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(アスルが起こした)動乱の皇国

「――以上のように、破壊された各生産拠点から脱走したドワーフ共はミネラ山脈へと集結しております」


 現在はファイン皇国の支配下にあるミネラの都において、こればかりは昔と変わらぬ威容を維持するミネラ城……。

 ドワーフ建築の見事さから破壊するようなことはせず、人間にも住みやすく部分改修する程度に留められた城内の会議室において、偵察兵が持ち帰った情報の報告がなされていた。


「予想はしていたが、示し合わせたようにかの山脈へと集結したか……。

 まあ、連中にとってはかつて国名にも採用していた聖域……。

 それも、当然のことであろうな」


 幕僚(ばくりょう)の報告を聞き終え、背もたれに体重を預けたのは、剥げ上がった頭の中年男である。

 前線を離れて久しい体はやや肥満気味であり、華やかな装飾を施された赤い軍服がいかにも窮屈そうであった。


 ――ヤーハン・スルト・ファイン。


 ……この元鉱人国地方を治める総督であり、ファイン皇家の第四皇子である。


「となると、当初の想定通り数が足らぬな。

 昔ながらの坑道が無数に存在するかの地は、守るにたやすく攻めるのは難しい天然の要塞……。

 あらかじめ本国へ催促しておいた援軍の到着を待って、じっくりと攻める他にあるまい」


 数少ない生き残りたちは、天から舞い降りた覇王によって破壊されたと訳の分からぬことを言っているが……。

 ともかく、謎の天災かはたまた魔物の仕業によって、いくつかの重要拠点を壊滅されて以来、ヤーハンは慎重策を貫いてきた。

 それもこれもひとえに、自分たちの……家臣たちの身分と生活を守るためであろう。

 そこに、ヤーハン自身の損得は勘定されていない。


「ですが、それではヤーハン様のご進退が――」


 幕僚(ばくりょう)の一人が進言しようとすると、それは片手を上げて制された。


「俺のことを案じてくれるのは嬉しく思うが、しかし、皇国全体の益を考えればこれこそ最善の手だ」


 中年総督はそう言うと、円卓に座す臣下たちをぐるりと見回す。


「まあ、俺一人の力で解決できなかったことは大いに減点されるであろうし、それによる処分も免れないであろうが……。

 なあに、今さらこれ以上の地位など望んでおらんよ。

 それより、見栄を張って力攻めし、父から預かった兵たちをいたずらに損じることの方が問題だ。

 ……そうは思わんか? どうだ?」


 そう言われれば、幕僚(ばくりょう)たちも押し黙る他にない。

 次代の皇帝位を巡り、日々、暗闘が繰り広げられているファイン皇宮……。

 その皇宮において、第一皇子ユリウス・ボルト・ファインとの権力闘争に敗れ、この地へ追いやられたのがヤーハンである。


 以来、かつては獅子のごときと称された男はすっかりとその牙を収めてしまっており……。

 人間的にも体格的にも丸くなった現在は、妻子共々この地で無難に……実に無難に総督職をこなしているのだった。


 ファイン皇家というよりはヤーハン個人に忠誠を誓い、共にこの地まで流れてきた幕僚(ばくりょう)たちにとっては、歯がゆさも感じる日々である。

 しかし、主君があえてそうしているのは、ひとえに自分たち家臣の生活を守るためであるのだから、これに異を唱えるなどできようはずもなかった。


「――会議中、失礼します!

 至急の……至急の報告がございます!」


 突然、伝令が扉を開け放ったのはその時だ。


「――何事か!?」


 咎めようとする幕僚(ばくりょう)らを、ヤーハンが制する。


「これだけ慌てているのだ。よほどの重大事にちがいない。

 さ、落ち着いて話してごらんよ」


「――はっ!」


 暖かな総督の言葉に、落ち着きを取り戻した伝令が口を開く……。

 その内容は、実に……実に驚嘆(きょうたん)すべきものであった。


「……ほう」


 報告を聞き終えたヤーハンの瞳に、かつて若獅子であった時代のきらめきが宿る。

 伝令がもたらした情報……。

 それは、第一皇子にして実質的な次代の皇帝――ユリウス・ボルト・ファインの死であった。




--




 もしも……。

 もしも、天から全てを俯瞰(ふかん)する者がいたならば……。

 変化が起こったのは元鉱人国地方のみではなく、皇国が版図(はんと)とした全ての地であることに気づくだろう。


 ユリウス・ボルト・ファインの死……。

 この一報は、各地に化学反応のごとく劇的な変化をもたらしたのである。


 ある地は、本国に留まっている皇族を支援する動きを取り……。

 またある地においては、本国へ兵を進めるべく準備を始めていた……。


 その動きは、それぞれの地を治める総督の意思を反映したものであり……。

 各総督は、任じられた地におけるにわかな王のごとく振る舞い始めていたのである。


 一方で、ファイン皇国本土の状況はどうかといえば、これは。


 ――混沌(こんとん)


 ……このひと言こそが、ふさわしいであろう。

 なんとなれば、ユリウス皇子の国葬が執り行われる前日になり、その腹心的立ち位置であったモルス第三皇子までもが不審な死を遂げたのだ。


 公的には病死と発表されているが、この状況にあってそれを鵜呑(うの)みにする者などいようはずもない。

 まして、政治中枢に近い者であるならば、そもそもユリウス皇子自身が何か未知の手段で暗殺されたことを知っていたのである。


 誰もがこう、噂した。

 これは、第二皇子メイラー・ルグナ・ファインによる謀殺だと。


 そもそも、第二皇子と言ってもメイラーは数日遅れで生まれた弟であるし、なんと言っても彼の母は現皇帝の正妻だ。

 本人の資質が凡庸極まりなかったことから、大人しく兄の派閥に組み込まれてはいたが……。

 内心では下克上を目論んでいると、日頃からまことしやかにささやかれていたのである。


 当然ながらメイラーはこれを否定したが、否定されて納得する故ユリウス派閥の者たちではない。

 事は、皇宮内における武力衝突が危ぶまれるまでに発展したのであった。

 結果、メイラーは闇夜に紛れ密かに皇都リパを脱出することになり……。


 いよいよ、皇国の政治機能はマヒを引き起こしてしまったのである。

 相次いで権力者が死に、または失踪してしまったのだから、これはごく当然のことだ。


 こうなると、現在の最高権力者である皇帝の采配が待たれるところであったが……。

 現皇帝の病状は悪化の一途を辿っており、指示を仰ぐどころか息子らの死を告げることさえはばかられる有様であった。


 上が混乱すれば、それは下にも伝播(でんぱ)する。

 いかに皇宮が情報を秘匿しようが、民草というものは敏感にそれを感じ取るものなのだ。

 大体、行われるはずだったユリウス皇子の国葬が無期延期されたのだから、変事を察しないはずもないのである。


 皇国の民たちもまた独自に、己の財産や家族を守るべく行動していく……。

 今年はかつてない規模の冷害が発生した上に、今は軍が動きづらい冬だ。

 幸いにして、皇国軍同士が激突するような事態はまだ発生していなかったが……。

 ファイン皇国は今まさに、動乱の渦中にあると言えよう。


 そして、その動乱はある一人の人物が巻き起こしたものなのである。

 彼の名は――アスル・ロンバルド。

 正統ロンバルドの王であった。

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