貧国
本当ならば、市場のすぐ近くに五十階建てくらいのビルをドーンと建て、『ロイヤルアスルホテル』とでも名付けたいところなのだが……。
残念ながら、集めた職人たちはまだまだ『マミヤ』のテクノロジーを用いた建築に慣れておらず、その案は断念するに至っている。
代わりの案として採用したのが、辺境伯領における伝統的なそれを用いた館の建設と、エルフが用いる布張り住居を群立させた宿泊所の設立だ。
いずれも見た目は辺境伯領領都やエルフ自治区に存在するそれをちょっぴりゴージャスにした代物に過ぎないが、内部にはテレビや空調を始めとする古代技術が備えられており、快適さは段違いのものとなっている。
主に、前者は富裕層に、後者は各町村から集められた一般庶民に利用させており、どちらも好評を頂いていた。
最終的には、国民総中流階級とも呼べる社会を実現するのが俺の目論見であるが、新旧問わずまだまだロンバルドは身分制度が息をしている国だ。
何しろ、王族出身者であるこの俺が言うのである。間違いない。
で、あるから、無理くりに一か所へ押し込むのではなく、同じような暮らしぶりの人間同士で宿泊するこの仕組みは、かえって初期構想よりも現状にかなっていると言えた。
さて、そのようなわけで、普段は館宿泊組とエルフ住居宿泊組に分けて夕食を楽しんでもらっているわけであるが……。
今日ばかりは、ちと様相が異なる。
普段はエルフ住居宿泊組が使用している、簡易の野外調理場……。
そこを用いての、超無礼講パーティーが開かれているのだ。
今日は皇国と獣人国の視察団を館に迎えており、本来ならばあり得ない話である。
あり得ないそれを成立させてしまったのは、広場に運び込まれた小山ほどもある魔物の死体であった。
――ドララワニ。
……いや、ダララワニだったかな? まあ、名前はどうでもいい。
クッキングモヒカンたっての希望により、オーガ自らの手でここに運ばれたそれをその場で調理し、立食形式で皆に振る舞っているのである。
まあ、食べられるというのに痛ませてしまうのももったいないし、ワム女史たちも喜んでそれを受け入れたので快諾したというわけだ。
さすがに、視察団が食事を楽しむスペースとそれ以外とは、警備の修羅たちも動員して分けたけどな。
何しろ、獣人国……ひいては皇国とつながりを持っているのは、テレビでも報道していない秘中の秘だ。
旧ロンバルドとの行き来は制限されているので、市場の自由見学などは楽しんでもらうことにしたが……なるべく、情報は漏れないようにしたいのである。
それにしても、モヒカンや修羅たちが手際よくなんとかワニを解体し、クッキングモヒカン指導の下切り分けられた各部位が次々と並べられていく様は……うん……なんというか……。
大丈夫だろうか? 俺の国。父上が言ってたように、気が触れてるんじゃないだろうか? 俺。
やめて……修羅たちやめて……バカでかい焚き火を中心に不気味な舞を披露するのやめて……。
視察団用スペースでは、ベルクに口利きしてもらった使用人の一人がワニ肉を炭火焼きにし、振る舞っているのだが……。
俺はそれを取りに行く気力も湧かず、飲み物の入ったグラスを手にただただ立ち尽くすのみだった。
「おや、陛下はお食べになられないのか?」
そんなところへ声をかけてきたのは、他でもない……ワム女史である。
彼女が手にした皿には、これでもかというほど大量の肉が盛り付けられており……近寄りがたい美貌とは裏腹に、なかなかやんちゃな食欲の持ち主であるとうかがえた。
「いやはや! この肉は実に美味いな!
あたしもこれまで、様々な美食を口にしてきたと自負しているが、これはいっとー美味い!
二番目は、道中に頂いたあのエキベンとやらだな!」
もっちゃもっちゃと豪快に肉を頬張りながらそう言う彼女は一人であり、いつもの黒エルフはいない。
となると、これは外交の一環であるにちがいない……めっちゃ食事を楽しんでいらっしゃるけど。
「そう言っていただけると、あれを狩ったオーガたちも喜ぶでしょう」
「いやはや、彼には感謝することしきりだ!」
「あ、ああ見えて彼女なんすよ」
「マジで!?」
そんな感じで、オーガの性別について訂正しつつしばし世間話を楽しみ……。
自然と、話は今日の視察へもつれ込んだ。
「それで、どうですかな?
我が王都を視察してみての、感想は?」
「そうだな……」
すでに皿の上を八割ほどは平らげつつあるワム女史が、ニヤリと笑ってこう告げてみせる。
「この視察を通じて見えたものといえば……。
正統ロンバルドは、史上稀に見る貧乏国家というところだな」
「あ、やっぱバレてた?」
ワム女史としては、こちらの意表を突いたつもりであろうが……。
俺としては、そこを見抜くだろうことは織り込み済みである。
何しろ、この女は俺と同類だ。
逆に、そのくらいは見抜いてくれないと話が進まんので困る。
「おや、驚かれないのだな?」
「それだけ、私は貴君を買っているということだ。
それで、どこからその結論を導き出した?」
「そうだな……理由はいくつかあるが」
ワム女史は一旦食べるのをやめ、ポケットから一枚の硬貨を取り出す。
それは、我が正統ロンバルドの貨幣……キートン氏が精密に彫られた金貨であった。
「一番はこれだな。
この貨幣……貴金属としての価値を除けば、実体がない。
デザインも微妙だ」
「それは俺も心からそう思う」
うなずくと、金貨をしまったワム女史が続ける。
「そもそも、視察させて頂いたほとんどの施設がまだ試験運用の段階であり、利益を出せていない。
が、当然ながら務めている者に給金は発生する。
陛下はそれを、この貨幣でまかなっているわけだが……収入があるわけでもないのに発行しているこれは、空手形もいいところだな。
言ってしまえば、正統ロンバルドという国は民草へ借金を重ねて運用している国家なわけだ」
「お見事」
何しろまだ、税収入がないどころかその仕組みすら作り終えてないからね。
実は俺、世界一の貧乏人なのだ。
「となると、私が貴君に求めていることもご理解頂けるな?」
「この肉と同じ……狩って、その分け前をよこせと言うのだろう?
そのための準備や支援を、そちらが持つという条件でだ」
ワム女史はそう言いながら、残りの肉をまとめて頬張る。
なんか、他人が食ってるの見てたら腹が減ってきたな……。
まあ、今は真面目な話をしているところだ。後にしよう。
「さすがに、獣人国から手を引いてもらうだけではこちらが大赤字なのでな。
ワム殿にはぜひ、ご活躍して頂きたいと願っているよ」
「はっはっは……!
まあ、せいぜい共に我が祖国を食い物としようではないか?
……とはいえ、取り分をどうするかは要交渉だがな」
「そこは、お手柔らかに願いたい」
俺が肩をすくめたところで、ひとまずこの場での歓談は終わりとなる。
なかなかどうして、手強い交渉相手となるだろうが……。
我が正統ロンバルドが国としての収入を得るために、避けては通れぬ戦いだ。がんばろう。
そのためにも、とりあえずワニ肉で腹ごしらえを……。
そう思いながら、ダララワニの方を見たその時である。
「――ウソだろ!?」
思わず、そう叫んでしまった。
なんか……あれだけの巨体がもう骨だけとなっており……。
周囲には、腹を真ん丸に膨らませたモヒカンや修羅たちが満足げに寝転がっていたのである。
……さっさと食っとけばよかった。




