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皇国視察団 駅前編

 あの地下リニアなる乗り物……。

 なるほど、恐るべき早さで建設された駅設備の数々といい、車両そのものの威圧感といい、圧倒されるところはあった。


 あったが、しかし……実際にあれで長距離を移動した実感があるかと問われれば、それは否だ。

 確かに、体が感じた加速感から移動をしたのは分かる。

 分かるが、それはそこまで大きいものではなく……馬車などとはちがい、揺れという言葉のゆの字もなかったのと合わせ、事前に地図やらを使って説明されたほどの距離を移動したとはどうにも実感しにくかったのだ。


 何しろ、ラトラの都から見て正統ロンバルドの王都ビルグは驚くほどの遠方である。

 旧ロンバルド王国ならば、丸々一つ……。

 大陸北方に点在する……もしくはしていた規模の小国ならば、四つ五つは間に入るほどの距離があるのだ。

 驚くほど精密な地図と共にそれを説明された時、華奢(きゃしゃ)なウルカ姫を連れ、過酷な『死の大地』をよくそこまで逃げ延びれたものだと、改めてサムライたちの底力に感心したほどである。


 さておき、知識としてそれを頭に入れていたからこそ、実際にこの短時間でそこへたどり着けたのかは半信半疑だったのだ。

 もし、このリニアが地下ではなく地上を進み、窓の一つでも備えられていたならばそんな心配はしなかったにちがいない。


 だが、いざこうやって駅から外へ出て、太陽の光に晒されてみれば……。

 そこに広がっていたのは、遥か遠方に存在する異国の風景――どころではない。


 ――異世界。


 ……いっそのこと、そう表現してしまいたくなるほどの光景だったのである。


「……ヨナ。

 あたしは、夢でも見ているのだろうか?」


「……姫様が夢を見ておられるのでしたら、私のみならず、ここにいる者全てで同じ白昼夢を見ていることになるかと」


 ヨナに言われ、振り返ってみればなるほど……。

 ギルモアを始めとする、己が部下たちのみならず……。

 確か、タスケという名だったろうか? 彼らフウリンカを中心とした獣人勢たちも驚きに目を見開き、あんぐりと口を開いていた。


 涼しい顔でいるのは先導するアスル王一行と、後方でカメラなる道具を構えるイヴたちのみ……。


「なんという……バカげた光景だ」


 再び、王都ビルクの街並みに目を戻しそうつぶやく。

 神殿を模した駅前に広がる、広場……。

 噴水を中心とし、放射状に石のタイルが敷き詰められたこの空間まではいい。

 ワムの常識でも処理できることであるし、母国においては再現可能な範囲であろう。

 しかし、その外側に広がる光景の数々は……。


 広場の入口から、おそらくは王都各所へ伸ばされている太い道……。

 これに使われている素材は、果たしてなんなのだろうか?

 ともかく、見るからに車輪への負担が少なそうな滑らかさであり、しかも、継ぎ目というものが一切見当たらぬ。

 この道には、人力も馬も用いぬ鋼鉄の車が少数ながらも行き交っており、走行のキレと力強さは人や馬の力が及ぶところではない。


 危険性を加味してのことだろう……。

 皇国の通りとちがい、それら車両と人が通る道はハッキリ区分されているようであり、太い道の両端には一段高くする形で歩行者が使うための道も敷かれていた。


 そして――建築物。

 なんと言っても目を引かれるのは、駅を見下ろす形で建てられた塔だ。

 高さは、そこまででもない。

 見たところ、五階建てといったところか?

 だが、問題はなぜ一見して何階建てであるかを当てられたのか? という点である。


 驚くべきことに、この塔……。

 外壁の全てが、ガラスで出来ていた。

 そのようなものを外()と称してよいのかどうかは意見が分かれるところであろうが、兎にも角にも、そのような造りをしているのである。


 しかも、壁材代わりに用いられているこのガラス……透明度が、ワムたちの知るそれとは段違いだ。

 ややもすれば、遮るものなど何もないと錯覚してしまうような……。

 ガラスの向こう側が、手に取るようにうかがえてしまうほどなのである。

 事実、戦場で鍛えられたワムの健眼は、ガラスの向こう側をはっきりと捉えていた。

 そこでは、アスル王と同じ制服姿の者たちが、紙束を抱え駆け回ったり、例の携帯端末なる道具を耳に当て何事か話していたのである。


「あの塔――ビルというのだが、あれは王庁舎と名付けている。

 その名の通り、(まつりごと)に関わる様々な案件を処理するための場所だ。

 言ってしまえば、我が城だな」


 塔――王庁舎を背にしながら、自慢げにするアスル王だ。

 しかし、これはそうするに足るだけの威容であり……。


「見事なものだな……。

 しかし、我々の認識からすると、いささか以上に不用心であると感じられる。

 いかなる魔術でこれを実現したのかは分からぬが、あのように薄いガラス板が壁というのは不安ではないか?」


 下らぬケチつけであることは実感しつつも、思わずそう口にしてしまったのである。


「開かれた王朝!

 透明な施政!

 それこそが、私の掲げるお題目でな。

 この王庁舎は、それを形にしたものであると自負している」


 事実、アスル王は涼しい顔でその言葉を受け流したのであった。


「驚くべきは、その王庁舎だけではありませぬ……」


 ワムの背後でそうつぶやいたのは、ギルモアである。

 いや、彼だけではない……。

 今ばかりは、皇国人と獣人の区別はなく……。

 此度(こたび)の視察において招かれた全ての者たちが、周囲を見回しながら口々に驚きの言葉を述べていた。


「あちらの建物は、広い……運動場を備えているな。

 のみならず、隅には貯水池も構えているようだ。

 見たところ、子供たちが球遊びに興じているようだが……」


「そちらの建物は、王庁舎の壁をそのまま石材? に変えたような……見るからに堅牢な造りですな。

 入り口のところへ停められている不思議な力車(りきしゃ)たちも、道行くそれと比べ何やら頑強で物々しい造りをしております」


「あの真白き建物は、何かの宗教にまつわる儀式ですかな?

 我ら獣人が奉ずるは別の信仰ですが、十字と言えば皇国で信仰されているそれの象徴でしょう?」


「いや、赤く塗る風習は聞いたことがないし、形も四方の長さが同じで少々異なる。

 申し訳ないが、その疑問には答えかねるな」


 事実上の全面撤退を決めたとはいえ、通常ならば皇国人と獣人が言葉を交わすなどあり得ない。

 しかし、ここへ集められたのは選りすぐりの者たちということもあり……。

 何より、目にした不思議な建物の数々が、そういった不和を一時的に取り去っていた。


「あれは学校!

 あちらは警察署兼消防署!

 あの白い建物は、病院だ!

 ……まあ、そう慌てなさるな。きちんと、順番に案内するさ。

 何しろ、そのための視察団なのだからな」


 そんな光景が、少しおかしく感じられたのだろうか……。

 アスル王が、苦笑いを浮かべながらそれぞれの建物が持つ役割を説明する。


 正統ロンバルドの王都、ビルク。

 どうやらこの街は、大胆にも出入り口と呼べる部分へ重要な機能を集約させているようだった。

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