名物リポーター誕生
田舎村の娘になど、到底手の届く願いではないが……。
それでも、いや、それだからこそ、綺麗な服への憧れは強かったサシャである。
ゆえに、正統ロンバルドから飛ぶ勢い……どころか、本当に空を飛んで届けられた制服へ袖を通した時は、心からの喜びと誇らしさを感じたものだ。
木綿とも絹とも、皮革などとも明らかに異なる質感の布地は、あらかじめ採寸していたこともあって肌にぴちりと貼りつくかのようであり、これが今まで着ていたつぎはぎだらけの服とはちがう……自分のためだけに仕立てられたものなのだと実感させられる。
意匠に関しては、あまりにも既存のそれとかけ離れていることもあり、少々気恥ずかしさを感じはするが……。
しかし、尊敬する……あるいはそれ以上の感情を抱いているアスル王たちと同じものを着てるのだと思うと、そのような感情は吹き飛んだ。
「すっげー!
頑丈だし動きやすい!
それに、新しい下着もなんか今までのよりイイ感じがする!
姉ちゃん! 姉ちゃんの方はどんな感じだ!?
なんかこう、下だけでなく上のまで渡されてたよな? シャツとは別に!」
アスル王一行を迎え入れたため、少々狭苦しい生家の居間……。
自分の隣で同じように『マミヤ』の制服姿をお披露目し、確かめるように腕やら足やら動きまわしていた弟に話を振られ、思わず固まってしまう。
話が制服のみならず、渡された下着にまで飛び火したからである。
制服のついでとばかりに渡されたパンツと、ブラジャーなる未知の下着……。
別室でエルフ女性に説明してもらいながら、恐る恐る装着してみたものだが……。
なるほど、これを装着すると未発達なサシャの胸であってもしっかりと保護され、頼もしさすら感じる。
感じるが、しかし……。
――そんなこと、アスル様の前で言えるわけないでしょ!
目の前で他の臣下と共にアスル王が見ていることもあり、赤面してしまう乙女であった。
「はっはっは!
どこぞのエルフ長じゃあるまいし、女子の着る物へとやかく口を出すものじゃないぞ」
それを察したのか、あえて快活に笑いながら話を逸らしてくれるアスル王である。
というか、そんなエルフの長が知り合いにいるのだろうか……?
「いいか、ジャン。よく覚えておけ。
こういう時はな、こう言うのだ。
――二人とも、よく似合っているぞ!」
その言葉に、弟は元気よく……自分ははにかむように笑みを浮かべた。
「では、ご両親……。
二人は、このアスル・ロンバルドが責任を持って預かり守ることを、我が師ビルクに誓います」
「そんな、ご丁寧に……」
「アスルさんの下で学ばせて頂けるなんて、うちの子供らは幸せでございます」
母が、そして父が……。
にこやかな笑みを浮かべながら、アスル王と握手を交わす。
仮にも一国の王に対する態度としては、あまりに馴れ馴れしいものだったが、これはアスル王がそのようにしてほしいと頼んだのである。
王と両親……ひいてはこの村に住む者たちは、彼が身分を隠しビルク先生の世話をしていた時に交流を重ねており……。
今さら、他人行儀に振る舞うのも妙な話だと言ってくれたのだ。
そこに、帰るべき家を失った男の寂しさを感じてしまったのは、想像の飛躍であろうか……。
ともかく、そのような関わりもあり、王の人柄を知る両親は彼の提案を二つ返事で了承してくれた。
それによって、赤毛の姉弟はめでたくアスル王の従者として同行することになったのである。
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それからは、サシャにとって……そしてジャンにとっても、全てが刺激的な体験であった。
まずは、移動方法……。
甲虫型飛翔機と呼ばれる乗り物を使い、姉弟は生まれて初めて――空を飛ぶことになったのである。
鞍上は騎馬がそうであるように命綱一つなく、はたから見ればすぐさま転げ落ちそうにも思えるが……。
いざシートへ着席してみると、起動と共に腰回りの空気そのものへ圧力が加わり固定してくれるため、なかなかの安心感だ。
とはいえ、足元を見れば遥か下に地上があるという状況は、慣れぬ内にはなかなかの胆力を要求したが……。
「しっかり掴まっていろ。
なに、慣れると病みつきの爽快感だぞ!」
シートの前部で操縦するアスル王――正確にはメタルアスルという人形だが――に思いきりしがみつくと、別の高鳴りが胸で湧き起こりそれを相殺してくれた。
「おら、本当に空を飛んでる!
兄ちゃん兄ちゃん! 正統ロンバルドが全部のロンバルドになったら、皆がこういう乗り物に乗れるのか!?」
「そうとも!
それだけじゃない! テレビで放送している人工大河工事の現場……。
あれに映ってる車やバイクなんかも、必ず俺の代で普及させてみせるさ!」
こちらはエルフ女性の操縦する機体へ分乗するジャンとアスル王が、空中でそのような会話を交わしつつ……。
一行は最初の目的地――サシャたちの村も領地に含む男爵家へ訪れたのである。
貴族階級には詳しくないサシャであるが、それでも亡きビルク先生から教わった知識として、男爵というのがさして位の高くない貴族であることは知っていた。
で、あるからには、アスル王からすればさして優先順位の高くない相手であるのだが……。
あえてそれを最初の外遊相手として選んだのは、サシャたちを連れていく件について承諾を得るためである。
――領主の許可も得ずに領民を連れ出しては、人さらいも同然だからな。
相手からすれば、田舎村の姉弟が消えたところでそもそも存在を認知していないだろうが……。
王は自分たちのために万難を排し、筋を通そうとしてくれているのだ。
ますます、身が引き締まる思いである。
王がそこまでしてくれているのは、同じ師に師事した兄弟弟子であるからに他ならない。
その期待へ、なんとしてでも応えねばならぬ……。
背中へしがみつきながら誓いを立てるサシャであったが、交渉そのものはあっけないほど簡単に終わった。
領都と称するには、少々みすぼらしい宿場町……。
なんの先触れもなく降り立った一行に男爵はド肝を抜かれ、言われるがまま、正統ロンバルドへの服従を誓ったのである。
サシャたちの連れ出しについても快諾してくれたのは、言うまでもあるまい……。
時間にして一時間にも満たない、早技の交渉成立……。
サシャが最初の仕事を与えられたのは、その後であった。
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「――交渉の末、正統ロンバルドとクビン男爵家は主従の契りを交わすこととなりました。
以上、現場からはサシャがお伝えしました」
マイクと呼ばれる道具を手にし……。
自分でも固いと自覚できる笑顔を浮かべながら、何度も練習した言葉をスラスラと述べる。
目線の先では、ジャンが使い方を教わったばかりのカメラを真剣な顔で向けていた。
「はい、カットです」
携帯端末を確認していたエルフ女性にそう告げられ、ようやく肩の力を抜く。
時間にして、ほんの数分でしかないリポート……。
しかし、これが王国中のテレビを通じて見られていると思うと、一日中野良仕事をしたかのような疲労感だった。
「うん、初めてにしては上出来だ!
やっぱり、こういうのはかわいい女の子へやらせるに限るな!」
自分の背後で男爵と肩を組み、握手していたアスル王がにこやかにそう告げる。
自分でも単純だと思うが、ただそれだけで疲れが一気に吹き飛ぶのだった。
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そのようなわけで……。
田舎村に住んでいた少女は、名物リポーターとして王国中へ知られていくことになったのである。




