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野望の火

 ファイン皇国現皇帝がまだ若く……。

 皇国そのものも、大陸北部に数多(あまた)存在する王国の一つに過ぎなかった頃、ファインをある危機が襲った。

 ファインの隣国にして、強大な軍事力を有する強国……マーガ王国による侵略である。


 とはいえ、マーガ王国側ももいたずらにぶつかって兵を損ないたかったわけではない。

 従って、かの国はまず使者を送り、ファインに向けこう宣告したのだ。


 ――服従か。


 ――あるいは、死か。


 ……と。


 これを受けた王国家臣団は、二つに割れた。

 一方は、屈辱を飲み込み服従を選ぶべきだという者たち……。

 もう一方は、徹底抗戦を唱える者たちである。


 若き国王――(のち)の皇帝が選んだのは、後者の道であった。

 彼は大円卓の間に主だった家臣たちを集め、熱く語ったものだ。


 ――機は熟した。


 ――此度(こたび)の戦いを亡国の危機と受け取る者も多いようだが、俺はそう思っていない。


 ――逆だ!


 ――マーガを……かの国を飲み込み大陸に覇を唱えるまたとない機会なのだ!


 王は、瞠目(どうもく)する家臣たちに向け長年温めてきた必勝の戦術を説明すると共に、集った家臣一人一人の名と、その誇るべき職能について切々と語った。

 そして、お前たちがいるからこそ道が開ける。これは、お前たちを有象無象の人間から英雄として成り上がらせる好機であると語ったのだ。


 家臣たちは、これに燃え上がった。

 まだまだ若年(じゃくねん)とあなどっていた王は、自分たち自身ですら思いもよらなかった長所を正確に見抜き、それは王国の命運を預けるに(あたい)するものであると断じたのである。

 これで奮起せねようであれば、男ではない。


 こうして、ファイン王国はマーガ側が思いもよらなかったほどの高い士気で(いくさ)にのぞみ……。

 地の利を活かした乾坤一擲(けんこんいってき)の奇襲を成功させ、かの国を飲み込むことに成功したのであった。

 以来、ファイン王国はファイン皇国への道を歩んでいくことになる……。


 ラトラの都を睥睨(へいげい)するノイテビルク城……。

 この城に存在する大円卓の間は、そんな逸話を受けて造られたものだ。

 ただし、本日この場で話し合われる議題は、かの逸話と全く真逆のものとなる。

 すなわち……。


 ――ファイン皇国に弓を引くか、否か。


 ……であった。


「ありえませぬ!」


 開口一番にそう叫びながら、円卓へ拳を振り下ろしたのはギルモア・オーベルクである。

 若き将校のように言葉や態度で示すまではしないものの、静かに同意の意を示す者たちは……およそ半数。

 驚くべきことに、半数ほどしかいなかった。

 もう半数ほどの幕僚(ばくりょう)たちは、皇国へ反旗を翻すも良しと判断していたのであった。


 この中では最年少であり、しかも、つい最近ノウミ奪還を仕損じたばかり……。

 気後れするものを感じつつも、ギルモアは己を奮い立たせ更なる熱弁を振るった。


「あのふざけた男は否定したが、正統ロンバルドが皇国各地を襲撃し、のみならずユリウス殿下を害したのは疑いようもない事実!

 かくなる上は、今すぐにでも兵を率いて港へ向かい、あの男を討ち取るべきです!」


 しん……とした静寂が大円卓の間を支配する。

 それは、誇りある皇国貴族として、誰もがせねばならぬと感じていること……。

 しかし……。


「どうやって、それを成すというのだ?」


 一方で皆が感じていることを、ワム・ノイテビルク・ファインが静かに代弁した。

 上座に座る女総督が、じろりとギルモアを一瞥(いちべつ)する。

 そこには一切の感情が宿っておらず、ただただ、冷徹な計算のみが働いているのだとうかがえた。


「『フクリュウ』なるあの巨大艦……。

 あれだけの大きさがあるのだ。ただ水に潜ったり、空中に虚像を映し出すだけが能ということもあるまい……。

 おそらく、あのブラスターがオモチャに見えるほどの武装……事によっては、各地の拠点を潰したのと同様の物を備えているかもしれぬ。

 騎士道精神と気合だけでどうにかなるほど甘い相手でないことは、貴公が誰よりもよく知っているはずだが?」


 これを突かれては、ぐうの音も出ないギルモアだ。


「そもそも、派兵を察知されて海に逃げられたら追いかける手段はない。

 よって、その意見は却下とする」


 そう言われ、押し黙る他にないと思われたギルモアであったが……。

 意外にも、若き将校は更なる言葉を吐き出してみせたのである。


「ならば! 一体どうなさるというのです!?

 もしやとは思いますが、あの男の口車に乗り本国へ反旗を翻すとおっしゃるのか!?」


 一気にまくしたてたギルモアであったが……。


「…………………………」


 これに対する返答は、なかった。

 女総督は握り合わせた両の拳へあごを乗せながら、ただただ沈黙してみせたのである。

 ただ、その両目には……暗く熱い火が灯っていた。

 これなる火に、人は野心という名を与えている。


「皆の者、聞け……」


 たっぷりと間を挟んだ(のち)、ワムはようやく口を開いた。

 その声音には、決然とした……誰の意見も受け付けぬ強い意思が宿っていたのである。


「ギルモアは反旗を翻すと言ったが、あたしはそう考えていない。

 ただ、獣人たちによる反乱を早期に解決し、その上で、混乱の渦中にあるであろう国元を助けに馳せ参じるだけだ」


「――ッ!?」


 絶句したのは、ギルモアだけではない……。

 彼と同じく、あくまで国に忠を尽くすべきと考えている者たち全てであった。


「あえて、お前たちに問おう……」


 そんな彼らを見やりながら、女総督がゆっくりと口を開く。


「今回の一件がなかったとして……のみならず、正統ロンバルドが獣人たちに手を貸さず、その反乱も起きなかったとして……。

 皇国に……そして、この地を預けられたあたしたちに未来があったと、お前たちはそう思うか?

 能力がありながらも、その向上心を危険視され、この僻地(へきち)へと飛ばされたあたしたちに、だ」


 その言葉を受けて、それぞれの脳裏へ鮮やかに蘇ったのは屈辱の記憶……。

 今は亡き人となったユリウス・ボルト・ファインの政策……。

 これはひとえに、中央集権のひと言に尽きる。


 それそのものは、現皇帝の政策と同じであったが……。

 彼はそれに、権力争いの色も付け加えた。

 すなわち、自分に恭順な者たちは中央部へ……。

 そうでない者たちは、地方へ配するという政策である。


 ここ、元獣人国地方はファイン皇国において究極の僻地(へきち)

 今、この場にいる者たちの来歴は推して知るべしだ。

 そもそも、ギルモア自身が手柄を立て、あわよくばワムを(めと)ることでの立身出世を目指していたではないか……。


 皇国の歴史は、弱肉強食の歴史……。

 それはすなわち、下克上の気風を内包していることも意味する。

 今ここにいるのは、あらゆる意味で生粋(きっすい)のファイン人たちであった。


「よいか? 繰り返し言うぞ……。

 我らは、反旗を翻すのではない……。

 最も効率的かつ有効な手段でもって、祖国を救うだけだ」


 野心というものは、素養のある者へ強力に伝播(でんぱ)していく……。

 気がつけば、ギルモアの瞳にも暗く熱い火が灯りつつあった。

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