皇国視察団 病院編
――医療。
……これなる分野の充実は、国家を安堵させる上でなくてはならぬものと言える。
その点においても、最先端を行くと自負しているのがファイン皇国であった。
何しろ、現皇帝が魔法騎士の育成体制を充実させた結果、魔術の使い手に関しては他国の追随を許さぬのがファインという国だ。
火を使った魔術や水を使った魔術など、各魔法騎士が得意とする系統は各々の素質により大きく異なるが……。
こと、回復魔術に関してはある程度のところまで徹底的に叩き込まれる。
これにより、軍全体の損失も最小限に抑えることが可能となったのが、皇国軍の強みであった。
また、退役した魔法騎士たちが自主的に医療行為へ従事するようになったのも、大きな成果である。
退役後の生活に関しても手厚く保障されている魔法騎士であるから、彼らが民草から謝礼を受け取るようなことはない。
ゆえに――ケガ人への施術は無料。
まさに、ノブレス・オブリージュの表れであり、退役した者たちのそういった働きは、国内における魔法騎士への尊敬をますます高めているのだ。
もっとも、いずれにおいても「ファイン人に対しては」という但し書きがついて回るのだが……。
「それは、素晴らしいことだな。
正直に述べると、この病院という施設はまだまだ開店休業状態でね……。
医療分野において、貴国は間違いなく大陸最先端であると思うよ」
歩きがてら、ワムの話を聞いたアスル王はそんなことを述べながら次なる施設――病院へと案内してくれたが……。
なるほど、その言葉は真実のようであり、巨大にして清潔そのものな施設内には、本来あるべき患者たちの姿というものが見受けられなかった。
代わりに、見受けられたのは……。
「ここでは、エルフが主に働いているのですね」
副官である女エルフ……ヨナが施設内を行き交う人々を見ながら、そうつぶやく。
なるほど、彼女がそう言うように、ここを職場としているのは主にエルフたちのようであった。
とはいえ、同じエルフであっても、ヨナが大陸北部のエルフに特有な小麦色の肌であるのに対して、ここに務めているのは白い肌の者たちであったが……。
また、ここへめるエルフたちはいずれも白を基調とした装束に身を包んでおり、それが両者のちがいをますます際立たせて感じさせた。
「貴国がそうであるように、我が国においても医療の主役はまだまだ魔術だ。
そして、魔術と言えばエルフこそエキスパート!
ゆえに、自治区の長へ無理を言ってそれなりの人数を動員してもらっている。
ここへいるのはその内半数ほどで、残る半数は各施設や工事現場で直接的に医療行為へ従事してもらう形だな。
それらは交代制を取っており、定期的にここと各地の人員が入れ替わる体制を取っている」
その言葉を受けて、挙手してみせたのが猫種の獣人……確か、タスケとかいう若いサムライだ。
「しかし、そのような体制を取っているのならば、このように大仰な箱を用意する意味は薄いのでは?」
「今のところは、そうだな。
しかし……いや、これは実際に各設備を見てもらった方が早いだろう」
そう言って、アスル王が案内した病院内の各設備……。
そこに存在したのは、奇々怪々な器具の数々であった。
患者を寝台ごと直接飲み込む仕組みになっている、輪の形をした器具……。
天井から吊るされた、超大型のクモにも似た器具……。
患者にいくつもの管を突き刺し、そこから血液を吸い出し循環させる器具などは、絵図を見せられただけで恐ろしい……。
いずれも、医療行為というよりは、拷問に用いられるそれに見えたのである。
「あれらは、既存の魔術では対処できない様々な症状に対応するための器具で、見ただけでも分かるだろう? 取り扱いには、恐ろしく専門的な知識と技術が必要となる。
それらを除いても、内科と呼ばれている薬物医療の分野……。
スクールグラスを用いて、職員がそういった知識と技術を学ぶのが、現在におけるこの病院の役割だ。
もちろん、将来的に職員たちが習熟したら実際に各設備を稼働させる」
つまり今は――雌伏の時。
それは暗に、将来はこの場所こそ医療の聖地になると宣言していた。
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ここまで王庁舎、学校、病院など、駅前に存在する中枢施設の数々を案内されてきたわけであるが……。
「さて……ここで諸君らにお詫びしなければならないのだが、警察署兼消防署に関しては、近隣へ出現した魔物を退治するため出払っていてな。
残念ながら今は無人のため、案内することはできない。
いやー、残念だ! まさかどこからともなく、全戦力を出動させなければ対応できないほどの魔物が出現するなんて!
見せたかったなー! みんなの勇姿!」
残すは最後の施設――警察署兼消防署なる施設のみになったところで、突然、アスル王がこのようなことをまくし立て始めた。
「なんと……それは残念な。
警察と消防という字面からして、おそらくは自警組織の類なのであろう?
ブラスターを始めとする恐るべき装備の数々……それを駆使する自警組織というのがいかなるものか、是非とも拝見したかったのだが」
そう言われれば、探りを入れざるを得ないワムである。
だが……。
「いやー、本当に残念だ! 申し訳ない!」
ほぼ棒読みにそうまくし立てられては、察する他にない。
おそらく……。
――戦力の漏洩を、恐れているのだ。
振り向き、ヨナとギルモアの顔を見てみれば、彼女らも同じ結論に至ったのだろう……軽くうなずいていた。
話を聞く限り、正統ロンバルドは急造にも程がある国家だ。
自警組織と言っても、常備軍との境目は限りなく曖昧なものであるにちがいない。
現に、言い訳として魔物の出現という言葉を使っているのだから、それは明らかである。
――同盟関係と言っても、軍備を見せるほどには信用していないということ。
そのように自説を展開し、納得していたその時だ。
――ヒャッハー!
大勢のそんな声が響き渡り、同時に、遥か彼方からすさまじい爆音が鳴り響いてきたのだ。
「――何事だ!?」
反射的に腰のサーベルへ手をかけながら、そちらを見やる。
すると……おお……あれは……!?
一団の先頭を行くのは、調印式の際にも見かけた恐るべき巨漢――いや、覇王だ。
見ただけで押しつぶされそうなほどの圧力を伴う覇気はただ事ではないが、この者が乗る馬の見事さときたら……!
その全長――おそらく六メートル以上!
面構えはまさしく威風堂々であり、巨体でありながら、その走りのなんと速く軽やかなことか……。
それだけでも驚くべき光景であるが、覇王の後に付き従う集団は一体……?
――ヒャッハー!
何がそんなにヒャッハーなのかは分からぬが、トサカのごとくまとめ上げた頭髪といい、半裸に肩装具を身に着けた出で立ちといい、真っ当な文化圏の出身には思えぬ。
そんな連中が、二輪で駆動する不思議な乗り物で土煙を上げつつ、覇王が乗る馬に続いているのだ。
「嘘だろ……? なんでだよ……?
倒すまで帰って来るなって言ったじゃん……。
存在しない魔物を退治して来いって命じたじゃん……」
ふと見てみれば、アスル王が両手で顔を押さえながらうずくまり、何事かぶつぶつとつぶやいていた。




