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皇国視察団 工業・農業区画&市場編

 ずらりと並んだそれをひと言で形容するならば、鋼鉄で再現された人間の腕骨格……ということになるだろう。

 ただし、先端に存在するのは五指ではない。

 ある腕には、カニの爪にもよく似た部位が取り付けられており……。

 また、ある腕は、生物界には存在せぬ三つの爪を備えている……。

 果たして、いかなる用途に用いるのか……羽ペンの先端にも似た部位を備える腕も存在した。


 それら人造の腕は、ひとりでに動く奇妙な巻き布の両端部へ並べられており……。

 巻き布が、芯と称すべき部品を運んでくると……おお……これは……。

 腕の一つ一つが、まるで目を持ち合わせているかのように素早く……そして的確に動き、自らへあてがわれた部品を芯へと装着していく。

 例のペン先がごとき部位を備えた腕に至っては、遠目では視認が困難なほど小さな部品を正確に保持し、取りつけているのだと察することができた。


 そうして、芯には次々と部品が装着されていき……。

 やがては、ワムたちも見たことがある品が完成する。

 すなわち――ブラスターライフルがだ。


 ――オートメーション。


 アスル王がそう称したビルクの生産設備は、圧巻のひと言である。

 ごく少数の者が、監督役として従事するだけで……。

 後は、先の自ら動く腕などが高品質な品々を次々と生み出していくのだ。


 もちろん、それはブラスターのみに限定されるわけではなく。

 先に案内された設備では、缶詰めだとか、カップ麺だとかいう食品? が同じ要領で大量に生産されていた。


「これを見たら、元鉱人国地方を治める第四皇子(ヤーハン)はどう思うだろうな」


 かの地は、皇国最大の金属類生産拠点であるが……。

 この工場なる施設一つで、下手をすればその生産能力を上回るだろう。




--




 少人数での、大量生産……。

 それは、加工品生産のみならず農業においても適用されていた。


 ビルクの主な水源であるらしい湖へ寄り添うように開墾された田園地帯は、一見すればごく一般的なそれに見えるが……。

 そろそろ穂を備えようかという稲は、植えてからまだ二週間ほどしか経っていないのだという。

 獣人たちの反応を見れば、稲作への知識がない皇国人にもあり得ない早さであると理解できた。


「本当なら、それこそ一日の内に田植えから収穫までを終えられるのだがな……。

 色々あって、今はこの速度へ落とさざるを得ないのだ」


 王は苦笑いしながらそう言っていたが、それはハッタリや冗談なのか、あるいは真実なのか……。

 いずれにせよ、季節すら無視し、それだけの速度で実りを得られると言うのならば、十分であるにちがいない。


 また、正統ロンバルドの農業は屋外でのみ行われるわけではない……。


 ――植物工場。


 その巨大な施設の中では、何段も備えた大型の棚がずらりと並べられており……。

 棚の各段では、人口の光に照らされレタスなどがすくすくと育っているのだ。


「ここでは菌――病気の元となる悪い空気や、害虫などを完全に取り除いた農業をしている。

 内部の環境を完全に制御することで、安定した生産を可能としているのが強みだな。

 一番嬉しいのは、いちいち雑草を引っこ抜いたりしなくてよいところだ」


 なるほど、内部へ入るまでに強烈な風が吹きつける部屋を通されたりなど、いくつかの段取りを踏まされたが……。

 そのような環境を構築するためならば、納得がいく。


 古代の技術は、閉鎖された空間の中へ極めて都合の良い環境を作り出すことすら可能としているのだ。




--




 おそらくは、将来を見越しての采配なのだろう。

 工業区画や農業区画は、王都ビルクの町外れとも呼べる場所に位置しており……。

 そこまでの移動は、自動車というらしい例の乗り物……その中でもとりわけ大きい、バスというのを使って行われていた。


 植物工場の見学を終え、トサカ頭の一人が運転を務める車内でアスル王はこう言ったものである。


「さて……ここまで見てもらって分かった通り、我が王都の各施設はいずれもまだ試験運用の段階だ。

 と、いうよりは、街そのものが試験段階と言った方が正しいな。

 何しろ、主要施設の建設で手一杯だったため、住宅地の開発がほとんど進んでない。

 そのため、諸君らには各施設といい、街中といい、ずいぶん閑散とした光景を見せてしまった」


 冗談めかして放たれたアスル王の言葉は、おそらく真実そのままであろう。

 少人数での大量生産が可能であるという事実を加味しても、各生産施設にはまだまだ未使用の区画が数多く存在するようであり……。

 街中に至っては、時折自動車が通行するくらいで人気というものがほとんど存在しなかった。

 街路や建物が整い過ぎるほどに整っていなければ、打ち捨てられた街と勘違いしたにちがいない。


「しかし、これから行く市場は一味ちがうぞ! 何しろ、いずれ見学してもらう海中基地や辺境伯領領都(ウロネス)、エルフ自治などからも食材が集まり、それを求める客でごった返す場所だ!」


 自信満々に王がそう宣言しただけのことはあり……。

 いざ降り立ったビルクの市場は、これまでの光景が嘘かと思えるほどに人でごった返していた。


 屋号を掲げた各店舗の軒先には、これも古代技術の賜物か、たっぷりの氷で冷やされた鮮魚がずらりと並んでおり……。

 野菜を扱っている店などは、四季折々にして色とりどりの青果が並べられ、この目にしても現実の光景と思えぬ。


 それらを買い求めているのは、皇国の村などでも見かけられそうなボロの衣服に身を包んだ者たちであり、それがかえって異様さを引き立たせていた。


「今、市場で買い物をしているのはモヒカン便――まあ、さっきのバスだな。

 あれと地下リニアを使って、辺境伯領から招待された各町村の観光客たちだ。

 買い物した食材は、諸君らにも宿泊してもらう宿の料理人に調理してもらってもいいし、簡易の調理施設を貸し出してるので、そこで網焼きなどを楽しんでもらうことも可能としている。

 ちなみに、早朝は主に辺境伯領領都(ウロネス)やブームタウン、この近くにある料理店街の業者たちが取り引きをしていてな。

 その時間は、とてもではないが見学どころではないぞ」


 イヴが補足説明するところによると、ビルクの外から来た業者はそのまま地下リニアを用い、己が(あきな)いする地へ購入した品々を持ち帰るらしい。

 その流通速度たるや、早馬くらいしか知らぬ身としては伝え聞くだけでも目まいがする。


 とりわけ、感動の度合いが大きかったのは魚介類に関して一家言ある獣人たちであり……。

 内陸部へ運び込んだとは思えぬ輝きを放つ魚介の新鮮さや種類の豊富さに、今だけはホマレを忘れ目を輝かせていた。


「ヨナよ、なかなかどうして大した光景だな」


 しばしの自由時間となったため、腹心たる黒肌のエルフを伴い市場の店舗を冷やかしていく。

 護衛の(たぐい)は、存在しない。

 視察団の者はいずれも武芸者であり、必要なしと判断されたためだ。

 ちなみに、軍資金としてワムたちは皇国の金を換金してもらっており、獣人たちはアスルから個人的に小遣いをもらっていた。


 赤い軍服やダーク種のエルフが珍しいのか、はたまた二人の美貌に見とれたか……。

 無数の視線に晒されながら、そんなものは慣れたものと我が物顔で練り歩く。


「まったくもって、圧倒されますね」


「ああ、そうだ。

 本当に圧倒されるほどの――」


 そこまで言った後、美貌の皇女はニヤリと笑ってこう続けたのである。


「――貧乏国家だ」

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