俺も父上たちと共に、同じ食卓を囲みこれを食したものだ。
それが、正統ロンバルドでは手に入らない。
『あー……ブタか』
『確かに、ブタは育ててないもんなあ』
『鶏の時みたく人工培養しようにも、もう魔物の死体から得た材料は使い切っちまったしな』
「元が『死の大地』だった一帯は当然として、領土のほとんどを森林に覆われている辺境伯領も畜産は盛んではない。
それで畜糞が得られず肥料の質も落ちているため、農業の生産力を本来より低下させているのは三人も知っての通りだ」
こんなことなら、鶏ではなくブタを人工培養するべきだったかもしれないが……。
いや、あの時は生産効率が第一だった。他の選択肢は存在しないだろう。
「だから、毎年辺境伯領では大々的に外の領からブタを買い付けているわけだが……」
『あー、今、封鎖されてるもんな』
「そういうことだ」
毎日上空から撮影して、誰よりもそのことを熟知しているカミヤの言葉にうなずく。
父上たちの敷いた封鎖網は、じわじわとボディーブローのように効いているというわけだ。
やはり、人の行き来を封じられるというのは手痛いな。
「それで、普段この仕事をしてる業者には悪いが空中経由で買い付けようと方々で交渉しているんだが……これもかんばしくはない。
今年の冷害は畜産にも大打撃を与えていて、各領は自前のブタを確保するだけで精一杯の状態なんだ」
そこまで話し、格納庫の天井を見上げる。
「ハッキリ言って、詰んじまった。
……どうしよう?」
『どうしようって言われても、他の料理じゃ駄目なのか?
例えばほら、サーモンとか!
魚介類なら、おれがトン単位で捕って来てやるぞ』
トクの言葉に、首を振った。
「サーモンの美味さは俺も認めるけどな。
こればかりは、理屈じゃないんだ。
ロンバルドのクリスマスは、ピッグ・イン・ブランケットがなきゃ駄目なんだよ」
『人間の、こだわりかあ……。
オレ様たちでは、共感することはできないが……。
でも、理解はできるつもりだぜ?
インプットされてる人類史を紐解けば、宗教と文化が原因で大事になった例は腐るほどあるからな』
『どんな時代になっても、人間の抱える問題は変わらないもんなんだな……』
俺も知らない古の出来事を振り返ったキートンとカミヤが、軽く肩をすくめてみせる。
――打つ手なし。
ついさっきまでロボット三人がうかれながらクリスマスの準備をしていた格納庫には、重苦しい沈黙が立ち込めたのであった。




