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皇国視察団 王庁舎&学校編

 ワムが知る文官たちの詰め所というのは、ずらりと並べられた机に、同じ数の文官たちが着席し……。

 それぞれ目を血走らせながら、与えられた仕事に勤しむというものである。


 誇り高き皇国の文官衆へ加わったからには、小麦一粒の動きに至るまで見逃すことは許されず……。

 また、彼らがしたためる書状は高貴なる者たちの言葉を代弁したものであるのだから、誤字脱字が許されないのは当然として、それにふさわしい美麗さが求められる……。

 剣を取る才にも、魔術を操る才にも恵まれなかった者たちにとって、そこは筆と算術を武器に戦う戦場であるのだ。


「この場においても、基本は変わらないよ。

 職務の内容も、な。

 この部署で主に処理されているのは、各種物資の管理や発送の手配などだ。

 いずれ、貴君の軍へ支援する物資に関しても、ここで処理されることになる……。

 ま、大きく異なるのは、一人当たりの仕事効率だな」


 ワムの観察眼が確かならば、制服に身を包み働く彼らはどこぞの大店(おおだな)からかき集められた若者たちなのだろう……。

 貴人たちの視線に晒され、若干の緊張と共に業務を行う彼らの机を、アスル王は指差してみせた。


「筆と判が活躍するのは、ここにおいても変わらないが……。

 それ以上に活躍しているのは、彼らが向き合っているパソコンだ。

 ざっくり説明すると、あれは人間では時間がかかる計算を一瞬で……しかも正確に処理し、しかも整然として見やすい図に打ち出すこともできる。

 当然ながら、それらは紙に印刷……そっくりそのまま写し出すことができるので、大いに役立っているよ」


 言われてみれば、なるほど……。

 王庁舎の文官たちが着席する机の上には、例の空間そのものを使用した帆布が展開しており……。

 彼らが、手元に映し出された光る文字の列を素早く打ち叩くと、帆布の中に文字と数字が躍り出すのである。


 しかも、文官が帆布に手を触れていじると、そこへ新たな――おそらくはなんらかの計算処理を加えた数字が加わるのだから、これは効率が異なるどころの話ではない。


 また、遠目なので内容までは分からぬが、文字も数字も美麗ではないものの、とにかく見やすくハッキリとした字体であり……。

 これがそのまま紙に出せるのならば、さぞかし見やすく扱いやすいだろうと思えた。


「ま、どんなに道具が便利であろうとも、それを使いこなす側に基礎的な教養が備わってなければなんの意味もない。

 次は、そういった者たちを効率的に育成し輩出するための施設へ案内しよう」


 アスル王の言葉で、王庁舎の見学は打ち切りとなり……。

 一行は続けて、同じく駅前に存在する学舎へ案内されたのであった。




--




 ――学校。


 これなる設備に対しては、一家言も二家言もあるのがファイン皇国皇族というものだ。

 なんとなれば、現在は病床に伏せっている現皇帝最大の功績こそ、魔法騎士の安定した育成体制確立であり……。

 その基盤とも言えるのが、皇都リパに存在する魔法騎士訓練学校なのである。


 当然ながら、学校内での待遇や卒業後の進路に関しては話が別であるが……。

 ともかく、入学にあたって身分というものは一切考慮されない。

 生まれの貴賤(きせん)を問わず、魔術の素養を持つ者が領内からかき集められ、そこで教育を施されるのだ。

 そうして叙勲(じょくん)へ辿り着いた魔法騎士は精強そのものであり、彼らがいたからこそ、皇国は大陸北部へ覇を唱えることができたのである。


 しかし、ここ王都ビルクへ設立された王立学校……。

 その教室における風景は、ワムが知るそれとはあまりにかけ離れたものであった。


 放射状に長机が並べられ、生徒たちが着席しているのは訓練学校の座学風景と変わらない。

 しかし、教壇に立ち授業をする教師などは存在せず……。

 生徒たちはいずれもが、仮面とも兜とも取れる器具を身に着け、ゆったりと椅子に腰を落ち着けているのだ。

 そのような器具を装着しているため、顔色をうかがうことはできないが……これはもしや、眠っているのではないだろうか?

 そう考えると、各人が着席している椅子は、いかにも寝心地の良さそうな角度で背もたれや手すりが取り付けられているように思えた。


「陛下……あたしの目には、この子供たちが眠っているようにしか思えないのだが?」


「いかにも」


 ぶつけられた素直な疑問に対し、アスル王は首肯してみせる。


「彼らは今、眠りながらにして学びを得ているのだ。

 頭部に装着した、あの道具を使ってな」


「あれは一体……?

 あたしの目には、奇妙な兜にしか見えないが」


 この王のことだから、今の言葉こそ待ちわびていたのであろう。

 アスル王は大仰な仕草と共に、生徒たちの装着する器具を指差してみせた。


「あれこそは、正統ロンバルドの誇る至宝……その名も、スクールグラス!

 各々の学力や能力に合わせ、各種学問のみならず、様々な職業訓練すら受けることのできる優れモノなのだ!」


 ――ババーン!


 ……そんな音がどこからともなく響いてきそうな所作であるが、そう言われても首をかしげるしかないワムたちである。

 それは皇国勢のみならず、獣人たちも同じであり……。

 困惑しながら顔を見合わせる所へ助け舟を出したのが、イヴであった。


「皆様、そう言われたところで理解が追い付かぬと思われますので、ここに人数分のスクールグラスを用意させて頂きました。

 これを使って、実際に体験して頂ければと思います」


 髪から万色(ばんしょく)の輝きを放つ少女にうながされ、教室最後列に用意された席へそれぞれ着席し、用意されていたスクールグラスなる道具を装着する。

 そして、説明に従いこれを起動させたのだが……これは……。


 なるほど、眠気のない体を強制的に夢の世界へ送り込んで行われるそれは、教育というものの革新であるにちがいない。

 時間が限られているため、算術と馬術の授業を少し学んだだけであるが……。

 算術においては、突如として出現した老爺(ろうや)が皇国でも最新に位置するであろうそれを極めて分かりやすく、懇切(こんせつ)丁寧に教えてくれ……。

 馬術においては、夢の世界であるというのに現実のそれとそん色ない刺激を五感に与え、久方ぶりの早駆けを楽しませてくれたのだ。


「……こんな教育を誰もが受けられるならば、正統ロンバルドは他国の数百年先を行くことができるであろう」


 スクールグラスを外し、開口一番にそう漏らす。

 これなる道具の脅威に気づいたのは、ワムのみではない……。

 皇国の魔法騎士たちは、全員ががく然とした顔をしていた。


 一方で、獣人たちの方は半数近くがいささか()に落ちていない顔をしていたが……。

 これは、教育というものに対する認識のちがいからきているのであろう。


「まあ、その『誰もが』というのが難しいところでな……。

 年代別に教室を設けたが、まだまだ学舎の半分も埋められていない。

 しかも、通っているのはここビルクに住んでる人間か、リニアを利用可能な辺境伯領領都(ウロネス)、ブームタウン、エルフ自治区の人間に限られていてな……。

 子供も労働力であるといった認識や、今さら学びを得ても遅いという認識を根底から変えていかなくてはならんのだ。

 まあ、人々全ての認識を塗り替えるには、十年……二十年とかかるだろうよ」


 苦笑いしながら遠くを見つめるアスル王の姿が、ふと誰かに重なって見える。

 その人物こそは交流の薄いワムの実父であり、部分的にではあれど、祖国へ教育改革を起こした人物なのであった。

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