皇国視察団 出立編
「まさかな……。
我らを翻弄している間に、足元ではこのようなものを作っていようとは……」
その空間へ足を踏み入れると同時……。
開口一番、ワム女史から発せられたのはそのような言葉である。
しかしまあ、それも当然のことだろう……。
直径十メートルほどのトンネルは、余すことなく強化コンクリートによって塗り固められており……。
しかも、中央部には車両へ浮力と推進力を与えるコイルが、これも隙間なく敷かれているのだ。
かつて『死の大地』と呼ばれた正統ロンバルドの地下中に張り巡らされ、今は人と物資を運ぶ上で大いに活躍してもらっている地下リニア……。
その、新路線である。
まあ、建設にあたって住民の了解は何一つ得ていないが。
「あなたの前にも姿を現した、我が配下――キートン。
彼が長い時をかけ、築いてくれたのだ」
キートンへ至獣人国地方の路線開通を命じたのは、獣人国へ関わることを決意した当初のことだ。
甲虫型飛翔機や『フクリュウ』を用いた物資輸送だと、どうしても何がしかの制限がついてしまうからな。
やはり、地対地において最大の輸送効率を誇るのは鉄道である。
そんなわけで、元々この路線は出入り口を巧妙に偽装し、風林火及び獣人たちへの補給に使う予定だったのだが……。
めでたくワム女史と同盟を結んだ今、彼女が率いる軍勢を支援するための路線として活用されることにしたわけだ。
「この、リニアカー……」
今日は制服姿なメタルアスルの懐から、携帯端末を取り出し車両の映像を見せる。
「運行の際には、この車両がトンネル内を行き来し一度に大量の人間や物資を輸送する予定だ」
「一往復するにあたって、どのくらい時間がかかるのだ」
きらりと目を光らせた元女総督に、こちらもにやりと笑いながら返す。
「往復だと、正統ロンバルドの王都ビルクまで、おおよそ二時間強といったところだな。
これより、獣人国は遠くて近い我が版図となる」
「そして、あたしにとって陛下の国は、遠くて近い朋友になるというわけか」
「そういうわけだ」
肩をすくめながら、親愛なる同盟相手にそう答えた。
「と、いうわけで……私から提案があるのだが」
「聞こう」
今は、互いに供を連れずトンネルの中で二人きり……。
俺の提案に対し、ワム女史は迷うことなく同意したのである。
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「それではお二方、テープカットをお願いします」
先日、正統ロンバルドとの調印式が行われた草原に、驚くべき早さで建設された地下リニアなる乗り物の駅……。
そこには、数百人もの獣人たちが見物に押しかけており、彼らの心情を鑑みて魔法騎士たちがやや遠巻きに展開していた。
アスル王及びワムが、にこやかな笑みと共に貼られたテープへ短剣を入れる。
「では、これにて正統ロンバルドと獣人国を結ぶ路線、無事開通となります」
イヴという、常に色彩の変化する髪を持つ少女が無感情な声で宣言した。
「親愛なる獣人諸君!
そして、我が同盟相手たる皇国の騎士たちよ!
今この瞬間より、正統ロンバルドと獣人国は遠くて近い繋がりを持つに至った!
それを記念して、ワム女史を筆頭に選ばれた者たちを我が王都へ招待しようではないか!」
この模様を獣人国中へ中継するため用意された、カメラなる道具……。
それに向け、アスル王が大仰な仕草で宣言すると、自分を含め選抜された者たちが抜け出し、前に歩み出る。
――まさか、私が『死の大地』へと足を踏み入れることになるとはな。
そうしつつ、自嘲の笑みを浮かべたのは皇国の俊英――ギルモア・オーベルクであった。
かつて……。
ノウミ奪還軍を率いたギルモアは、しかし、フウリンカなる組織と獣人たちの反乱により、主命の遂行に失敗している。
その大きな敗因と言えるのは、正統ロンバルドが裏から回していたブラスターなのだ。
野心のため、主がかの国と手を組むことに納得はしたギルモアであったが……。
内心、いまだに面白く思っていないのもまた事実なのである。
――さしずめ、そういった感情を飲み込み男として一回り大きくなれという差配か。
そんな自分をわざわざ選抜したワムの真意を測りながら、他に選ばれた者と共に駅の入口へ並び立った。
獣人国側からは、例のフウリンカなる組織で活躍したサムライたちが中心に選抜されているようであり……。
こうして、正統ロンバルドが迎える初の外国視察団は地下リニアへと乗り込んでいったのである。
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魔物の中には、ごく稀に擬態型魔法生物と呼ばれる個体が出現する。
ぶよぶよとして不定形な体に、他の生物を襲うための牙を隠し持った魔物であるが、最大の特徴はその擬態能力だ。
日用品から、壁の一部に至るまで……。
その変容ぶりはもはや変身の域にまで達しており、こやつらはしばしば馬車の一部に擬態するなどして人里へ紛れ込み、被害をもたらすのである。
エスカレーターなる階段を見た時に思い浮かべたのは、まさしくその擬態型魔法生物であった。
階段が勝手に昇降し、これも同じ速度で動く手すりと共に乗った者を運んでいく……。
これに乗って地下深く……深くへ運ばれていくと、まるで巨大な魔物の胃袋へ飲み込まれるような気分になる。
だが、到着したホームと呼ばれる空間で一同を待ち構えていたのは、既存のいかなる魔物よりも巨大な――鋼鉄の大蛇であった。
幌馬車の荷台部分を四つ五つはくっつけたような大きさの巨大な箱が、それぞれに連結し合い……。
先頭部と尾部の箱は、いかにも流麗な形状をしており、生物の頭部じみている。
さながら――双頭の大蛇。
「これがリニアだ。
ささ、遠慮せず乗り込まれよ」
アスル王にうながされ、皇国勢と獣人勢に分かれた視察団は恐る恐る……あてがわれた箱へと乗り込んでいく。
内部の空間は――明るい。
駅の内部と同様、時たまブラスターに取り付けられていたのと同種の道具が車内を照らし出し、何不自由なく動き回れるようになったいた。
そうやって照らし出された空間には、少々密集させる形で……しかし、いかにも座り心地の良さそうな椅子が整然と並べられており……。
ギルモアたちは、それぞれ好きな位置の座席へと腰を落ち着けることになったのである。
『それでは、発車いたします』
あの、イヴという少女の声が車内に響き渡り……。
同時に、壁を隔てた外側で、ホームとリニアを隔てていた小型の門が閉じる気配を感じた。
待つこと、しばし……。
――ズン。
……という、無形の圧力が体を座席へ押し付ける。
地下という空間を考慮してか、窓の類は存在しないので目視でこれを確認することはできない。
しかし、肌の感覚はこの乗り物が徐々に……徐々にその速度を増し、恐るべき勢いで地下空間を進んでいるのだと告げていた。
乗り物一つ取っても、想像の遥か上……。
「少しでも気を抜けば、気が触れそうだ」
ギルモアは誰にも聞こえぬように、そうつぶやいたのである。




