師の村にて
「アスル兄ちゃん! パス!」
相手チームのフォワードを、猛烈なタックルで吹き飛ばし……。
ボールを奪ったジャンが、俺に向け鋭いパスを放つ!
……相手の子、首の骨折れそうな転がり方してるけど大丈夫なんだろうか?
いや、今はそんなこと気にしている場合ではない!
「ようし!」
さすがは我が弟弟子……駆け出していた俺の足先にビシリと収まるいいパスだ。
現在、俺の立ち位置はハーフウェイライン目前……この距離ならば、必殺シュートが届くか!?
技の発動を試みる俺であるが、しかし、
「くっ……!?」
――ガッツが足りない!
現在、我がチームは敵に深く切り込まれ、フォワード勢も大返しせざるを得なかった状況だ。
従って、先鋒にいるのはこの俺なのであるが……一旦、後方へパスをつなぐべきか……?
――いや!
「うおおっ!」
一瞬で決断した俺は、そのままドリブルで駆け上がる。
時には自ら先陣を切り、得点を奪う攻撃的ミッドフィルダー……それこそが我が理想なのだ。
それにしても――ゴールが遠い。
メタルアスルのスキャン能力も駆使し、コートはきっちりと縦105m×横68mで線を引いたはずなのだが、まるで果てなき草原を駆けているかのようだ。目の錯覚か、地平線も見えてるし!
「させるかあっ!」
「死ねえ! アスル・ロンバルド!」
すねの骨を蹴り砕かんばかりの勢いで繰り出されたスライディングや、ボールを奪うと見せかけてそのまま俺のみぞおちにシュートを叩き込もうとした敵ディフェンダーを、華麗なステップで回避する。
よし! 今ならいけるはずだ!
「ロンバルド――シューット!」
メタルアスルの脚力を最大限に発揮し、必殺のシュートを打ち放つ!
狙うは、適当な廃材を組み合わせて作ったゴールの左上隅!
ロンバルドシュート……これこそは王者の一撃。
渾身の蹴りを叩き込まれたボールは、ブラスターのビームもかくやというまっすぐな軌道と速度で狙った場所へ猛進するのだ!
「ゴールは俺が死守してみせる!」
これに対するは、敵チームのゴールキーパー。
十頭身はあろうかという長身は、何かの武術でも学んでいるのか異様なほどに鍛え抜かれており、芝を蹴り放った脚力もボールへ向かって突き出した拳の鋭さも見事のひと言である。
……だが。
「――何ィッ!?」
敵キーパーの顔が、驚愕に歪んだ。
それもそのはずだろう……。
左上隅を目指していたボールは突如として直角に軌道を変え、右上隅へすっ飛んで行ったのだから……。
――馬鹿め!
ロンバルドシュートは必ず勝利を掴み取る王者の一撃! まんまと釣られた敵をあざ笑うかのように、正反対の方向へ軌道を変えるのだ!
ちなみに、どうやって蹴ればそんなことになるのかは秘密である。
ともかく、卑怯もらっきょも知ったことではない! 勝ちゃあいいんだよ! 勝ちゃあよお!
勝利を確信する俺であったが、しかし、
「――遊びでやってんじゃないんだよーッ!」
「レクリエーションなのに!?」
いや、ツッコミを入れている場合ではない!
なんという執念か……。
敵キーパーはゴールポストを足場に三角跳びを決め、見事、ボールへ食らいついてみせたのである!
「うおりゃあっ!」
あえなく、ロンバルドシュートは敵の正拳突きに弾き飛ばされ……。
それを拾った敵ディフェンダーが素早くボールを回し、攻守が逆転する。
敵チームのカウンターは、流れる水のようなよどみないものであり……。
あえなく一点を奪われた我がチームは、その後も点を取り返せず敗北を喫したのであった。
--
「はぁ~、兄ちゃんそんなことやってたのか。
テレビじゃ全然流さないから、知らなかったよ」
「はっはっは!
ジャン……それにサシャも、よく覚えておけ。
今後、テレビのみならず様々な形で情報が発信される世の中になるだろうが……。
それらはいずれも、発信者がふるいにかけた上での情報だ。
今の内から、よくよく吟味することを心がけないとな」
「はい! 気をつけます!」
俺の金属カップに茶を注ぎながら、サシャが生真面目な返事を返してくれた。
すでに、先ほどまでサッカーを遊んでいた子供たちは解散しており……。
今コートに残っているのは、俺と赤毛の姉弟だけである。
積もる話があるので、俺は二人と共にここへビニールシートを敷き、サシャの淹れて来てくれたお茶を楽しんでいたのだ。
話の内容は、ここ最近におけるファイン皇国を相手取った行動の数々……。
テレビでは流していない情報の数々を、我が弟弟子たちは興味深げに聞いてくれた。
「ところで、今の話で気になるのですが……」
「うん? 言ってみな」
俺にうながされ、妹弟子がおずおずと口を開く。
「その……特にレイドという国から連れて来られた兵士さんたちですが、いくらアスル様と手を結んだと言っても、獣人の方々にとっては受け入れがたいものではないかと……」
「あ、それはおらも気になってた!」
「二人とも、いいところに気がついたな」
まだ語ってもいないことへ先回りした二人の洞察力へ、素直に感心の言葉をかける。
「確かに、二人の言った通り皇国兵と……特にレイド出身兵と獣人たちとの関係は最悪だ。
よって、ワム女史と協議の上で、特にレイド出身者たちは早急に国境近くの拠点へ移動させてもらっている。
とはいえ、冬場のことなので移動速度は遅いけどな」
「そうなると、今度は統治する人たちがいなくなってしまうのでは……?」
再び、鋭い指摘をしてくるサシャだ。
ビルク先生も生前におっしゃっていたが、なかなかどうして有望株である。
「そこは、バンホーやお前たちも知るウルカの出番だ。
二人の呼びかけに応じ、どうにか生き残り隠れていたかつての有力者たちが、次々と名乗りを上げてくれている。
今は、これもワム女史と協議の上で引き継ぎやらなんやらの真っ最中だな」
「はえー、ずっと隠れ潜んで機会を待ってたなんて、獣人さんたちは根性あるんだなー」
子供らしく素直な感想を述べるジャンに、思わず口元をゆるめてしまう。
モヒカンやエルフ女性から選抜した供と共にメタルアスルでここへ来たのは、大きな出来事を終え、一つの仕切りとして先生の墓を手入れするためと、以前約束したサッカーボールを贈るためであったが……。
二人と過ごす時間は、メタル越しにも俺の心を安らかにしてくれる。
俺、妹も死産してずっと末っ子だったからな。下の兄弟的存在に飢えてたのかもしれない。
思えば、何かにつけルジャカの面倒を見てやったのもそういった動機だったのかもな。
「それで今後は、どういう風に動かれるのですか?
その……あたしは、いえ、ジャンもですけど……」
サシャはもじもじとしながら、言い淀んでいたが……。
「もし、お役に立てることがあればなんでもお手伝いします!」
やがて顔を上げると、決然とした表情でそう言い放った。
「あ、姉ちゃんずっけー!
それ、おらが言おうと思ってたのに!」
やいやいと言い争う姉弟を見ながら、少し考え込む。
「うん、少し早いとは思うが……いや、何事も志を抱いた時に行動するべきか。
そして、それを助け見守るのが兄貴分の役割だな」
そして、己の顔を指で示しながら二人にこう告げた。
「二人とも、最初に話した通り、今ここにいるのはメタルアスルという人形だ。俺本人ではない」
「でも、全然見分けつかないよなー」
「お茶も普通に飲んでおられますしね」
二人の言葉にうなずきながら、提案する。
「今夜にでもテレビで発表するが……俺はこのメタルアスルを使い、ロンバルド王国内の友好的な貴族領へ外遊して回るつもりだ。
ご両親が了解して下さればだが、一緒についてくるか?」
俺の言葉に、姉弟は互いの顔を見合し……。
そして、力強くうなずいたのである。




