閃光のハロウィン
時は、アスルが遠隔作業用人型端末を用い、ワム女史との対面を果たしていた時期にまでさかのぼる……。
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ロンバルド王国やラトラ獣人国、果てはファイン皇国に至るまで……。
この惑星に現存する人類及び改良種の宗教も文化も、当然ながらかつての銀河帝国――ひいては地球文明のそれを源流としている。
で、あるからには、十月もそろそろ終わろうかというこの時期に、アスルが「ハロウィンしようぜ!」と言い出したのもさほど違和感は抱かなかった。
ロンバルド王国で信仰されている宗教は、かつての地球において西暦を生み出すに至ったそれが受け継がれたものであり……。
先人が意図して起こした文明後退の影響もあるだろう……銀河帝国時代の人間と比べ、格段に信心深い当世の人々が、そういった年中行事を大切にするのは予想してしかるべきことだからだ。
しかし……。
「イヴやキートンたち……それに、話を聞く限りウルカたち獣人組やエンテたちエルフ組にとっても初めてのハロウィンとなるな。
今回は、俺やオーガを始めとするロンバルド組が準備と仕切りを担当するから、そっちはただ楽しんでくれればいいぞ」
アスルがそう言い、王都ビルクで先日建設完了した駅前広場への集合を通達した際は、首をかしげてしまったイヴである。
発光型情報処理頭髪を通じ、常に交信している――というより、自身と一体であると言っていい『マミヤ』のメインコンピュータによれば……。
ハロウィンとは、主に地球の欧米圏で行われた祭りであり、仮装などを楽しむのが目的であったはずだ……。
で、あるならば、事前の準備が必要不可欠なはずであるが、自分たち未体験組には特に何も言い渡されず、手ぶらで来てよいと言われている。
果たして、この食いちがいはどこから生まれているのか……?
こういった疑問に対して、『マミヤ』のメインコンピュータは答える術を持たない。
ただ、時間と共に細かい行事の内容が変わることは予想できるという解答のみが返ってきた。
イヴ自身、他に片づけねばならぬ仕事が山積みだったこともあり、そういうものかと捨て置くことにしたのである。
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そして、当日……。
古代ギリシャ神殿によく似たデザインの地下リニア駅前には、噴水を中心とする広場が設けられているのだが……。
そこでは、異様な光景が繰り広げられていた。
アスルを先頭とする、ロンバルド出身の者たち……。
彼らが広場へ整然と立ち並んでいるのだが、その格好があまりにも奇妙なのである。
『マミヤ』の制服を着ていたり、半裸の肩パット姿であるのはいつも通りなのだが……。
誰もが、くり抜いたカボチャの実を仮面に加工し、頭へ被っていた。
だとすれば、これはジャック・オー・ランタンの仮装なのかと思えるが……。
それにしては、トリックオアトリートのひと言もなく、ただ姿勢よく直立しているだけなのが不気味なのである。
「あの、アスル様たちは何をしようとしているのでしょうか……?」
「ウルカに分からないことが、オレたちに分かるわけないだろ?」
『なあ、俺のデータベースにあるハロウィンと全然ちがう感じがするんだが……』
ロンバルド組と向き合う形で立たされた未経験組の内、ウルカやエンテ、カミヤに至るまでもが顔を見合わせながら語り合う。
と、その時だ。
――ピュン!
……という、ブラスターの発射音が響き渡る。
見れば、アスルが懐から取り出したブラスターを天に向けていた。
そして、こちらを見やりながらひと言。
「騒ぐな。
……陰茎が苛立つ」
……なろう主人公としてはあるまじきくらいそういう描写のない彼であるが、付くべきものは付いていたらしい。
というか多分、「神経が苛立つ」と言おうとして噛んでしまったのであろう。
何がなんだか全く分からないが、ともかく騒ぐなと言われたのでしん……とした静寂が広場を支配し……。
そして、アスルたちが動き始めた。
これは――踊りだ!
拳の突き出しや蹴りを多用した振り付けは、見るからにダバダバとしていておよそ舞踊というものに必要とされるまとまりは一切感じられず……。
時折、織り交ぜられるエキゾチックな腰つきが特徴的な動きは、どこか挑発的である。
どうにかしてそこからメッセージ性を汲み取るならば、これはそう……反省を促しているのだ。
人類という種の愚かしさ……。
幼年期に存在した純粋さを失うことの愚かしさ……。
人という種の傲慢さが母なる存在すら焼き尽くすことの愚かしさ……。
地球から銀河帝国へ……。
そして、銀河帝国から現在の文明へ……。
DNAレベルで刻み込まれた教訓を今再び思い描かせ、反省を促しているのである。
……その割に、清廉さというものは一切感じられないが。
時間にして、4分19秒。
ゆらりとしたお辞儀と共に、不気味な舞の全工程が完了した。
「いやー、踊った! 踊った!
やっぱり、ハロウィンはきっちりとやり切らないとな!」
カボチャの仮面を脱ぎ捨てながら、アスルがさわやかな笑顔を浮かべてみせる。
「未参加組の皆はどうだった!?
これが、ハロウィンというものだ!」
その言葉に、ウルカやエンテ……カミヤたち三大人型モジュールらとも顔を見合わせ、うなずき合う。
「全然ちがうと思います」
「全然ちがうと思うぞ!」
『こんなのがハロウィンであってたまるか』
「な!? そんなバカな!?」
一斉に向けられた否定の言葉に、ショックを受けた様子のアスルだ。
「これがロンバルド王国に伝わる、由緒正しいハロウィンの形だぞ!
今頃、あちらでは俺の親父も兄貴たちも、みんなみんなこれを踊っているはずだ!」
だとしたら、ロンバルド王国とは気が触れた人間の集まりか何かなのだろうか?
発光型情報処理頭髪を通じこの光景を受け取った『マミヤ』のメインコンピュータがエラーを吐き出し、滅多なことではやらない再起動を試み始めたその時である。
――ブッブー!
イヴの脳裏に……。
いや、おそらくはこの場へ集った全ての人々の脳裏に……。
かつてももたらされた、天からの警鐘が鳴り響いた。
「マスター。
ご憤慨のところ申し訳ありませんが、今すぐそのハロウィンに対して反省されるべきかと」
「しかしねえ、神官位を持つ身としては、伝統的な行事を遂行する立場にいるのだから……」
今すぐ黙らせようとするが、先の警鐘が聞こえてないのか、あるいは無視しているのか……。
アスルは突然、五十代くらいの脂ぎったおじさんのような口ぶりとなり、なおも喋り続けようとする。
だが、続く言葉が放たれることはなかった。
――ブッブー!
再度の警鐘……いや、間を置かぬ最後通牒が成されると同時。
「あばーっ!?」
どこからともなく降り注いだ一条の重金属粒子ビームが、アスル・ロンバルドの体を消し炭にしたからである。
「はあ……」
感情というものに乏しいとよく言われるイヴであるが、この時ばかりは溜め息をこぼさざるを得なかった。
まずは、アスルが再生するのを待ち、その後で新しい……というより、本来のハロウィン像を提示しなくては。




